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よく怒られる人は海外移住に向いているかもしれない

怒る人と怒られる人

世の中には2種類の人間がいる。「怒る人」と「怒られる人」だ。
怒る人はいつも怒る側にいて、怒られる側に回ることはない。
逆も然りで、怒られる人はいつも怒られる側にいて、怒る側に回ることはない。

怒る人は自分にも他人にも厳しい。自分に厳しいので世の中の常識とされていることやルールやマナーなどをきちんと守るため、人から怒られることは少ない。一方でそれを当たり前として考えているため、他者にも同様の基準を求める。その基準を満たさない他人を怒ってしまうことがよくある。
「5分前集合は当たり前だ」
「これくらいのことができるのは大人として当たり前」
「身だしなみは社会人として最低限のマナーでしょ」

一方で怒られる人は自分にも他人にも甘かったり、あるいは適当である。他人に対しても適当なので、自分の基準などを押し付けることがなく、相手に対して怒りの感情が湧くことが少ない。一方で、世の中で常識とされていることを守れなかったりするので、よく怒る人から怒られてしまう。
「遅れるのがわかってるならせめて事前に連絡してよ」
「また同じミスしてるけど、提出前にちゃんと確認したの?」
「ビジネスマナーもなってないなんて社会人として恥ずかしいよ」

怒る人は自分の基準を満たしてくれる他の怒る人が好きだし、怒られる人は同じように適当に生きてくれる他の怒られる人が好きだ。
怒る人は怒る人同士で集まって、怒らない人は怒らない人同士で集まって国を作ったら、きっとこの世の中はもっと平和になるに違いない。

怒られる人は海外に向いてるかも

以上は私の持論である「怒る人・怒られる人仮説」である(*)。なかなか真実を表していると自分では考えている。
何を隠そう私自身も怒られる人である。怒りという感情はどこかに置いてきてしまったようで、最後に他人に対して怒った日というのを思い出せない。他人にイラつくこともほとんどない。おそらく他人に期待していないドライな人間なのだと思う。怒りというのは期待と結果のギャップから生じると考えられるから、期待がなければ怒りという感情が湧くこともないのである。
海外生活では、当たり前だが日本の常識は通じない。頼んだ業者がその日に来なかったり、腐ったパンがスーパーに普通に並んでたり、店の中にヤモリが何匹もいたり、露店の食べ物にハエがたかっていたり、タクシードライバーがメーターを倒してくれなかったり、集合時間に行っても誰も来てなかったり、フィリピンでは普通のことである。
そんなことでいちいち怒っても仕方ないのである。

日本ほどなんでもきっちりしている社会は世界的にみてもそんなに多くはないと思う。アメリカにいた頃は、さすがにフィリピンほど適当ではなかったが、日本ほどきっちりしてはいなかった。バスとか全然来なかったし。日本のサービスレベルは本当に高い。それは日本人が極めて高い職業倫理を持っているからだと思う。バイト程度の仕事であっても、高度なオペレーションとプロフェッショナリズムを求められる。それはもちろん良い面も悪い面もある。

日本で暮らしていてよく周りの人に怒られる人はきっと海外に向いている。海外は少なくとも日本よりは適当だから。怒られる人は日本の常識や自分の中の基準を持ち出して、海外の文化や風習にキレることもないだろう。まぁこんなもんかなという感じで気楽に異文化を受け入れて乗り越えていくことができると思う。ぜひ一度海外移住の検討をしてみてほしい。

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注釈:
(*)ごく稀に「怒られるけど怒る人」もいる。そういう人は自分に甘いくせに他人に厳しい人である。自分はよく遅刻するくせに他人の振る舞いにすぐケチをつけたりする人である。私の周りにも1人いるけどなぜか憎めない。

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