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P.V.L.日記 父子入院23日目 明暗

PVL(脳室周囲白質軟化症)から独歩をめざしリハビリ入院、
3歳児と父親が入院という名の合宿生活。
ITBトライアルの介添のため午前中に妻と再び合流。
9時半から点滴麻酔とバクロフェンの髄注を行い経過観察。
PTが15時05分から。OTが16時20分から。洗濯、三食介助。買い物。

5月24日(火)

朝6時の病室にぶちまけられた牛乳の海。床に漂流する筏のような食パンの残骸。打ち上げられた流木のようなバナナ。午前中のITBトライアルの準備で通常の配膳時間より30分も前に息子の飲食を終わらせる必要があった。まだ寝ている人もいるため、息子と共に別の病室で朝食を摂る。その結果がこれである。牛乳の海は広いな大きいな、行ってみたいなよその部屋。

途中まで機嫌良く食べていたにも関わらず癇癪を起こした理由は、「食パンが割れたから」。はい、出ました3歳児。割れたプラレールのように接着剤で食パンをつなげて欲しいと懇願される。これは食品だからと諭すが泣き叫びが収まらないので参ってしまい、看護師さんに助けを求めて戻ってきた直後の大惨事である。私が実力行使に出たと直感した息子の拒否行動に違いない。子どもは何でも解っている。

9時半には点滴麻酔を打ち、髄液注射をするために看護師さんに抱き抱えられて病室を出て行った。入れ替わるように妻が病室に来たので驚いた。今日は大事な診察につき夫婦で入院病棟に入る許可が下りたようだ。(感染対策で付き添う親は原則一人だけ)廊下で処置室に行く息子と偶然すれ違ったようで息子も安心したことだろう。独りで診断を聞く心づもりでいたので、私も安心した。

小一時間して、部屋に戻ってきた息子は目を見開いて天井を凝視したまま抱きかかえられていた。体はだらんとしている。まだ意識が朦朧としているのだろう。足にはバイタルが付いていてしばし無反応。天井を凝視し続けていて、なんというか蝋人形のようで様子が少し怖いのだ。ベッドに横になっても動く気配がないまま5分経過。突然「カカもいるの?!」と一言。え!今しゃべった??怖い、怖いよ。唐突に「蘇生」を果たした息子に夫婦で動悸を乱しながら「大丈夫?」ときく。「ぜんぜん大丈夫」息子のいつものやりとりに安心した。点滴麻酔のため包帯でぐるぐる巻きになった右手を挙げて「こっせつみたい」と笑いだした。

バクロフェンを髄注すると、痙縮で緊張している部分が弛緩し、生まれたての子鹿のようになる場合もあると聞かされていた。だが、3時間経過しても股関節は固いままだ。動画記録を取りながらPTとOTのチェックを受けた。1時間の間に幾つもの検査項目をこなしていく。バクロフェンが効いていても痙縮が残っているようで、もともとの内股の筋肉の痙縮が相当強いらしい。子鹿に出会うことはないようだ。足首の可動域や膝の上がり具合はよくなっている様子。足の運びも軽やかで息子も歩きやすそうに見える。

親は可能性を夢想する。将来、息子は歩けるのだろうか?歩けるとしたらどの程度まで歩けるのだろうか?私は質問してみた。

「たとえば中学生になる頃には独りで歩けますか」

屋内では歩けるかも知れません。屋外も杖を使って歩けるでしょう。杖と介助は必要です。屋外では自転車や車などに対して、咄嗟の俊敏な動きを取るのが難しいので安全を考えると介助者が必要です。

「スポーツしたり走ったりすることは難しいですか」

難しいと思います。

この1年の息子の成長を見ていると、装具なしで独歩できるんじゃないかと期待が膨らんでいた。その期待が目の前でぱちんと弾けた音がした。妻が泣いていた。しかし、現実を把握した上で具体的なプロセスを描かなければいけないし、身体の変容に準備をする必要がある。妻も質問を続けた。

「通学はどうなるでしょうか」

長距離の移動は車椅子と併用になりますね。通学で体力を使い切って疲れて授業をまともに聞けないようなら送迎のほうがいいでしょう。

妻は後から涙の理由をこう伝えてくれた。

何より、この現実と向き合うのは彼だからね。涙がでてくるのは、まだ彼が自分の現実を知らずに、明るく元気に一生懸命リハビリに向き合っていること。できないことが悲しい、とか不便とかではなくて。私たちが努力することは、彼の明るさと元気さとユーモアを守っていくことだね。

私は病室のベッドで寝入っている息子を見て深呼吸をした。少し引き寄せて抱きしめてみた。

こういう時ほど余計なことが頭をよぎるのはなぜだろう。片道1時間をかけて高低差の激しい山村の峠道を変速なしの自転車で通っていた自分を思い出した。通学の体力か・・・。ヘルメット中学生。体力すごいな。いや、まてよ。入学直後の5月に疲労が蓄積し、膀胱炎になったではないか。あれは恥ずかしかった。こんなことを思い出すのは、きっと私自身の気持ちの整理がつかないからだろう。(続く)


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