【短編】記憶虫

やぁ新入り、おまえはつい先日成虫になったばかりだから、俺たち“記憶虫”の生き方について教えてやるよ。俺たち“記憶虫”は、人間の記憶をちょいと頂いて巣に持って帰るのさ。奴らの記憶をエサに繁栄していく、そういうわけだな。ただし、人間の記憶を頂く上で気を付けなくちゃいけねぇことが2つある。
1つ、記憶を奪っていいのは“頑張っていない人間”からだ。だらだら怠けている奴らっていうのは、記憶の1つや2つ失っても、何も気にしないからな。どうしようもなけりゃぁないほどいいってことさ。逆に頑張っている人間から記憶を持って行くと、ああいう輩はすーぐ異変に気が付くんだ。するとカガクだかなんだかの力を使われて、俺たち“記憶虫”はあっという間に見つかって、あっっという間に全滅というわけだ。いいか、記憶を奪っていいのは“頑張っていない人間”からだ。
そして2つ、奪っていいのは“楽しくない記憶”だ。楽しい記憶ばかり頂いてちゃぁ、俺たちの仕事は捗らなくなるんだ。何故なら、奴ら人間ってのは楽しい記憶を多く失っちまうと、これは意味が理解できねぇんだが、極度に落ち込んで「もうダメだ、もう終わりだ」とか喚き散らして、とうとう自分の命を自らの手で絶つんだとよ。そんな生き物は人間の他にいねぇのさ。不思議なもんだが、まぁ人間が少なくなると俺たちが困るからな。そういうわけでこの2つ、忘れるんじゃねぇぞ。
…ん? 記憶を奪う時に人間に気付かれないのはどうしてかって? おまえ自分で気付かねぇのかよ。俺たち“記憶虫”っていうのは人間の目じゃ視認できねぇほど小せぇんだ。そしてそこらの間抜けな蚊や蝿みたいにプンプン羽音も立てない。だから人間は気付かねぇのさ。ただこんな完璧な俺たちにも1つ欠点があってな、記憶を奪う時に人間の耳から侵入して頂戴するわけだが、そのときどうしても「キー…ン」て音が鳴っちまうんだ。まぁ人間は大して気にしちゃいねぇ様子だが。「あ、ミミナリだ」とかなんとか言ってたかな…。

やぁ新入り、最近調子はどうだよ。何? あれからいろんな先輩について行って記憶を奪う様子を学んだから、今日はついにひとりで仕事に行くことができたって? そうかそうか、ちゃーんとこの前教えた注意事項2つ、守ったんだろうな? おっ、ばっちりか、それなら感心感心。おまえも晴れて新入り卒業ってわけだな。…ん? “頑張っていない人間”から“楽しくない記憶”を奪ったのに、その人間がひどく動揺していた? ぐうたらやる気の無い人間にそんな奴がいるのか、へぇ。でも、死んじまおうって感じじゃなかったんだろ? それならまぁいいだろ。しかし変な人間もいるもんだなぁ。ま、早く巣に帰ろうぜ。

―――キーンコーンカーンコーー…ン
「あぁちくしょう!やっぱ一夜漬けでテストは無理か、全然記憶に残らねぇや!」


(了)

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