ゲーテ『若きウェルテルの悩み』

「ああ君たちは理性的だねえ」とぼくは微笑して答えた。「情熱、陶酔、狂気。しかし君たちは悠然と無感動に澄ましかえっていられるんだね。君たち道徳家は。酔っぱらいを叱りたまえ、狂人をきらいたまえ、坊さんみたいに素知らぬ顔で通りすぎたまえ、そうしてパリサイ人みたいに、そういう連中の一人にならなかったことを神に謝したまえな。ぼくは一度ならず酔いもした、ぼくの情熱は決して狂気に遠いものじゃなかった、しかしその両方を悔いてはいないんだ。何か大きなことや、何か不可能に見えるようなことをやってのけた非凡人は、みんな昔から酔っぱらいだ、狂人だといいふらされざるをえなかったことが、ぼくはぼくなりにわかってきたように思う。
 しかしこの世間でだって、誰かが自由で気高い意想外な仕事をやりはじめると酔っぱらいだのばか者だのって取り沙汰をするが、あれも実に聞くに堪えない。無感動な君たち、利口な君たちも、少しは恥ずかしいと思いたまえよ」
 人間の本性には限界というものがある。喜びにしろ、悲しみにしろ、苦しみにしろ、ある限度までは我慢があるが、そいつを越えると人間はたちまち破滅してしまう。だからこの場合は強いか弱いかが問題じゃなくて、自分の苦しみの限度を持ちこたえることができるかどうかが問題なのだ。ーー精神的にせよ、肉体的にせよだ。だからぼくは自殺する人を卑怯だというのは、悪性の熱病で死ぬ人を卑怯だというのと同じように少々おかしかろうっていうんだ

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