『ブレイク詩集』松島正一編

Ⅰ 〈『無垢と経験の歌』〉

(A)『無垢の歌』

[19]他人の悲しみに

他人の悩みを見て
自分も悲しくならずにいられようか。
他人の嘆きを見て
やさしい慰めを探さずにいられようか。

あふれ落ちる涙を見て
自分も悲しいと感じないのか。
父親はわが子が泣くのを見て
悲しみで一杯にならずにいられようか。

母親はじっと坐って聞いていることができようか、
幼な子がうめき、幼な子が恐がるのを。
いやいや、そんなことはあり得ない。
決して決して、そんなことはあり得ない。

そしてすべてに微笑ほほえむあの方が
みそさざいの小さな悲しみを聞いて
小鳥の嘆きと心配を聞いて
幼な子たちが耐えている悲痛を聞いて、

巣のそばに立って、
胸に哀れみをそそがずにいられようか。
揺りかごの近くに坐って、
幼な子の涙に涙を流さずにいられようか。

夜も昼も坐って、
私たちの涙を拭い去らずにいられようか。
いやいや、そんなことはあり得ない。
決して決して、そんなことはあり得ない。

あの方は自分の喜びをすべてに与える。
あの方は小さな幼な子になられる。
あの方は悲痛の人になられる。
あの方は悲しみも感じてくださる。

考えてはいけない、ため息をひとつつき、
あなたの創造主がそばにいない、などと。
考えてはいけない、涙を流して
あなたの創造主が近くにいない、などと。

おお! あの方は私たちの嘆きをなくそうとして
私たちにその喜びをくれる。
私たちの嘆きが消え去ってしまうまで
あの方は私たちのそばに坐って呻いてくださる。

(B)『経験の歌』

[35]愛の園 

私が愛の園に入っていくと、
かつて見たこともないものを見た。
私がいつも遊んでいた芝生の真ん中に
礼拝堂が建てられていた。

この礼拝堂の門は閉ざされ、
扉には「なんじすべからず」と書かれてあった。
そこで私は愛の園へと向かった。
美しい花がたくさん咲いていたところに。

しかし私は見た、園いっぱいの墓、
花が咲いているはずのところに墓石を。
そして黒い法衣をまとった僧がめいめいの持場を歩きまわり、
私の喜びや望みをいばらで縛りつけているのを。
[37]ロンドン

特権ずくめのテムズ川の流れに沿い
特権ずくめの街々を歩きまわり
行き来する人の顔に私が認めるものは
虚弱のしるし、苦悩のしるし。

あらゆる人のあらゆる叫びに
あらゆる幼な子の恐怖の叫びに
あらゆる声に、あらゆる呪いに
心を縛るかせのひびきを私は聞く。

煙突掃除の少年の叫びが
黒ずみわたる教会をすさまじくし、
不幸な兵士のため息は
血潮となって、王宮の壁をつたう。

それにもまして深夜の街に私は聞く、
なんとも年若い娼婦の呪い声が
生まれたばかりの乳のみ児の涙を枯らし
結婚の柩車きゆうしやを疫病で台なしにするのを。


[38]人の姿

だれかを貧しくさせないかぎり
あわれみのあろうはずがない。
みんながわれらのように幸福だったら
慈悲のあろうはずはない。

そしてお互いの恐怖が平和をもたらし、
それでいよいよ自己愛がつのる。
それから残虐が罠をしかけ、
注意深くおとりの餌を広げる。

残虐は聖なる恐怖をもって坐り、
涙で地面に水をやる。
すると謙遜が根づく
彼の足元で。

やがて神秘の暗い影が
残虐の頭上に広がる。
そして毛虫と蝿が
神秘を常食とする。

そしてそれは欺瞞という実を結ぶ、
赤らんで食べると美味うまいのを。
そして大鴉おおがらすが巣を作った、
その最も深い茂みのなかに。

知と海の神々は
自然界にこの木を見つけようとした。
だが彼らの探求はすべてむだであった。
それは人間の頭脳のなかに生えている。
[40]

私は私の友人に怒った。
私が私の怒りを語ったら、私の怒りは終わった。
私は私の敵に怒った。
私がその怒りを語らなかったら、私の怒りは増大した。

そして私は恐怖のうちにそれに水をかけた、
夜も昼も私の涙で。
私はそれを微笑で日に当てた、
また柔らかな欺瞞の手練手管てれんてくだで。

私の怒りは昼も夜も成長し、
やがて輝くりんごの実をつけた。
私の敵はそれが輝くのを見て、
彼はそれが私のものであることを知った。

そして私の庭に忍び込んだ、
夜が天空を覆ったときに。
朝になって私が見たらうれしいことに
私の敵はその木の下で伸びていた。
[44]小学生

夏の朝に起きるのは好きだ、
鳥は木々で歌い、
遠くで狩人かりゆうどが角笛を吹き、
ひばりはぼくといっしょに歌う。
おお! なんとすてきな仲間。

だけど、夏の朝に学校へ行くことは
おお! 喜びがみんな追いやられる。
疲れ切った先生の意地わるい眼の下で、
子どもたちは一日じゅう
ため息をつき、まごまごする。

ああ! そんな時ぼくはうなだれて坐り、
何時間も落ち着かなく過ごす、
本もおもしろくないし、
学舎まなびやに坐ってもいられない、
わびしい雨に濡れそぼったように。

喜びのために生まれた鳥が
かごに閉じ込められてどうして歌えよう。
子どもが恐怖にわずらわされるとき、
そのか弱い翼を垂れ、
若い春を忘れることができようか。

おお! 父さん母さん、つぼみが摘み取られ
花が吹き飛ばされたら、
悲しみや心配でうろたえて、
か弱い草木が芽を出す日に
その喜びを奪われてしまったなら、

どうして夏が喜びのなかで立ち上がり、
夏の果実が姿を見せることができようか。
どうして悲痛が滅ぼすものを集め、
熟する年を祝福できようか、
冬の強い風が吹きつのるときに。

Ⅱ 〈『セルの書』〉

[46]セルの書

 セルの題辞
わしは地の穴に何があるのか知っているか。
それともなんじはもぐらの所に行って尋ねるか。
知恵は銀の杖に納められるか。
愛は金の鉢に盛られるか。

 (一)
セラフィムの娘たちは輝く羊の群れをあちこち引き回したが、
ただ末娘だけは顔色青ざめ、ひそかな空を求め、
死すべき日を免れて、美しい朝のように消えることを願う。
アドナの川の岸辺に彼女のやさしい声が聞こえ、
このように彼女の静かな嘆きは朝露のごとく続く。

「私たちの春の生命いのちよ! なぜ睡蓮すいれんはしぼむの?
なぜこれらの春の子どもたちはしぼむの、生まれるのはただ微笑ほほえんで散るためなの?
ああ! セルは虹のよう、別れていく雲のよう、
鏡の映像のよう、水に映る影のよう、
幼な子の夢のよう、その顔の笑みのよう、
鳩の声のよう、束の間の日光のよう、空中の音楽のようだわ。
ああ! 私は静かに身を横たえ、静かに頭を休ませ、
静かに死の眠りにつき、静かに聞こう、
夕暮に園を歩く神の声を」

谷間の百合ゆりは慎ましい草の間で息をしながら、
愛らしい乙女に答えて言った。「私は川辺の草、
とても小さくて、低い谷間に住むのが好きです。
とても弱いので金色の蝶もめったに私の頭には止まれません。
だけど、私は天から訪れを受け、すべてに微笑む神は
この谷間を歩き、毎朝、私の上に手を広げて、こうおっしゃいます。
「喜びなさい、汝、謙虚な草よ、生まれたての百合の花よ、
汝、静かな谷間としとやかな小川の優しい乙女よ。
というのは汝は光の装いをさせられ、朝のマナで育てられるでしょう、
夏の灼熱が泉や湧き水のかたわらで汝を溶かし、
永遠の谷間で繁栄するまでは」と。それなのになぜ嘆くのですか?
なぜハルの谷間の姫君はため息をもらすのですか?」

花は言い終わり、涙ぐんで微笑み、白銀しろがねやしろに坐った。

セルは答えた。「おお汝、平和な谷間の小さな処女よ、
懇願することもできない者、物言わぬ者、疲れた者に施しをする処女よ。
おまえの息吹は無心の子羊を養い、子羊はおまえの乳白色のころもを嗅ぎ、
おまえが彼の目の前に微笑んで坐っているとおまえの花を食べ、
彼の優しく柔和な唇から毒ある汚れを拭い去ってやる。
おまえのうま酒は黄金色こがねいろの蜜蜂を清め、おまえの香りは
え出る小さな草の葉の上にき散らされると、
乳をしぼられた牝牛を元気づけ、火を吐く暴れ馬をも馴らす。
でもセルは朝日に染められた薄雲のようにはかなくて、
私が真珠色の玉座から消えれば、だれが私の場所を見つけましょう?」

「谷間の姫君よ」と百合は答えた。「やさしい雲に尋ねなさい、
雲は教えてくれるでしょう、なぜ雲が朝の空に輝いて、
なぜしめっぽい空気の中にその華やかな美しさを撒き散らすのかを。
降りて来なさい、おお小さな雲よ、セルの目の前を漂っていなさい」

雲は降りてきた。百合は淑やかな頭を下げ、
緑の草間で数々の勤めにいそしむために戻っていった。

 (二)
「おお小さな雲よ」と処女は言った。「どうか教えて下さい、
あなたは一時間で消えてなくなるのに、なぜ嘆かないのですか。
捜しても見つからないのに。ああ、セルもあなたと同じです。
私は消えます。でも私は嘆いていますのに、だれも私の声を聞いてくれません」

雲は金髪の頭を見せ、次に輝かしい身体を現わした、
セルの面前で空中に漂い、きらきらと輝きながら。

「おお処女よ、あなたは知らないのですか、私たちの馬が水を飲むのは
ルーヴァが馬を回復させる黄金の泉からなのを? 私の若さを見て
心配しますか。私が消えて見えなくなってしまい、
何も残らないのを。おお乙女よ、いいですか、私が消えるとき
それは十倍の生命いのちに、愛に、平和に、聖なる歓喜に変わるのです。
眼に見えずに降りてきて、かぐわしい花の上に軽やかな翼を広げ、
美しい眼をした露に求愛し、その輝く天幕に入れてもらいます。
涙を流す処女は、震えながら朝日のまえにひざまずき、
やがて私たちは結合し、黄金の一団となって起き上がり、決して離れず、
結ばれて歩き、やさしい花のところに食べ物を運びます」

「小さな雲よ、あなたがそんなことを? 私はあなたとは違うらしい、
というのは私はハルの谷間を歩いて、とても甘美な花の香りを嗅ぐけれども、
小さな花を養ってはあげません。私はさえずる鳥の声を聞くけれども
それらの鳥を養ってはあげません。鳥たちは自分で飛んで餌を探してきます。
だけど私セルにはこうした喜びもなくなるのです、なぜって私は消えていくのですから。
そしたらみんなが言うでしょう。「あの輝かしい女は何の役にも立たずに生きたのか、
それとも死んで虫の餌になるためだけに生きたのか」と」

雲は空の台座に寄りかかってこう答えた。

「あなたが虫の餌になるなら、おお空の処女よ、
あなたの役立ち、あなたの祝福は、なんと大きなことでしょう。生けるものはすべて
ただひとり、また自分のためだけに生きているのではないのです。心配はありません。私が
地の下からか弱い虫を呼んであげますから、虫の言うことを聞きなさい。
出ておいで、ひそかな谷間の虫よ、思いに沈む姫君のところに」

か弱い虫は立ち上がり、百合の葉に坐り、
輝く雲は谷間に連れ合いを探しに飛んで行った。

 (三)
そこでセルは驚いて露を帯びたしとねの上の虫を見た。

「おまえが虫なの? か弱きものの似姿よ、おまえはただの虫なの?
百合の葉に包まれて、赤ん坊のようなおまえが見える。
ああ、泣かないで、小さな声よ、おまえはものが言えなくて、泣くだけなのね。
これが虫なの? よるべなく裸で泣きながら寝ていて、
答えてくれる者も、母親らしい笑みで可愛がってくれる人もいないなんて」

土くれは虫の声を聞いて、その情け深い顔をもたげた。
泣いている幼な子の上に身をかがめ、乳白色のいつくしみのなかで
おのれの命を吐き出し、控えめな目つきでセルをじっと眺めた。

「おお、ハルの谷間の美しい人よ、私たちは自分一人の力で生きてはいません。
見ておわかりのように私は最もいやしい者で、実際その通りなのです。
私の胸はもともと冷たく、もともと暗いのです。
だが、低い者をも愛するお方は、私の頭にも香油をそそぎ、
私に接吻し、私の胸のまわりに結婚の帯を結び、こうおっしゃいます。
「汝、私の子どもたちの母よ、私は汝を愛し
だれも奪うことのできない王冠を汝に与えた」と。
しかし、美しい乙女よ、どうしてそうなのか、私は知らないし、知り得ないのです。
よく考えてもわからないのです。だけど、私は生き、また愛しています」

美しい娘はヴェールであわれみの涙をふき、こう言った。
「ああ! 私はこのことを知らなかったために、泣いていたのでした。
神さまは虫けらをも愛していて、その無力な身体を
わざと踏みつぶす悪者の足を罰することは知っていました。でも神さまが
乳や香油で虫を育てていたことを知らなかったために、私は泣いていたのでした。
そして和やかな大気のなかで不平を言っていたのでした、私の身は消え失せて、
おまえの冷たいとこに身を横たえ、私の輝かしい運命を捨てるからと言って」

「谷間の姫君よ」と母なる土くれが言った。「私はあなたのため息を聞きました。
あなたのうめきは私の屋根の上を飛んでいきましたが、私はそれらに降りてくるように言いました。
おお姫君、私の家にお入りになりませんか。入るも帰るもあなたの自由です。
何も恐がることはありません。あなたのけがれのない足でお入りなさい」

 (四)
永遠の門の恐ろしい門番が北のかんぬきを持ち上げた。
セルは中に入り、未知の国の秘密を見た。
彼女は死人のとこを見、そこに地上の死者のあらゆる心臓の繊維状の根が
絶えずよじれて地中深くに張っているのを見た。
そこは決して微笑ほほえみの見られない悲しみと涙の組。

セルは雲に閉ざされた国で、暗い谷間をさ迷った、
嘆きや悲しみの声を聞きながら。たびたび露を帯びた墓のそばにたたずみ、
無言のまま、じっと地の声に耳を傾けたが、
ついに彼女自身の墓に来て、そこに坐り、
うつろな穴からかすかに洩れてくるこの悲しみの声を聞いた。

「なぜ耳はそれ自身の破滅に対して閉じられないのか。
また、なぜ輝かしい眼は微笑みの毒に閉ざされないのか。
なぜまぶたは射放たれようとする矢をそなえているのか、
千人の戦士が待ちぶせしている所で。
また、なぜ知恵と優雅に輝く眼は木の実と鋳造された金貨を降らせるのか。
なぜ舌は四方の風の運ぶ蜜に感動するのか。
なぜ耳は創造物を引き込む恐ろしい渦巻きなのか。
なぜ鼻孔は恐怖を深く吸い込み、震え、恐れるのか。
なぜ若く熱烈な少年にやさしく止めぐつわがはめられるのか。
なぜわれわれの欲望のとこに肉体の小さな幕が降ろされるのか」

処女は驚いてその場からびはなれ、悲鳴をあげて
だれにも妨げられずにハルの谷間に逃げ帰った。

Ⅲ 〈『天国と地獄の結婚』より〉

[47]序の歌

リントラがえ、重苦しい空にその火を揺り動かす。
飢えた雲が海上に垂れ下がる。

かつて柔和な心で、危険な道を
正しき人は死の谷に沿って
人生の旅を続けた。
いばらの生える所に薔薇ばらが植えられ、
不毛の荒野あらの
蜜蜂が歌う。

それから危険な道に草木が植えられ、
どの崖や墓にも
川が流れ、泉がわき、
そして干からびた白骨に
くれないの土が生じた。

ついに悪漢が安逸の道をすて、
危険な道を歩き、
正しき人を不毛の地に追いやる。

今や卑劣な蛇が
柔和な謙遜づらをして歩き、
正しい人は獅子のうろつく
荒野で憤る。

リントラが吼え、重苦しい空にその火を揺り動かす。
飢えた雲が海上に垂れ下がる。


[48]地獄の格言

く時に学び、収穫の時に教え、冬に楽しめ。

死者の骨の上になんじの荷車を駆り、汝のすきをとおせ。

過剰の道が知恵の宮殿に通ずる。
慎重とは無能に求愛された富めるみにくい老女である。

欲望を抱いても実行しない者は疫病を生む。
切られた虫は鋤を許す。
水を愛する者は川に浸せ。
愚者は賢者の見る同じ木を見ない。
光を放たない顔をしている者は決して星になることはない。

永遠は時間の産物を恋している。
忙しい蜜蜂は悲しみにふける時間がない。
愚鈍の時間は時計で計れるが、知恵の時間はどんな時計でも計れない。
健全な食べ物はすべて網や罠なしで得られる。
飢饉の年に数と量と尺を持ち出せ。

自分の翼で舞い上がる鳥は高く舞い上がりすぎることはない。

死体は虐待に復讐しない。
最も崇高な行為は他人を先に立てることである。
愚者もその愚に徹すれば賢くなるだろう。

愚鈍は不埒な行為を包む外套がいとうである。
羞恥しゅうちは高慢の外套である。
監獄は法律の石で造られ、売春宿は宗教の煉瓦れんがで建てられている。
孔雀くじゃくの高慢は神の栄光である。
山羊やぎの情欲は神の贈り物である。
獅子の怒りは神の知恵である。
女性の裸体は神の作品である。
悲しみの過剰は笑う。喜びの過剰は泣く。
獅子のうなり声、狼を吼え声、荒れ狂う海の怒号、殺人の剣は、人間の眼には偉大すぎる永遠の部分である。


狐は罠をとがめても自分はとがめない。
喜びははらむ。悲しみは産む。
男には獅子の毛皮を、女には羊の毛衣けごろもを着せよ。

鳥には巣、蜘蛛くもには網、人には友情を。
利己的で微笑をたたえた愚者と不機嫌でしかめづらの愚者とは、むちの道具とされるために両者とも賢者と思われている。

今証明されていることもかつては想像されただけであった。
ラツトマウス、狐、兎は、根を見張るが、獅子、虎、馬、象は、果実を見張る。

水槽は蓄える。泉はあふれる。
一念は無限を満たす。
常に心に思うことを進んで語れば、いやしい人はあなたを避けるだろう。
信じることのできるものはすべて真理のイメジである。

わしからすから学ぼうと身を屈した時ほど、多くの時間を失ったことはない。
狐は自分のために備えるが、神は獅子のために備える。

朝には考えよ。昼には行なえ。夕べには食べよ。夜には眠れ。

相手が自分につけ込むのを許した人は、相手をよく知っている。
すきが言葉に従うように、神は祈りに報いる。

怒れる虎は教育された馬より賢い。

溜まり水は毒だと思え。
十分以上を知らなければ、十分を知ったことにはならない。

愚者の非難を聞け! それは堂々たるお題目だ!
火の眼、風の鼻孔、水の口、地のひげ

勇気に弱い者は狡智に強い。
りんごの木はぶなに生長の仕方を尋ねないし、獅子も馬に獲物のとり方を尋ねない。

感謝して受ける者は豊かな収穫を得る。
他の人が愚かでないなら、われわれが愚かなのであろう。
すてきな歓びの心は決してけがされない。
なんじわしを見る時、汝は天才の一部を見ている。汝の頭を上げよ!
青虫が卵を産むために一番美しい葉を選ぶように、僧侶はその呪いを一番美しい喜びにかける。

小さな花を創ることも幾年にもわたる仕事である。
呪われると引き締まる。祝福されるとゆるむ。
最高のワインは最も古く、最高の水は最も新しい。

祈りは耕さず! 賛美は刈らず!
喜びは笑わず! 悲しみは泣かず!
頭は崇高、心臓は熱情、性器は美、手足は均斉。

空が鳥の、海が魚のものであるように、軽蔑されるべき者には軽蔑を。
からすはすべてのものが黒ければよいと、ふくろうはすべてのものが白ければよいと思った。
過剰は美である。
獅子が狐の忠告を聞けば、彼は狡猾になるだろう。

改善はまっすぐな道をつくるが、改善されない曲がった道が天才の道である。
実行しない欲望を胸に抱いているくらいなら、揺籃ゆりかごのなかの幼児を殺せ。
人間のいない所、自然は不毛である。
理解されるように語られても信じられない真理というものはありえない。
十分に! または十分以上に。

Ⅳ 〈『アルビヨンの娘たちの幻覚』〉

[49]アルビヨンの娘たちの幻覚

〔…〕

くじらは飢えた犬のようにあなたの足元で拝むでしょうか。
鯨の大きな鼻孔は大洋を吸い込むからといって、
山の餌食を嗅ぎつけますか。鯨の眼は大鴉おおがらすの眼のように
流れる雲を見分けますか。鯨は禿鷹はげたかのように大空を測りますか。
動かぬ蜘蛛くもわしひなを隠す崖を発見しますか。
蠅は収穫が終わったからと、喜びますか。
鷲は大地をさげすみ、地下の財宝を軽蔑しないでしょうか。
けれど土竜もぐらはそこに何があるかを知っていて、蚯蚓みみずがそれをあなたに教えるでしょう。

〔…〕

不安もなく、貪欲で、幸せで、快楽の膝の中で歓びを求めて
寄り添っている幼き日よ! 誠実で、大らかで、
朝の光の活気ある喜びを求め、処女の至上の喜びに対して開かれている無垢よ!
だれが夜と眠りの子どもであるおまえに、慎み深さ、巧みな慎み深さを教えたのですか。
おまえは目が覚めたら、おまえのひそかな喜びをすべて包み隠すつもりなのですか。
それともこの神秘が明らかになっても目が覚めなかったのですか。

Ⅵ 〈『ピカリング稿本』より〉

[66]メアリ

愛らしいメアリは初めてそこに姿を見せ、
美しい婦人たちの舞踏室に入ってきたとき
若い男たちと娘たちが彼女のまわりに群がる。
そしてこれらがあらゆる口のにのぼった言葉である。

「一人の天使が天上の国からここへ降りてきている、
でなければもう一度黄金時代が戻ってきたのだ。
彼女の眼はあらゆる輝きわたる光線よりも明るく、
彼女は唇を開く──今こそ五月」

メアリは柔らかな美に包まれ歓びを意識して動き、
快い笑みで夜のすべての喜びを増し、
他の美しい婦人たちにいちどならず顔を赤らめ、
快い愛と美こそが私たちの心労に値すると告白する。

朝になって村人たちは歓喜とともに起きた、
そしてうれしげに夜の楽しみを繰り返し語った。
そしてメアリも起きて友だちに交じってくつろごうとしたが、
これから先、メアリよ、あなたが友を見ることはもはやあるまい。

ある者は高慢なあの女と言い、ある者は娼婦と呼んだ。
そして彼女が通りすぎると、戸を閉める者もいた。
湿った冷気が彼女を襲い、顔の赤みもすべて消え失せた。
彼女の百合ゆりと薔薇は枯れて葉が落ちた。

「おお、なぜ私は他の人と違った顔をして生まれてきたの。
なぜ私は嫉妬深い人たちと同じに生まれてこなかったの。
なぜ天は惜しみない手で私を飾り、
それから私を嫉妬深いこの地上に置いたの。

子羊のように弱く鳩のように穏やかで
嫉妬を起こさせないことがキリスト者の愛と呼ばれています。
しかしあなたが嫉妬を起こさせるなら、あなたの美徳は
こんな悪意を弱い者やおとなしい者に植えつけたのですから責められるべきです。

これからは私の美しさをおとしめ、綺麗なものは着ません。
舞踏会にも行きませんし、眼も輝かせません。
もしだれかの恋人が私のせいで、彼女を捨てるなら
私はその男に私の手を拒み、嫉妬をうけないようにします」

質素で地味な身なりをして朝に彼女は出かけて行った。
「高慢なメアリは気が狂った」と街の子が言った。
質素で地味な身なりで朝に彼女は出かけて行った。
そして夕方帰ってきた、泥をはねかけられて。

彼女は震えて泣きながらベッドの端に腰かけ、
夜であるのを忘れ、震えて泣いた。
夜であるのを忘れ、朝であるのを忘れ、
彼女の柔らかな記憶にあざけりの顔が刻みこまれた。

軽蔑の顔また顔、侮蔑の眼また眼が
まるで邪悪な悪魔のようにメアリの優しい頭に住みついた。
彼女は神の似姿のような顔をひとつも思い出せない。
すべての顔は嫉妬をもつ、メアリよ、あなたの顔のほかは。

あなたの顔は絶望している美しい愛の顔、
あなたの顔は柔らかな悲しみと心労の顔、
あなたの顔ははげしい恐怖と不安の顔、
棺の上に横たえられるまでは決して鎮まることがないだろう。
[67]ウィリアム・ボンド

〔…〕

私は愛は熱い太陽の中に住んでいると考えた、
しかし、おお愛は月の光の中に住んでいる!
私は愛を日中の暑熱の中に見つけようと考えた、
しかし甘美な愛は夜の慰め手なのだ。

愛を他人の悲哀の憐れみのなかに捜せ、
別の人の心労の穏やかな安堵あんどのなかに、
夜の闇と冬の雪のなかに、
裸で見捨てられた者のなかに、愛をそこに捜せ。


[68]無垢の予兆

一粒の砂にも世界を
一輪の野の花にも天国を見、
君の掌のうちに無限を
一時ひとときのうちに永遠を握る。

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