心理学ガール #02

登場人物紹介
「僕」
  心理学部の大学四年生。語り手。
  社会心理学が好き。
ハルちゃん
  心理学部の大学二年生。好奇心旺盛。
  将来の夢は心理カウンセラー。
サキナさん
  心理学研究科の博士前期課程一年生。

それはあれだ! 無意識のせい

 僕は心理学部の大学4年生。ここは大学の中庭。芝生が広がっていてとても心地よい場所。

僕「じゃあ、初めに現時点でハルちゃんが理解している催眠を教えてもらえるかな?」

ハル「はい。えーっと。催眠は、人の無意識に直接アクセスできる方法なんです。そのためには、催眠誘導っていう方法で人を催眠状態にするんです。催眠状態になった人は、催眠術師の……あっ、催眠術って使わないんだった」

僕「うん。催眠をする人のことは”催眠者”と言おうか。そして、催眠をされる人のことは”被催眠者”と言おう」

ハル「はい。そうすると、催眠状態になった被催眠者は、催眠者の話す暗示のとおりになってしまうんです」

僕「なるほど。その説明のとおりなら、催眠は凄い技術だね」

ハル「そうなんです。もしかしたら、とっても強力な心理療法になるかもしれないと思ってます。だからわたしも身に付けたいなって」

僕「それは、僕と催眠の話をしてから、もう一度考えて欲しいかな……。とりあえず、”無意識”って何だと思う?」

ハル「無意識ですか? 先輩も心理学を勉強しているからフロイトは知っていると思いますが、フロイトが発見したものです。人の行動は、その人が認識できる”意識”と、認識できない”無意識”があるんです。そして、その割合は意識が1割で無意識が9割とも言われていて、無意識が人の行動の多くを決めているのです」

僕「ありがとう。そういった考え方があるのはわかった。それで、催眠では、その無意識に話し掛けることで、催眠者のいうとおりになってしまうってことなんだね」

ハル「はい。そいういうことだと思います。なんか当たり前の話かなって思うんですけど、先輩はなんでそんなことを聞くんですか?」

僕「そうだね。僕とハルちゃんで心理学としての催眠の話をしようっていったよね。心理学ってのは学問だから、言葉の使い方には慎重にならないといけないと思うんだ。無意識って言葉は、僕たちも普段から使っているし、当たり前のところもある。だけど、僕とハルちゃんが思っている無意識の使い方が違えば、きっと話がすれ違っちゃうだろうし、それはとってももったいないと思うんだ」

ハル「すれ違っちゃうのは、寂しいです。」

僕「そう。わかり合いたいよね。あとは、具体例があると話が理解しやすいから、お互いに具体例を出しながら話を進めたいね。無意識について具体例を話せるかな」

ハル「確かに具体的な方がわかりやすいですね。無意識の具体例ですね。ダイエットとかどうでしょう。わたしも最近ちょっとアレなんで、ダイエットしようと思うじゃないですか」

僕「アレってなに。太ったってこと?」

ハル「先輩、そこはさらっと流すところです! けど、ダイエットってなかなか上手くいかないじゃないですか。それって、意識ではダイエットしなくちゃって思っていても、無意識ではダイエットが必要ないって思っていて、だからなかなか痩せないんです。無意識ってのは変化を嫌うとかそんな性質があるから、無意識が痩せようって思わないと上手くいかないんです」

僕「ダイエットの難しさはなんとなくわかるよ。そして、無意識が邪魔してダイエットが上手くいかないって説明は、納得感がある。だけど、今説明してくれた無意識は反証不可能な理論になってないかな」

ハル「反証不可能ですか? それは、どういうことですか?」

僕「科学と科学じゃないものを分けるための方法の一つとして、その説明が間違っていることを確認できるかという基準がある——これを反証可能であるっていう。無意識ってのは、その基準でいえば間違いを確認できないんじゃないかなってこと。もちろん、反証可能性だけが科学かどうかを決める訳ではないんだけどね、一つの考え方としては大事かな」

ハル「無意識が行動を決めていることが間違っていると確認する方法ですか。あると思うんですけど……」

僕「例えば?」

ハル「んー。改めてそう言われると、パッと思い付きません。ちょっと時間が欲しいです」

僕「そうだね。この続きは、また今度にしよう。催眠を無意識で説明するのに、無意識が心理学で使えなかったら困るよね。そんなことを考えながら、もっと催眠を勉強してきてね」

ハル「わかりました! 先輩と話せるの楽しみにしてます。今日はありがとうございました!」

 ハルちゃんは大きく頭を下げて、軽やかな足取りで講義棟へ向かっていった。僕もハルちゃんとまた話すのが楽しみで、思わずにやけてしまった。