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私の安全基地だった理科準備室のはなし

通っていた小学校は旧校舎と新校舎がロの字型につながっているつくりで、真ん中にプールがあった。

私は暇さえあれば旧校舎の理科準備室に入り浸っていた。

理科の先生は迷惑そうな顔をする割に私を追い出したりせず、私はくさくて気持ちわるい標本を観察したり本を読んだりとマイペースに過ごしていた。

死ぬ気で頑張って普通に見える学校生活を送っていただけでほんとうは社交的じゃなかった私にとって、理科準備室は安全基地だった。

ただでさえ旧校舎には怪談がつきもので、用がなければ怖がってだれも来ない。

先生が親身に話を聞いたりする人じゃなくてよかった。なにも言わずにただそこに居てくれた。眉間にしわを寄せて。

先生と再会したのは2年前の絵画教室。
そこにゲストとして来ていた。

もう私も大人なので軽く社交辞令的な挨拶をして、それで終わり。先生は昔に比べると少しだけ表情が優しくなっていた気がする。

後に知ったのだが、先生は教師をやめて芸術家になり、同じく芸術家だった私の祖父と長年の交流があったらしい。祖父は私が理科準備室に入り浸っていたことを知っていたそうだ。

その先生が病気で亡くなられた。

理科準備室の窓際で静かに読書をし、疲れた目をこすりながら顔をあげると、プールを挟んで新校舎が見えた。

日差しに照らされた明るいプール。離れていて聴こえるはずのない教室の喧騒を感じる。

そんな私には明るくて眩しすぎる風景を、くさくてうす暗い理科準備室から覗く。

先生はもう記憶の中にしかいない。祖父も亡くなっている。理科準備室が私の大切な安全基地だったことを、友人たちは誰も知らない。

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