バーチャル上で開催されている「ツール・ド・フランス」がめちゃくちゃ面白い
ツール・ド・フランスという自転車ロードレースがある。100年以上の歴史を持ち、世界3大スポーツイベントの1つとも称される巨大なイベントだ。毎年7月に開催される。
今年もその季節がやってきたわけであるが、ここ最近の状況下により、残念ながら秋へと延期になってしまった。その代わりに現在開催されているのが、歴史上初のバーチャル開催となる「バーチャル ツール・ド・フランス」だ。J SPORTSで観ることができる(僕はAmazonPrime経由で観ている)のだが、これがめちゃくちゃ面白い。
システムとしてはバーチャルサイクリングサービスのZwiftを活用している。実際のバイクをローラー台に設置し、仮想空間の中を走ることができるサービスだ。
漕いだパワーを変換するだけでなく、仮想空間上のコースの勾配や空気抵抗に応じてローラー台の負荷が自動的に変わる。上り坂に差し掛かれば重くなるし、誰かの後方にくっついて走れば空気抵抗が減って、ペダルが軽くなるというわけだ。選手の身長と体重に応じて体格が変わったり、ジャージなどもそれぞれのチームのものにカスタマイズされていたりして、非常にリアリティがある。薄目で見たら実際のレースと見間違えそうだ。
僕はこれまで特段ロードレースが好きというわけではなく、恥ずかしながら通常のツール・ド・フランスはほとんど見たことがない。だから知人から薦められた時も、ふーんくらいにしか思っていなかった。試しに軽い気持ちで覗いてみたところ、
「この勝ち方はマリオカートで見たことがあるやつだ!」
何この世界観。
映像が2分割になっていて、左半分には選手たちがリアルで漕いでいる様子が、右半分にはバーチャル上のレース模様が映し出されている。実況の盛り上がりは本物のレースさながらで、抜きつ抜かれつの激しい攻防が繰り広げられている。
気になったのは、「エアロ」「ブリトー」などの聞いたことのない単語が飛び交っていることだ。調べてみると、これらは「パワーアップアイテム」と呼ばれる存在らしい。コースに設けられたゲートを通る度に、まるでマリオカートのようにランダムにアイテムが付与されるというのだ。
「エアロ」というのは「エアロブースト」というアイテムのことで、15秒間空気抵抗が減少する効果がある。つまりマリカーのダッシュキノコみたいなもので、その間はスピードが伸びる。だからコース終盤のスプリント争いでは、みんなエアロを使用して順位が激しく入れ替わっていく。実況も「エアロ!エアロ!先頭は誰!?誰!?」と興奮を隠せない。(バーチャルでは選手を見分けるのが難しいらしい。)
また「ブリトー」というのは10秒間自分の後ろにいる選手の空気抵抗が減らない、というアイテム。要は相手が後ろに来たがらなくなる嫌がらせなのだが、実況によるとその由来は「ブリトーを食べると屁が出やすくなるから後ろに居たくない」ということらしい。そんな小学生みたいな由来あるか?
他にも相手から自分の存在を消せる「ゴースト」というアイテムがあって、先頭の駆け引きに利用されたりする。選手個々人の能力に加えてそれらのアイテムをどのタイミングで使うのかという戦略性、そしてそもそもどういうアイテムが出てくるのかという運要素も絡んで、知識のない僕が観ていてもめちゃくちゃ面白いのだ。そうか、これがe-sportsか。
さらに目が離せないのが、なんか全体的にすごい牧歌的な雰囲気だという点だ。もちろん選手たちは本気でレースに臨んでいるのだが、カメラに映り込む自宅や庭がその緊迫感とアンバランスに平和的で、実況も「この間接照明いいですね」「なんですか後ろに見えるプールは」とかいちいち背景にコメントしたり嫉妬したりする。必死の形相で漕いでいる選手もいれば、自分が映ると思わず笑みをこぼしてしまう選手もいる。参加者も実況も大会を楽しんでいるようなお祭り感があって、観ていてこっちも楽しくなってくるのだ。
これまで第4ステージまでが開催されているのだが、僕の個人的な注目選手ベスト3を挙げてみたい。
3位:エガン・ベルナル(コロンビア)
2019年のツール・ド・フランス総合優勝者だ。そんな選手まで参加しているとは。コロンビアには以前旅行で訪れたことがあるが、ロードレースがかなり盛んな様子が伺え、あらゆる場所でロードバイクが風をきって疾走していた。そのコロンビアのスーパースターがこのベルナルである。しかし彼には弱点があった。解説によるとベルナルはコロンビアの首都ボゴタの自宅から参加しているらしく、標高が2640メートルもあるのだ。そう、圧倒的ハンデである。普段その標高で練習できるからこそ山を降りた時に本領を発揮できるはずが、バーチャルではその環境が裏目に出てしまう。これはきつい。実際ベルナルは笑顔を見せながら慣らすような走りを見せていた。秋のリアルレースでの活躍に期待したい。
2位:フレディ・オヴェット(オーストラリア)
アイテム戦略に長けたアイテムマスターである。最後の最後までエアロブーストを温存しながら先頭の陰に隠れ、ここぞというところでブーストして見事第4ステージを制した。
彼の特徴は何と言っても、自転車の前方に設置された2台の扇風機である。暑さ対策として扇風機を設置する選手は多いが、ダブルで設置しているのは彼くらいであろう。左右から吹きつける風は彼の髪の毛を逆立たせ、まるで実際に下り坂を駆け下りているかのようなリアル感を醸し出している。トレーナーが細かく扇風機の角度を調整している様子も見え、かなりのこだわりを持っているようだ。
1位:マッテーオ・ダルシン(カナダ)
第3ステージは、バーチャルガチ集団「NTTプロサイクリング」が制すると思われた。今回の大会では自宅から参加する選手が多い中で、NTTチームだけは専用の部屋を用意し、メンバーが全員そこに集まって漕いでいたのである。本気だ。
きっとバーチャルに最適化されたリアル空間が用意されているのだろう、コロンビアの選手たちが羨ましがるに違いない。実況曰く「脚質デジタル」と呼ばれるほど選手たちの脚はバーチャルでの戦いに長けていて、さらにはトレーナーが常に横に付いてアイテム使用のタイミングを伺っている。アイテムを使用するには画面をクリックする必要があるから、そのロスを発生させないようにサポートしているわけだ。まさにバーチャルエリート集団である。実際、ステージ終盤時点ではNTTチームメンバー同士での激しい争いが繰り広げられていた。
そんな中、最後数百メートルの争いでするりと抜けていった選手がいた。突然の状況に、実況も戸惑いを隠せない。その選手こそが、カナダのマッテーオ・ダルシンだった。まさにダークホースである。
完全なる環境下にいるNTTチームに対して、ダルシンの風景はどう観ても自宅のガレージ。一人で漕いで、一人でアイテムボタンを押している。実況はNTTの「フルオペ」に対し、ダルシンの「ワンオペ」が勝利したと絶賛。「好感度が上がりました」とのコメントを残している。実際ダルシンはロードレーサーの象徴たるジャージすら着用しておらず、勝利して世界中に自分の姿が放映されていることに気づいてから、慌ててジャージを羽織っていた。
そんな風にして、知識のない僕でも十分にドラマ性を楽しめるのが今回のツール・ド・フランスだ。完全にバーチャルでもなく、完全にリアルでもない。両者がこれほどまでにうまく融合し、相乗効果を見せたイベントがあっただろうか。これからの新しいスポーツ大会のあり方を示しているような気がする。
レースは7/18,19に残り2ステージが行われるようなので、手に汗にぎしめ観戦するつもりだ。興味のある方はぜひ覗いてみてはいかがでしょうか。
7/20追記:残り2ステージも白熱でした。一部で背景のインスタ映え合戦かと思われるような絶景で漕ぐ選手がいたり、ドアの前で漕いでいてドアが開いたら落車する「ドア落車」なる言葉が生まれたり。総合優勝チームはやはりデジタルガチ勢のNTTでした。
ぜひ来年も観たい!本物のツール・ド・フランスは8/29開幕予定です。
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ちなみに僕個人の話になるが、バーチャル自転車には思い入れが深い。最近「エアロバイクをGoogleマップに連携させてバーチャル上で日本縦断をする」というチャレンジをしているからだ。
1万円のやっすいエアロバイクだけど、それでも実際に漕いでバーチャル空間を回るのはとても楽しい。この辺りの分野に大きな可能性を感じている。
今回プロたちのレースを観て非常に刺激を受けたので、明日からは選手の気持ちになって存分にバイクを漕ぎたい。まずは扇風機を2台買おうと思う。
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