エアロバイクで日本縦断を始めた理由

数日前、『オモコロ』というサイトでこんな記事を書いた。

エアロバイクをGoogleマップのストリートビューに連携させ、そのまま半年くらいかけて日本縦断してしまおうという企画だ。バイクを漕げば画面上で前に進むし、手信号のように手を挙げると方向転換もできる。詳しい仕組みなどは記事をご参照いただきたい。僕もよくわかっていない。

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なお現在地はこちらのサイトからリアルタイムで確認することができる。


運動不足が企画の発端であるが、背景にはもちろん時代の文脈がある。僕は基本的にはインドアなので、正直言ってここ最近の生活に大きな不満はない。リモートワークもスムーズだし、外出は週に1度で事足りるし、オンライン飲み会もそれなりに楽しい。
ただし飲みすぎるのはちょっと問題で、毎回目が覚めると空のウイスキー瓶が転がっている。どうやら僕は手元に酒があると、それを飲み干すか、あるいは自分が意識を失うか、どちらかに到るまで走り続けてしまうらしい。世間ではこれをクズと呼ぶ。こうやって新しい自分を発見する日々である。

リアルとオンラインどっちが楽しいかとか、そういうことは考えないようにしている。こういう状況なのだから、どうせなら楽しんだ方が得だろうという快楽の損得勘定で生きている。とくに最近、結婚式を直前で中止するという一大イベントがあり、その思いを強くしたところだ。その経緯をまとめた記事の最後でこう書いた。

「この状況がいつまで続くのかは分からないけど、僕はまた旅行記を書き始めたいと思う」

そうして僕は旅にでることにした。

とはいえ、やはりオンラインでは難しいこともある。その1つが「偶発性」だと思う。それは僕が海外旅行を好きな理由の裏返しでもある。

海外旅行に行くと、すぐに知らないおっさんが話しかけてくる。悪い奴も良い奴もいる。だいたいが悪い奴である。騙されたり盗まれたりする。
ただ底なしの優しさに包まれることもある。絶景にがっかりしたかと思えば、その帰り道で忘れられない景色に出会ったりもする。
外に出れば出るほど、遠くへ行けば行くほど、偶発性の物語が向こうから転がってくる。その物語に身を委ねることで、新たな展開が進み出す。そういう経験を得やすいのが旅行なのだ。

一方で家の中にいると、なかなかそれが難しい。予定通りに物事をこなしていくことに支障はないが、どこか物足りなさを感じてしまうところがある。僕のような人間にとってはいかに偶発性をデザインするかという挑戦が、この日々を生き抜く鍵となるのだ。
そんな中で「知らない景色に出会う」体験ができないかと思って、この旅を始めることにした。(なお企画を手伝ってくれた中川さんはスピード感がすごくて、メールで連絡をとった次の日に打ち合わせ、その週末にはプロトタイプが既に完成していた。本当に何者なんだ。)

あなたの思い出の景色を教えてください

北海道の宗谷岬をスタートしてから一週間。道に迷ったり突然風車の景色に出会ったり、ストリートビューが欠落してる部分があって一日かけて道を引き返したり。既にたくさんの偶然が生まれている。僕はそれを心底楽しんでいる。

そんな中で、もっと偶然に出会いたい。もっと知らない景色が欲しい。すごく欲しい。だから積極的に寄り道をしていくことにした。
そしてどうせ寄り道をするのなら、誰かの思い出にある景色を見たい。誰かの中の景色を見て、その物語に思いを馳せたい。すごく馳せたい。

だから、あなたの思い出の景色を教えてください。観光名所でも地元の街でも近所のコンビニでも名も無き道でも、日本全国どこでも構いません。美しい思い出でも、クソみたいな思い出でも構いません。
気ままな南下の旅の最中に、ふと仮想空間で立ち寄るかもしれません。

教えてやるよという方は、このフォームに記入いただけると幸いです。


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