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RELEASE HYPE - 今さら聞けない、Fred again..


Intro

ポスト・パンデミック・レイブとも呼ばれる近年のダンスミュージックシーンの復興は、2010年代のEDMシーンを思わせる勢いで急拡大を続けている。
その一躍を担ったと言っても過言でない人物こそ、Fred again..ことFrederick John Philip Gibsonであろう。

多くの人にとって、Fred again..の存在を知ることとなった、2022年7月30日に公開されたBoiler Room London。パッドを操る超絶技巧とそこから繰り出されるバンガーの数々は世界に衝撃を与えた。

その勢いは留まることを知らず、2023年2月18日には、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン公演をSkrillex、Four Tetとともに成功させ、ピークに達する。このトリオは、その年、2週目をキャンセルしたFrank Oceanに取って代わり、急遽「TBA」として、音楽フェスの最高峰、Coachellaのヘッドライナー公演を果たす。 この間、わずか1年足らずである。

瞬く間に階段を駆け上がっていく彼であったが、改めて「Fred again..」とは何者なのか?9月6日リリース予定の最新作『ten days』に先立ち、ダンスミュージックシーンにとどまらない、もはや「現象」とも呼べる彼の過去と今を紐解いていく。

early days

音楽の目覚めは8歳のとき。クラシックピアノの演奏を叔母のテープレコーダーで録音し、早くも作曲をはじめる。学校ではよくサボって音楽室にこもっていたという逸話すらある、生粋の音楽家である。

父が弁護士、母は『007』シリーズで知られるIan Flemingの家系と、爵位を持つ上流階級で育った彼が、ときに労働者階級を中心とするアンダーグラウンドシーンから批判されるのはそのためだ。通っていたのは、ウィルトシャーの高級ボーディングスクール、マールボロ・カレッジである。

彼が16歳のとき、友人から誘われたアカペラグループのレッスンで、人生最大の出会いが訪れる。そのレッスンを主催していたのが、かのレジェンド、Brian Enoだったのである。すでに楽曲制作を始めていた彼は、Logic Proの知識をEnoに披露し、またEnoは彼のメンターとして交友を深めることになる。

2年の歳月がたった2014年、彼に千載一遇のチャンスが訪れる。Brian EnoからUnderworldのKarl Hydeとのコラボレーションアルバム『Someday World』と『High Life』の共同プロデュースを依頼されたのである。

これをきっかけに、プロデュース業に進出。

Ellie GouldingやCharli XCX、Shawn Mendes、Burnaらの楽曲制作に携わり、2018年には、George Ezraと共作した「Shot Gun」で全英チャート1位を獲得。しかも、前週1位だった、Clean Bandit「Solo」にも彼は携わっていたという売れっ子ぶりである。

2019年には、Ed Sheeranの大ヒット作『No.6 Collaborations Project』に共同プロデューサーとして参加。

Fredが携わったWestlife、BTS、Ellie Goulding、Stormzyらの楽曲はこの年の全英チャート1位を席巻。2019年の全英ナンバー1シングルの約30%に携わり、その長さは合計14週間に及んだ。2020年、彼はBRIT Awardsの最優秀プロデューサー賞を史上最年少で獲得した。

Actual Life

そんな折、師であるBrian Enoから一通のメールが届く。

「もう十分だ。今すぐ自分のことに戻るんだ。僕らが最初に出会った頃にやっていたことにね」

これが彼にとっての契機となる。Fred again..の誕生である。

これまでの裏方として、覆面をかぶった活動のなかで、彼が求めていたのは、Fred Gibson本人として楽曲に登場する「親密さ」。そして完成度以上に重要視したのが、それが粗いものであっても、感情やエネルギーをダイレクトに伝える「人間らしさ」だった。

彼が注目したのは「日記」という手法だった。ゼロから楽曲を制作するのではなく、日常を楽曲として記録していくこと。三部作に及ぶ『Actual Life』シリーズである。きっかけはアトランタで出会ったCarlosという男だった。

二日酔いの朝、昨晩の出来事を思い出すためにカメラロールを漁っていると、知らない建設作業員の男の動画が彼の目を引いた。

「友よ、俺の姿を見るんだ!俺たちはやり切るぞ!(I want you to see me, friend! We gon’ make it through)」。

すぐさま、Logic Proに彼の声をサンプルし、コードを弾き始める。アルバムの形が決まった瞬間だった。

Fred again..の楽曲をつかさどるのは感情という側面である。ときに音楽の常識を度外視してでも、その一瞬に生まれるエネルギーにフォーカスする。これをなせるのは、プロデューサーとして活躍した日々に培った、経験にほかならない。

日常生活やオンラインで発見し集めたサンプルからなる楽曲は、リスナーに紛れもない共感を与え、彼の奏でるコードがそれを増幅させる。楽曲はダンサブルなアップビートからバラードまで、多種多様な点も特徴である。

とりわけ『Actual Life 3』は、『Actual Life 1』の最終曲「Marea (We've Lost Dancing)」で切望したナイトライフへの思いに呼応するかのように、再開したダンスパーティーを祝福する内容に。『Actual Life 3』は、2024年のグラミー賞で最優秀ダンス/エレクトロニックアルバム賞を受賞した。

ten days

リリースされる最新作『ten days』は、彼の10日間にまつわる10曲というコンセプト。コラボレーターも、おなじみの面々から意外なアーティストまで多種多様。『Actual Life』にあった日記のコンセプトは継続しながらも、より楽曲コラボレーションにフォーカスした内容だ。

しかし、新作がリリースされる前に言及することではないかもしれないが、彼にとって『ten days』はすでに過去の記録である。我々がこれから聞こうとしている作品は、我々が彼のソーシャルメディアを通して追ってきた彼の日常、またその裏に隠された、画面には映らなかった彼の生活の軌跡である。

人の過去を知ったところで何になる。しかし、彼の人生を追体験し共感するという、『Actual Life』シリーズから続く強力なコンセプトによって、彼の作品はその記憶を「いまここ」に共有する力を持っている。そして、その思い入れやノスタルジーを我々個人にとっても「現在進行系のもの」として共有できる場所といえば、なんといってもライブであろう。

彼はライブ公演について独特のプロモーション手法を行う。直前にInstagramのStoriesでゲリラ的に発表するのである。それは、前述の2万人収容のマディソン
・スクエア・ガーデンや、今年6月14日に開催された、7万7500人収容のロサンゼルス・メモリアル・コロシアムなど、超大規模の会場でも。3-4日前に発表された公演に人々は殺到。いずれの公演もソールドアウトを達成している。

それはあたかも、急遽帰国した友人に会いに行くような感覚。「おお、あいつが帰ってきてるのか、ちょっと会いたいな」。実際に会ったことがないにも関わらず、そう思わせる人懐っこさが、彼にはある。覆面ではなく素顔のFred again..としてのつながりは、まさに彼がソロプロジェクトで求めたものであろう。

彼はまだアジア圏でのライブを行ったことがない。『ten days』のリリース後には、北米ツアーが計画されており、日本で彼を見ることのできる機会は、まだ先のこととなるかもしれない。しかし、その日が来ることを待ち望み、新作に耳を傾けてほしい。いつか彼と再会できる日を夢見て。

Written and Edit by 漂流音楽

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