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歯科が「食」に関わる意義と管理栄養士との協働

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,コラムを掲載しています. 本記事では2月号に掲載した「歯科が「食」に関わる意義と管理栄養士との協働」を全文公開いたします(編集部)

齋藤貴之
医療法人社団淼 ごはんがたべたい歯科クリニック

はじめに

私は現在,チームブルーという医療グループで活動している.チームブルーは在宅看取りに特化し,年間500件以上の看取りを行う在宅医療機関である「やまと診療所」を中心に,それを支える「おうちにかえろう病院」「おうちでよかった訪問看護」そして「ごはんがたべたい歯科クリニック」で構成されている.

看取りに特化した在宅診療所が歯科との連携を考えるようになった背景は,在宅診療を続けていく中で,老衰や神経難病といった数カ月,数年単位での介入が必要な事例が増えてきたためである.従来の日本の医療は病気の治療,いかに疾患を治癒させるかに重点が置かれてきた.そこに少子高齢社会が到来し,介護という考え方が加わると,段々と機能が低下していく中でどうやってその人の生活を支えるかという側面も加わってきたのである.

歯科医療においても,従来のう蝕の治療や欠損を補綴する治療型モデルに加えて,オーラルフレイルや低栄養に対してどうやって食べる機能を維持していくか,どうやって介護の重症化を予防するか,生活を支えていくための機能管理や連携型モデルでの関わりが必要となってきている().

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実際に在宅医療の現場では,患者が「自宅で生活したい」と希望しても,食事の問題によって入院や施設入所を余儀なくされた事例が増えてきている.そのため「食」を支えるという観点から,咀嚼や摂食嚥下,栄養まで視点を広げて,生活を支える「歯科」の存在が必要となってきている.実際に私たち歯科医師が在宅医療と連携してみると,食事に苦労している患者の多くは欠損による咀嚼障害や,低栄養やフレイルによる口腔機能の低下など歯科的な要因によって食事に支障をきたしており,歯科の介入により食事や栄養状態が改善し,看取り間近と思われた患者が社会生活を取り戻した事例も出てきている.

食事の改善のために歯科医師としてできること

地域では食事の問題が多く散見される.たとえば適切な食事形態の調整が行われておらず,むせや肺炎を繰り返すようになると食事の摂取自体がうまくできなくなってくる.そうすると,さらに低栄養になり,筋力も低下して嚥下障害が重篤化していくという負の連鎖に陥ってしまう.
一方で,安全性のみ考慮されて食形態を必要以上に落としている(ペースト化)場合もある.本来なら普通食が食べられる状態であるにもかかわらず,ペースト食をずっと食べ続けているとか,食形態をペースト食に変更した際に必要な栄養ケアがなされていないため,低栄養になってしまい,結局,嚥下機能や全身の状態が低下してしまった事例も見られる.

低栄養状態の患者を診療するにあたって私が心がけているのが,「栄養管理の選択肢を増やす」ということである.食べられるものの選択肢が増えれば,それだけ栄養管理の選択肢も広がるからである.まずはしっかりと必要栄養量を摂取できる方法を確立することに努め,その後は嚥下機能の回復に合わせてなるべく食形態を上げるようにしている.

食形態を上げて普通食に近い形態の食事をするためには,食べ物をしっかりと咀嚼し,食塊を形成して,飲み込める状態にすることが必要になってくるが,歯の欠損が多く,咬合支持が得られていない患者はそれができない口腔環境になってしまっている.その場合は義歯などの補綴装置を作製し,咀嚼機能や咬合支持を回復させるが,口腔機能が低下している患者はそれだけではすぐに義歯を使ってうまく食事することはできない.

そこで,義歯装着と同時に赤ちゃんせんべいのような口の中で溶ける食材を用いて咀嚼訓練を開始し,低下してしまった口腔機能を回復させながら徐々に普通のせんべいや普通食への食形態のアップを試みている.また,義歯を装着することによって咬合高径が増加し,舌が口蓋に接触しづらくなり,口腔から咽頭への送り込みが阻害されている場合は,口腔リハビリテーションを行うとともに,義歯の口蓋形態を修正し,PAP(舌接触補助床)で舌機能の低下を代償的にサポートする場合もある.

管理栄養士との連携,協働の必要性

近年は,健康長寿を達成する方策として,サルコペニア対策,フレイル対策が挙げられ,栄養の視点を取り入れた歯科医療の必要性が叫ばれている.食事は単に「栄養摂取の方法」だけでなく,「生活の楽しみ」という側面もある.そのため,口腔機能や咀嚼機能の低下があっても,患者や患者家族の食事への要望は高い.たとえ咀嚼障害が重度となっても安全に摂取できるように,調理の方法を考えたり,十分な栄養摂取が可能となるように摂取カロリーを検討したり,患者の好みに合わせた味付けを考えたり,従来の医療行為に加えて,環境調整や患者や家族の想いを引き出す役割を担う管理栄養士が必要となってきている.

チームブルーでは,在宅医療の現場での環境調整の役割を在宅医療PA(Physician Assistant)という専門職種を育成することによって担っており,その中には管理栄養士の資格を有する者も多く在籍している.将来的に管理栄養士がその専門性を生かしながら,在宅医療PAで培った環境調整のスキルを生かし,より患者に近い立場から,生活視点でその人の暮らしを支えることを期待している.


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