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「すばらしき生徒伝」(1)

● 廊下にあるベンチの思い出 

廊下のワークスペースにベンチが置かれています。
木製で大人でも3人掛けが出来る,なかなか堂々とした代物です。
ベンチの背もたれには,こんな文字が書かれています。

作者トーマ  アドバイザー トーマ父
平成15年9月26日(金)職業体験にて

このベンチ,実はボクの思い出の品なのです。
少し長くなるけれど,ボクの思い出話につきあってくださいね。

● クラスのために一肌脱いだトーマさん 

 トーマさんは,12年前のボクのクラスの生徒です。
その中学校では,「文化発表会」と「合唱コンクール」はまったく別の行事で,文化発表会はクラス毎に企画を考えて参加していました。
そして,伝統のようにほとんどのクラスが演劇を選ぶのです。
ステージは教室です。
脚本も,衣装も,セットも,客席まで,何から何まで自分たちで作って行います。
生徒全員の投票で「大賞」が選出されるため,できるだけ大勢の人に見てもらおうと1ステージ20分程度で1日に5~6回上演します。
その学校では「文化発表会で大賞を取ることが,学校生活で最高の栄誉」というムードが出来ていたので,準備にかける労力も情熱も,それはそれはすごいものでした。

12年前のボクのクラスも,中学校生活の最後に大賞を取るぞ!とみんな燃えたぎっていました。
予想通り「演劇」をすることになり,その中に公園のシーンが登場。
「ベンチが欲しいな」「学校にはないよ」「何か代わりになる物はないか」と,皆で額(ひたい)を寄せ合っている時に,
トーマさんが「それならオレが作ってやるよ」と言い出したのです。
トーマさんのお父さんは本職の大工。
折しも「職業体験学習」があったので,トーマさんはそれを機会に,仲良しの男子と共にお父さんの元で一日がかりでベンチを作り上げてしまい,
しかも翌日,自宅から20分重いベンチを背負ってやってきたのです!

もうクラス中が大興奮大感激大感謝。
クラス全員でベンチの裏にサインをしてムードがさらに高まりました。
そして,当日の劇はそれまでずっと練習を見てきたボクですら鳥肌が立ってしまうほどの出来映えになりました。
その結果,見事大賞を射止めることが出来たのです。

●プレゼントされたベンチ

 その後,ベンチは教室の後ろに置かれ続け(何せ27名クラスだったので後ろががら空き),みんなの憩いの場となっていました。
いよいよ卒業の時,「ベンチはどうするんだ」という声が上がりました。
するとトーマさんが,ボクを見て,「先生,欲しい?」とたずねました。「欲しい!」二つ返事で答えると,みんなも満足そうに,「先生,大切に使ってね」と言ってくれました。

--中学生って,いつも,どの学校でも,とてもステキな輝きを見せてくれる時があります。トーマさんを始め,あの時の生徒みんなが,ボクにとって「すばらしき思い出の生徒たち」なのです。トーマさんが作ったベンチは,筋肉モリモリ野球バリバリだった彼が作ったにふさわしく,あなたたちがちょっとやそっとはしゃいだくらいのことで壊れるような代物ではありません。それでも,「大切に使ってくれると嬉しいな」と思います。

ーー 以上です。この学級通信を書いたのは2015年です。その4年後にボクは公立中学の「センセイ」を定年退職しました。ベンチは,当時の先生方にお願いして学校に寄贈。今でも使われているのかなぁ。
長いことセンセイをしていると,本当にたまにですが,子どもたちがとんでもない輝きを放ってくれることがあります。その一瞬一瞬がたまらなくて学校のセンセイを続けていられたんだなぁと,子どもたちに感謝の気持ちが湧いてきます。

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