マガジンのカバー画像

兵庫教育大学附属図書館広報誌Listen

39
運営しているクリエイター

#コラム

がんばれ、穴子くん

文:永井一樹(附属図書館職員)  『てぶくろ』は私にとって、子どもの頃からそこにあり、今もそこにありつづけている絵本である。(たぶん今も自宅のどこかに眠っているはずだ)。長く読み継がれる絵本は、長じてからも年相応の読み応えというものがある。名作のもつ、そんな懐の深さが好きだ。  今夏、福音館書店の絵本研究者・根本栄次氏に来館いただき、『てぶくろ』の読み聞かせをしてもらった。聴きながら、私はなぜか週末に娘とよく訪れる近所の海浜公園のことを思い浮かべていた。(それが年相応の読み

アンパンマンに御用心

文:永井一樹(附属図書館職員)  人生イチオシの小説を問われたらちょっと選択に困るけれど、短編小説なら迷わず答える作品がある。志賀直哉の「小僧の神様」である。たぶん中学生の時に読んだから、かれこれもう30年以上不動のナンバー1だ。なぜか。特段インパクトのある話ではない。鮨に憧れる小僧がなけなしの四銭を握り屋台寿司屋の暖簾をくぐるが、一貫六銭であるために食べられない。それを不憫に思った客の紳士が数日後、偶然再会した小僧にたらふく鮨をご馳走する。だが善いことをしたはずなのに、そ

Stay sweet home

文:永井一樹(附属図書館職員)  マイホーム取得のために全財産をつぎこんでしまったおかげで、家計は未曾有の火の車状態がつづいている。手元にキャッシュがないというのはこんなにも恐ろしいことなのか。ここ数年、ユニクロ・無印以外で洋服を買った記憶がない。昼は職場の食堂で二百六十円のきつねうどんを啜る毎日。それすら惜しい日は、早朝梅干し入りのおにぎりを自分で握り、カップ麺と共に持っていく。これだと百数十円で済むのでより経済的だ。職場のアルバイトの送別会なんかがあると、かつては参加し

インキュナブラー

 文:永井一樹(附属図書館職員)  もう20年以上前の、私が高校生の時の話である。ある日、私は近所に住む友達に招待されて、彼の家で晩御飯をご馳走になった。広い和室のリビングで、一家の団欒に加わっていたとき、突然部屋の電話が鳴った。受話器を取ったのは、彼の母親だった。電話は部屋の片隅にあり、まだ買ったばかりと思われる真っ白なコードレスの子機が親機のすぐ横に置かれていた。その電話は彼の父親にかかってきたもので、彼女は、そのとき隣室でくつろいでいた父親を呼んだ。すると、驚いたこと