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ガールズバー(正確にはガールズバーではない)に初めて行った話

 某月某日、某所を歩いていたら「どうですかー」的な声をかけられた。20代前半と思われる女性であった。もしかしたら私に声をかけたのではなく、私を含む不特定多数の人間に声をかけていたのかもしれないが、私は私に声をかけてきたのだと認識した。なぜなら目が合ったからである。
「ガールズバーですか?」と私は言った。
「ガールズバーっていうか、バーです。スタッフは女性が多いのでお話しながらお酒を飲める」などと彼女は言った。

 街に設置されたスピーカーからは警察官と思われる男の猛々しい声で「客引きには絶対に付いていくな」という旨の警告が轟いていた。私には、彼女が「どうですかー」的な声を放ちながら私と目を合わす行為が客引き行為に該当するのかどうか不明だった。

 ボッタクリという現象を私は世界で一番恐れている。なぜなら恐い上にお金をいっぱい取られるらしいからである。
「ボッタクリじゃないですよね?」と私は言った。ボッタクリがボッタクリを自称することは人類の歴史上一度もないが、一応尋ねてしまうのだった。
「ボッタクリじゃないですよ。10年くらいここで営業しているので」などと彼女は言った。

 2時間後くらいに人と待ち合わせをしているのでそれまでの暇つぶしを考えていた。酒が飲みたかった。
「お姉さん可愛いですね」と私は唐突に言った。
「そんなことないですよぉ」と彼女は言った。
「お姉さんがお酒作ってくれるんですか?」と言うと「そうですよ」と返ってきたので意外に思い、私はお姉さんに連れられて店に入った。

 ボッタクリ店がどういう店構え及び店内の様子をしているのか全くの無知であったが、ボッタクリではなさそうだと思った。シックな雰囲気であった。店内には先客が1名。
 案内されてカウンターに着席する。最近ウイスキーを好んでおり、毎晩ハイボールで泥酔しているのだが、目の前には多種多様なウイスキーの瓶がずらりと並んでいたので心が躍った。A Static Lullabyというアメリカのハードコアバンドのボーカルがインタビューで「俺はウイスキーとブラック・サバスしか信じない」と言っていたのを思い出したので、信用できるお店だなと思った。
 料金システムの説明を丁寧に受けた。「こんなに丁寧に説明をしたのは初めてですよ」と呼び込みをしていた彼女は言った。
 
 せっかくなので飲んだことのないウイスキーを飲みたいと思った。これにしようと決めた当該酒を「ハイボールで」と注文すると、「ハイボールないんですよ」と彼女は言った。
 正気か。ハイボールがない飲み屋がこの世に存在するのか。
「ソーダ割ならあるんですよ。ハイボールって言うと一般的な感じじゃないですか。だから、ハイボールはないけどソーダ割ならあります」と彼女は続けた。
 私は言語哲学の迷宮に迷い込んだ。助けてクリプキ。「じゃあソーダ割で」とクリプキは言った。
 
 お姉さんが目の前で作ってくれたソーダ割が来た。飲むと美味しかった。
「やっぱり作ってくれる人がいいと美味しいですね」と私は言った。
 これは私にとって汎用性がべらぼうに高いキラーワードである。だいたい外さない。おそらく言われた方も悪い気はしない。
「いやいや、そうですか。お兄さん口うまいっすね」的なことを彼女は笑顔で言った。おそらく「きも、なんだこいつ」とは思っていないだろう。
 だが、「なんか今日クソキモい客来てぇ〜まじ勘弁だったんだけど4時間くらいいてさ〜、はぁ〜、まじキレそう、どっと疲れたわ🤮」と帰ってから彼女が誰かにLINEを送ってないとは言い切れない。
「お名前なんて呼べばいいですか?」と聞かれたので、「何でもいいっす」と私は言った。これはクソキモい返しだったなと反省している。

 お酒を作りつつ話し相手になってくれる女性が数十分ごとに入れ替わるシステムらしく、違う女性が私の前に立った。ガールズバーはおそらく女性が刺激的な格好をしていると思われるが、この店は皆、清廉潔白なバーテンダーのような格好をしている。谷間が見えたりする格好をしてる人は一人もいない。その方が落ち着くのでよかった。だからこの店は正確にはガールズバーではない。

 私はガールズと話をしながら、先客の男性をちらちらと観察していた。当該男性の頭の上には四つ折りのおしぼりが乗っていた。
 私が入店した時から男性の頭の上にはおしぼりがあった。そして、私がちらちらと観察する間もおしぼりは頭の上に鎮座し続けており、その状態でガールズと話していた。何を目的にしているのか不明だったのでよく観察する必要があった。結果から言えば、何を目的にしているのかは最後までわからなかった。


 好みのタイプというのがあるとすればまさしく好みのタイプという概念のど真ん中に存在した。丸顔、細い目、真っすぐなロングの黒髪、サバサバしていて気の強そうな感じ。入店してから1時間くらい経った頃だろうか。そういう女性とお話する機会に恵まれた。一言で言えば、大変に可愛いかった。
 私は可愛いと思ったら可愛いと口に出さないと気が済まないし、むしろ、可愛いと口に出さないほうが相手の女性に失礼だと思っているなんてことは別にないが、酔っていたせいもあった。
「てか、すごく可愛くないすか?」と私は言った。なぜ疑問形なのかはわからないが、そのように言った。
「ありがとうございます」と彼女は言った。
 世の中には3種類の人間がいる。「可愛いですね」と言われて「そんなことないですよぉ」と返す女性と、「可愛いですね」と言われて「ありがとうございます」と返す女性と、「てか、すごく可愛くないすか?」と唐突に言う男性である。彼女は2番目の人間であり、私は3番目の人間であった。
「この前ぇ、電車で寝ててぇ、起きたらやっべあたしが降りる駅じゃね、って思って降りたんだけど、そこ1駅手前だったんだー。それ終電だったからさぁ、仕方なくタクシー呼んで、1万円かかった。はぁ、まじキレそうなんだけど」と彼女は言った。

 また、彼女は「私、お酒強いと思いますよ。飲み勝負するといつも男性の方が先に潰れてます」と言った。私も彼女に潰されたいと思ったか?

 お手洗いに行く際、男性店員とすれ違ったので「お兄さんイケメンですね」と私は言った。よく見ていないのでイケメンかどうかは不明だった。「初めて言われました」とイケメンは言った。
 おしぼりを頭に乗せていたお客さんはいつの間にかいなくなっていた。おしぼりを頭に乗せたまま退店した可能性がある。

 
「そういえば待ち合わせしてたんじゃないですか? 大丈夫?」と誰かが言った。酔っていて誰が誰だかよくわからなくなっていた。スマートフォンを確認すると、着信が来ていた。
 こちらから電話をかけると、「あーごめんごめん、なんか盛り上がっちゃってさ、もうちょっと時間潰せる?」と彼は言った。彼がどこで何をしているのか全く知らないが、おそらくハプニングバー的なところにいるのではないかと私は推測している。学生時代の友人だ。
 わかった終わったら電話してくれと言って電話を切った。まさか待ち合わせが延びるとは思わず、この店で時間が潰せてよかったと思った。

 だいぶ飲んだのでよく覚えていないのである。ブルックラディというウイスキーが大変に美味しかった。到底ウイスキーとは思えないターコイズのような水色のボトルが特徴である。
 スタッフの女性が通りがかりにカウンターに置かれたそのボトルを見るにつけ「えーなにこれー」と必ず言っていたので、ブルックラディを頼むと当該ブルックラディのボトルが女性に「えーなにこれー」と言われることができるようである。それについて当該ブルックラディのボトルが嬉しいと思ったか、恥ずかしかったか、どうでもいいと呆れていたか、酔っ払っていてよく覚えていないかは私にはわからない。

 24時で退店するつもりが、26時半くらいまでいた。
 私は普段自分の話をほぼせず、自分の話を聞かされた方もつまんないだろうなと考えているので、基本、相手の話を聞き、適切に相槌を打つことを好む。この店でも最初の段階では向こうが話すことを興味深く聞いていたことは記憶しているのだが、何しろだいぶ飲んでいたので、酔った勢いで蘊蓄や武勇伝、自らに関するわけのわからないことをぺらぺらと喋っていた可能性は否定できない。
「なんか今日クソキモい客来てぇ〜まじ勘弁だったんだけど4時間くらいいてさ〜、はぁ〜、まじキレそう、どっと疲れたわ👿」と帰ってから誰かが誰かにLINEを送ってないとはまじで言い切れない。
 
 会計は約3万円であった。そのくらい飲んだしそのくらい滞在したので、女性のドリンク代も含めて妥当な金額であった。
 最初のお姉さんに「なんかすごく疑ってすみませんでした」と言ったのは覚えているし、すごく可愛いお姉さんに「すごく可愛くないすか?」と少なくとも3回は言ったのを覚えている。多く見積もって30回は言っているかもしれない。初対面の相手の外見を褒めることはあまり良くない行為とされるため、初対面の女性の外見を一晩で30回褒めることは最低最悪の行為である蓋然性が高い。

 退店して、例の友人と合流した。本来であればちょっと居酒屋で飲む予定であったが、時刻は既に予定をかなりオーバーしており、眠気と泥酔が限界であった。飲み直すのはちょっと無理だな、ということで合意し、何のための待ち合わせだったのかよくわからないまま解散した。

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