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「リーグ本塁打王」 塚本恭平 選手へインタビュー ブレイバーズ通信2023年10月号

塚本恭平 #10

2002年1月31日生まれ、ポジションは捕手。出身は神奈川県川崎市、右投右打。帝京第三高校を中退した後、日本航空高校・BC神奈川を経て、今季から兵庫ブレイバーズに入団。シーズン当初から正捕手としてチームを支える。持ち前の長打力を存分に発揮して打撃でも大きく貢献した。放った本塁打はリーグ単独トップの8本。2位の選手に3本差をつけて、ブレイバーズ初の本塁打王となった。


ブレイバーズ初のホームラン王



――シーズンに入ると本塁打を量産。打順は8番から4番まで上がった。

僕自身、ホームランを8本も打てるなんて思っていませんでした。山川監督のアドバイスが大きかったです。例えば「シンプルに」という監督の言葉。プレー中でも考えすぎてしまうのが僕の短所だったので、この一言でかなり楽になりましたね。

監督からは、打撃は2割でいいから守備に8割の意識を持つようにと言われていました。守備に集中する中でも、打撃で好成績を残せたのは良かったです。監督いわく「塚本が4番を打つのは想定外だった」らしいですが(笑)。

塚本選手(左)と 工宜選手(右)


――守備ではリーグ1の好投手・工宜選手を支えた。守備率もリーグ最高だ。

バッテリーを組んでいて一番勉強になるのが工宜さん。リード通りに投げてくれるし、なぜ僕の要求した球が打たれたのかも教えてくれます。試合後のブルペンでは別の配球を確かめつつ、「あの場面では変化球がよかったな」みたいな形で答え合わせ。ありがたかったですね。

守備率については知らなかったです。ただ盗塁阻止率が低かったのは反省点。スローイングの精度・投手との連携など、もっとできたことはあります。来年に向けての課題ですね。配球の面でもまだまだ未熟な部分はありますし、改善しないといけないことは多いです。


――ホームランを打ち出してから、相手投手はより厳しい球を投げてくるようになった。

そうですね。僕の苦手なアウトコースに球が集まるようになりました。ストライクゾーンにも簡単には投げてくれません。でもそこでイライラすることはなかったです。その分、四球は増えたので「出塁できてありがたい」と思っていました。


――印象に残ったホームランは?

7月4日にリーグ屈指の好投手・西垣さん(和歌山)から放ったホームランです。インコースの厳しいボールをうまくスタンドに運べました。自らの成長を感じた一本ですね。7月7日に放ったホームランも嬉しかったですね。その日は母の誕生日だったので。


――両親に対しての思いは?

母も父も、僕にいつも寄り添ってくれてますね。両親のもとに生まれてきて本当に良かったと思います。「人への感謝・謙虚さを忘れるな」とは口酸っぱく言われ続けてきました。そこはグラウンド内外で常に心がけていますね。



大活躍も…チームは苦戦



――塚本選手の活躍にも関わらず、ブレイバーズは4位が確定。

チャンスで本当に点が取れませんでした。厳しいシーズンでした。僕自身もチャンスで打てなかったこともありますし。ヒット以外でも点数を取れるようにならないと堺や和歌山には勝てないと思います。チームの雰囲気は良かったんですけどね。「あと一本」をしっかりと打てるようなチームを目指します。


――練習環境は改善されたのか?

改善されましたね。監督や球団関係者が積極的に動いてくれて、バッティングセンターや練習場を確保してもらえています。これで野手陣もしっかりと練習ができるようになりました。感謝しかないですね。


――山川監督を信頼しているようだが?

すごい監督だと思います。チーム全体を見つつ、選手一人一人にも最適なアドバイスをしてくれます。コミュニケーションも欠かさず、選手からの意見も聞いてくれますし。野球が本当にやりやすい環境を整えてもらいました。


――将来的な目標は?

NPBに入ること。そして入っただけで満足せずに、プロの世界で活躍できる選手になることです。そのために打撃・守備の両面でレベルアップしていきたいです。肩の強さという部分はとくに課題だと思います。



いじめに悩まされた高校時代


相手打者を抑えて一安心する塚本選手(左)


――過去についても聞きたい。入学した帝京第三高校はすぐに中退した。背景にはいじめがあったとも聞いているが。

野球に集中できるような環境ではなかったです。練習試合でいきなりホームランを打ってしまい、目をつけられたのがきっかけのように記憶しています。先輩との意思疎通もうまくいかなかったです。ノックにいれてもらえず、胸倉を掴まれたりもしました。ほんとうにすごく理不尽でした。


――その後、通信制の日本航空高校へ入学。同時にクラブ野球チームのGXAに入団した。

正直、もう野球はやめようかなと思っていました。ただ両親からの後押しもあり、再びグラウンドに立つことを選びました。

GXAに入った当初もそこまでモチベーションはなかったです。でもいざプレーしてみたら、めちゃくちゃ楽しいんですよ(笑)。燃えましたね。指導者・チームメートも良い人たちばかりで救われました。


――理不尽な仕打ちを受けて夢を諦めかけた高校時代を今振り返れば?

帝京第三での経験があったからこそ、人間的にはすごく成長できたと思います。練習さえもさせてもらえなかった、あの頃の日々を乗りこえたので今の僕がいます。精神的にはかなりタフになれたと感じます。


――その後、神奈川BCに入団。そして今季からは兵庫ブレイバーズへ。

神奈川を退団してからテストは不合格続きでした。行く当てがない中、バイト先から関西独立リーグを紹介してもらい、兵庫ブレイバーズへの入団を決めました。ブレイバーズはチームとしてのまとまりがあると感じます。地域活動にすごく力をいれているところも気に入っています。



座右の銘は「今を大切に」



――練習熱心だと聞いたが。

練習するのは当たり前です。当たり前を積み重ねてこそ、実戦において良い結果を出せます。あと練習では考えることを大切にしていますね。考えることをやめて現状のままに甘んじたら、そこまでの選手にしかなれないので。


――捕手は考えることが多いポジションと言われている。

本当に多いと思います。関西独立リーグの試合情報を見て、日々勉強しています。その情報をもとに、敵バッターの対策を考えて投手に伝えます。自作ノートも使って、データを積み重ねていきました。


――座右の銘は?

「今を大切に」です。一分一秒を大切にしないと、人はどんどん悪い方向に流れていきますから。例えば、分からないことをすぐに調べるとか。いうべきことがあればすぐに言うとか。後悔しないように生きることが大事なので。


取材後記


「野球ができることは決して当たり前ではない」、取材したときにほとんどの選手が口にする言葉だ。ただ、かつていじめにより追い込まれた塚本選手が口にしたその言葉は、より重く取材者の胸に響いた。つらい記憶を呼び起こして、取材に向き合ってくれた彼に感謝したい。

(このインタビューは2023年9月12日に行われました)

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