水素の”ポテンシャル”はどこに?~出力密度に着目した技術比較~
昨今、エネルギー(平たく電気)をどこから得るのだろう、という議論があちこちで聞こえます。”再生可能エネルギーを増やすべき”、”自動車の燃料はバッテリーへの転換を!”、”水素は究極のクリーンエネルギーだ!”、など。でもこの議論の終着点はどこにあるのでしょう。
結論、”終着点などない”、というのがエネルギー専門家としての僕の見解になります。そもそもエネルギーの形は何種類とあるわけで、それを一つに限定する必要などどこにもないのです。適材適所でその場所・シチュエーションに適応した電源を用いればいいだけなのです。発電所のような大きな施設を自動車に搭載することはないですよね? 新エネルギーだって同じです。
とはいえ、評価する項目はこれまでのエネルギーと比較して多岐にわたります。今回はバッテリーと水素との比較の中でよく用いられる評価項目に関して説明します。エネルギーの良し悪しを比較するときに、”このシチュエーションならこの評価項目に目をつける”といった観点がみなさんに生まれることを願って書いてみます。
続きは有料になりますが、是非最後まで読んでいただけると嬉しいです。
私たちの身近に転がる”エネルギー出力”について
では前の段落で出てきた、”どのくらいエネルギー密度が必要なのか?”という議論を明らかにするために、”エネルギー出力”について簡単に整理してみましょう。
エネルギー出力とは、日本語ではよく”仕事率”と呼ばれる単位で出てきます。単位は”ワット(W)”です。電子レンジについているワットと同じですね、あれです。1秒間にどれだけ仕事をするか、これを示すのがWという単位です(J/s)。生活の中で一番身近な存在としてのエネルギーは、消費カロリーでしょうか。あれは、1Lの水の温度を1℃上昇させるのに必要なエネルギーを1kcalとしていて、1kcal≒4.184kJです。
エネルギーは色々な形に姿を変えます。光エネルギー、電気エネルギー、運動エネルギー、、、全てのエネルギーはどれだけ物質に対して(物理学における)仕事をしたか、という指標で評価され、全て”W”の単位を共有しています。
簡単ではありますが、身近にある家電のエネルギー出力を見てみましょう。(出典:電源専門店オンリースタイル https://eco-power.jp/power_list.html)
ノートPC:50~120W
携帯電話の充電:15W
電気スタンド(LED):4~10W
IH調理器:3000W
ドライヤー:600~1200W
洗濯機:500~900W
あくまで目安なのでこの通りにはいかないところもありますが、概ねこんなところなのではないでしょうか(みなさんの家電も確認してみてください)。 熱を生み出したり、大きな動きが必要な家電は消費電力が高い傾向にありますね。
このように、何かものを動かしたり電気を生み出すのには全てエネルギーが必要なのです。そしてこのエネルギーをどれだけ生み出せるか、その大きさが電源としてのエネルギー出力になるわけです。
エネルギーの”密度”って?
水素・バッテリーを比較するときによく出てくる指標の一つに、”エネルギー密度”というものがあります。みなさん、”密度”という言葉にどれだけ馴染みがあるでしょうか。 密度の定義を、デジタル大辞泉の言葉を借りて確認してみましょう(個人的に最もフィットした説明だったので拝借します)。
ある決まった領域(定義では体積・面積・長さ)の中に、ある量がどれだけ入っているか(粗or密)、という度合いを示す指標が密度、ということになります。
エネルギー密度とは、ある決まった領域に、エネルギーがどれだけ詰まっているか(粗or密)、これを示す指標になるということになります。
これを議論する上では、先ほどから枕詞となっている”ある決まった領域”を決めてあげる必要があります。エネルギーの話でよく出てくる領域は、”体積”と”質量(重量)”の2種類です。前者に注目するときには”体積エネルギー密度”、後者に注目するときには”質量エネルギー密度”と呼びます。
体積エネルギー密度とは、”決まった広さの場所にどれだけエネルギーが入っているか”を示すことになります。どんなエネルギーだって発電所くらい大きくすればそれなりの発電量になるため、広さを区切って比較してみましょう、というお話し。
重量エネルギー密度とは、”決まった重さの場所(電池など)にどれだけエネルギーが入っているか”を示します。発電所は確かに容量自体は大きいですが、車に載せて運ぶなどを考えると重すぎてとても便利とは言えません。なので、決まった重さで比較してあげましょう、というお話しです。
それぞれの指標がエネルギー源の良し悪しを比較する上では重要なファクターになりますし、どの指標を用いるかはどの場面で発電するかによっても変わります(発電所と自動車の電源を同時に比較することはできないのです)。 なので、それぞれどの場面でよい指標なのか、整理して抑える必要があるでしょう。
自動車やドローンなど、いわゆるモビリティ分野では、前の議論が何も役に立たないような気がしますが、体積エネルギー密度・重量エネルギー密度、共に高い必要があります。限られたスペースに、重すぎない燃料を載せる必要があるのです。
下の図を参照すると、重量・体積エネルギー密度による各エネルギーの比較ができます。ガソリンをはじめとする液体燃料が特に優れていることは一目瞭然ですが、これらが使えなくなったとすると、バッテリーと比較して水素はエネルギー密度の観点からモビリティ分野では有効である、という一つの結論が導き出せます。
無論、”乗用車に対してこのエネルギー密度が十分なのか?”という議論はまだ残っているので、ここで結論を出すのは難しいですが、ここでは”水素は重量・体積エネルギー密度に優れたエネルギー源である”ということを覚えていただければと思います。
”電池”としてのエネルギー源比較のあれこれ
ここで具体的に水素(燃料電池)について数字を使って評価してみたいと思います。
今回は貯められるエネルギーと出力の2つの視点から評価してみたいと思います。下の図が各デバイスに関するエネルギー密度と出力密度を表した図です。
エネルギー密度(単位Wh/kg)はデバイス1kgあたりでどれくらいのエネルギーを貯められるかという話になります。Whという単位は出力(W)に時間(hour)をかけたものであり、100Whは100Wのものを1時間使うために必要なエネルギーを表しています。50Wのものを2時間使うためのエネルギーは、50W×2h=100Whとなります。
一方、出力密度はそもそもどれくらいのパワー(出力)があるのかという話です。どんなにエネルギー密度(貯められるエネルギー)が大きくても出せるパワーが小さければ弱い力をトロトロ出し続けるだけになってしまいます。
100Wのパソコンを1時間使いたい!と思って100Whのバッテリーを買ったとしてもその出力が20Wではそもそもパソコンを動かすことはできないというわけです。じゃ出力100Wのバッテリーを買ったとしても貯められるエネルギーが10Whじゃ6分しか動かせないということになるのです。
ではさきほどの図から燃料電池とリチウムイオン電池の値を読み取っていきましょう。
・燃料電池
出力密度:25W/kg
エネルギー密度:300Wh/kg
・リチウムイオン電池
出力密度:150W/kg
エネルギー密度:70Wh/kg
この数字から燃料電池はエネルギー密度に、リチウムイオン電池は出力密度に長けていることがわかります。
簡単に言うとリチウムイオン電池は馬力はあるけど持久力がない短距離走型、燃料電池は一発の速さはないけど長く走れるマラソン型といったところでしょうか。
ではここで100Wのパソコンを動かしたい!というシチュエーションを考えましょう。
まず考えるべきは出力密度です。燃料電池は25W/kgなので100Wを動かすためには
100(W)÷25(W/kg)=4(kg)
となり、4kgの燃料電池が必要ということになります。
一方リチウムイオン電池は
100(W)÷150(W/kg)=0.67(kg)
の重さで事足りるということになります。
「電池の方が軽くていいじゃん」と思うのですがここで大事なのがエネルギー密度です。
4kgの燃料電池であれば
300(Wh/kg)×4(kg)=1200(Wh)
のエネルギーを貯めることができ100Wのパソコンを12時間動かし続けることができます。
一方リチウムイオン電池は
70(Wh/kg)×0.67=47(Wh)となり、30分弱しかパソコンを動かすことができません。
ではリチウムイオン電池でも12時間(1200Wh)動かしたい!とすると
1200(Wh)÷70(Wh/kg)=約17(kg)
とものすごく重く(燃料電池の約4倍)なってしまいます。重くなるということは機械に乗せづらくなるのに加えその分お金もかかってしまいます。
以上より消費する電力の大きささえクリアしてしまえば、長時間運転させるという面で燃料電池に分があるということが言えます。
”水素”のいいところ
これまでの議論を踏まえて、水素エネルギーのいいところをまとめてみます。
今回の議論を踏まえた水素エネルギーのいいところは、”体積・重量エネルギー密度ともに優れている点”にあると結論できます。
先にもみた通り、限られた場所、決まった重さの中にエネルギーを詰める話をすると、水素は(現世で最も軽い物質であるため)とてもポテンシャルの高いエネルギーであると言えます。勿論前述の通りで、このエネルギー密度が乗用車やドローンの出力に対して妥当かどうか、エネルギーインフラの構築など総合的な判断が必要になります。
よって水素燃料は、ドローン産業での活用に期待が集められています。ドローンを2時間、あるいはそれ以上連続で飛ばせる世界になったらどんなことができるでしょうか。 みなさんも一緒に想像してみませんか?
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