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Another Legend‐空我‐ Season壱 Ep.02「Crimson‐真紅‐」

 2020年1月31日 午前9時23分
 坂道市内 廃工場

閑静な住宅街から離れた一角に数年前に倒産した町工場の建物が廃墟として残っている。

壊れたマシニングセンタや旋盤が置き捨てられ、鋼材やアングル棚などが転がり、薄暗い工場内。

普段人の出入りの無いはずのその場所に、怪しげな者たちが集まっていた。

奇妙な服装の男女数人が、思い思いの場所に立ったり座ったりしている。

真冬なのに半袖だったり、上半身がほぼ裸同然に剥き出しだったり、体中にチェーンを巻きつけていたりと奇抜な装飾品を着けておりTPOは完全に無視だ。

特徴的なのは、体のどこかにタトゥが入っていることだろう。

動物や昆虫など、自然界の生物を象っていると思われた。

集まっている者たちはそれぞれ剣呑な雰囲気を纏っていて、なんとも不気味である。

カツ…カツ…

ヒールの音が響いたかと思うと、漆黒のドレスを身に纏った美女が現れた。

女の額にはバラのタトゥが彫られている。

視線が一斉にバラのタトゥの女に集まる。

バラのタトゥの女:ゴソデデギスバ。ビベングデビ、ガギギョンゲゲルゾ、ザジレジョグ

女はひとりひとりの顔を見回し、フッと笑んだ。

バラのタトゥの女:メビオ。ジャデデリスバ

黒レザーのホットパンツから伸びる太ももに豹のタトゥのある女が進み出た。

鋭い目つきでバラのタトゥの女を見つめる。

メビオ:ズガギビヂゼ、バギングバギングドググドバギングゲギドパパンビン

バラのタトゥの女:ギギザソグ

ズ・メビオ・ダは怪人態に変化した。

バラのタトゥの女がメビオのベルトのバックルに、右手薬指にした指輪を近づける。

緑色に輝く水晶の爪をバックルに押し当てると、鍵を開けるように右へ回した。

メビオは身震いし、咆哮した。

 ※

 同日 午前10時4分
 坂道医大附属病院 MRI検査室

検査台に横たわった五代◯◯の体がMRIのリングの中へ飲み込まれていく。

これまで目立った病気をしたことがない◯◯は、MRIを受けるのが初めてだからか、好奇心いっぱいの目でキョロキョロしている。

昨日の戦いの後、◯◯は怪我を負った一条美波警部補共々、ドクターヘリで坂道医大附属病院に搬送された。

◯◯は気絶していたものの外傷は無く、一応入院することになったが、今朝病室のベッドの上で健やかに目を覚ました。

戦いの疲労が嘘のように抜け、むしろ人生でいちばん体が軽く元気いっぱいだった。

美波は入院とまではいかなかったものの、背中に軽い打撲、右手首の骨にひびが入っていた。

ガラス窓の向こうのモニター室には、三角巾で右手を吊るした美波と彼女の高校からの友人で監察医の椿美月がいた。

美月が見つめるディスプレイに◯◯のMRI画像が表示される。

美波:どう美月?

美月:興味深いわ。あ、コンポタありがとね

コーンポタージュの缶を振る。

美波:どういたしまして

美月は画像を凝視する。

美月:にしてもすごい

目がバキバキである。

◯◯の腹部にはベルト様の物体が入り込んでいた。

美月:これをつけたら変身したってわけ?

美波:そう

薄れゆく意識の中、◯◯が変身する光景を美波ははっきり目撃していた。

美月:なんだか信じられないなぁ…

美波:あたしだってそうだよ。我が目を疑った。でも事実なの

美月:調べ甲斐あるなぁ。あんたの頼みとあっちゃ断れないしね

美波:ありがと

美月:死んだ怪物の肉片は科捜研に運ばれたんだっけ?

美波:そうよ。耳が早いね

美月:サンプルこっちにも回してもらえないかな?

美波:上に掛け合ってみる

美月:サンキュー

ふたりが会話している間に、検査台から◯◯が吐き出されていく。

◯◯が廊下に出ると沢渡さくらと◯◯の妹・五代天が待っていた。

天には、さくらから◯◯は九郎ヶ岳で事故に遭ったという風に話してある。

さくら:五代くん。お疲れ様

◯◯:さくらさん。来てくれてたんですね。ありがとうございます

天:兄貴大丈夫なの?

天が心配そうな表情で見つめる。

◯◯:元気だよ。天もありがとう。学校休んでまでごめんな

天の頭を撫でてやると、

天:人前でやめてよ恥ずかしいなぁ/// 

◯◯:わるいわるい

元気そうな様子の◯◯にさくらはホッと胸を撫で下ろす。

モニター室から美波と美月が出て来た。

◯◯:昨日の刑事さん…

美波:自己紹介がまだだったわね。坂道県警警備部の一条美波です

互いに名乗り合う。

さくら:助けていただいて、ありがとうございました

美波:礼なんて。仕事だから。無事で良かった

さくら:(小声)カッコいい…

さくらの目がキラキラしている。

◯◯は不満そうに、

◯◯:さくらさん。俺も戦ったでしょ?

さくら:もちろん感謝してるよ?

笑みを浮かべつつも、さくらが複雑な表情を浮かべたのを美波は見逃さなかった。

美月:監察医の椿美月です。検査結果は明日出ますので、今日のところはお帰りいただいて構いません

4人は病院を出た。

美波:県警までご足労願いたいのだけどいいかな?話したいことがあるの

さくら:分かりました

◯◯:天はもう帰りな。兄ちゃんもう大丈夫だからさ

天:ほんとに?

◯◯:ほれこの通り

おどけて屈伸運動する◯◯。

天:全く…。分かった。さくらさん。兄貴のことお願いします

さくら:任せといて

天:じゃあね

◯◯:ああ。気をつけてな

天が帰るのを見届けた後、美波の運転する覆面パトカーで坂道県警察本部へ向かった。

 ※

 同日 午前10時26分
 坂道市秋元町5丁目 高架下

たむろしていたチンピラのひとりが高架下のトンネルを歩いて来る女を見つけた。

チンピラA:見ろよ。あの女

チンピラB:いいな

チンピラC:行こうぜ

3人は立ち上がり、女に近寄った。

チンピラB:暇なら俺たちと遊ばねぇ?

チンピラC:楽しいことしようぜ

女は汚いものでも見るように3人を睨みつける。

チンピラA:いいねその目つき

チンピラがケラケラ笑う。

太ももに豹のタトゥがある。

チンピラA:いいタトゥ入れてんじゃん

チンピラがタトゥに触れようとすると、

メビオ:バダギンダドゥビズセスバ

チンピラA:は?

チンピラが顔を上げた瞬間、頭部が胴体から離れていた。

血を撒き散らしながら生首が路上に転がる。

チンピラB:マジかよ!

チンピラC:ひぃっ…

メビオの脚は死んだチンピラの血に染まっていた。

目にも止まらぬ速さで繰り出した蹴りで、頭を吹っ飛ばしたのだ。

メビオが怪人の姿に変わる。

腰を抜かした仲間を引き摺っていたチンピラが仲間を放り出して逃げた。

チンピラC:ちょ、待…

腰を抜かしたチンピラはそれ以上喋ることが出来なかった。

喉を掻き斬られたからである。

メビオは自慢の脚力で逃げる最後のひとりの前に回り込んだ。

チンピラB:ぐっ

息を呑んだチンピラの首を絞め持ち上げる。

チンピラB:あぐ…が…ぁ…

心臓を抉り取られたチンピラは即死し、血を流しながらアスファルトに横たわった。

 ※

 同日 午前10時52分
 坂道県警本部 13F 視聴覚室

◯◯とさくらはモニターに映し出される凄惨な光景に思わず目を背けた。

映像には、異形の影が調査隊を殺戮する様子が克明に記録されていた。

影の上げる怨嗟の声。

調査隊メンバーの悲鳴や断末魔。

人体が引き裂かれる生々しい音。

画面に血しぶきが掛かり、映像は終わった。

美波はリモコンを操作しスクリーンを巻き上げると、

美波:この映像は、昨日九郎ヶ岳遺跡内から押収したスマートフォンに記録されていたものよ

さくら:いったいなんなんですか、この怪物は?

美波:今のところ正体は不明。でもこの映像を見る限り、遺跡の奥から出現している。分厚い石の壁を吹き飛ばしてね。常識を疑われるようだけど、遺跡で眠っていたものが蘇ったとしか考えられない

◯◯:俺もそう思います

美波:我々警察は、調査隊を殺戮した怪物を未確認生命体第0号と呼ぶことにしたわ

さくら:夏目教授は、その第0号に…?

美波:残念ながら…

さくらは顔を俯けた。

◯◯:0号って昨日俺が倒したヤツですか?

美波:それとは別の個体だと考えられる。0号の行方は掴めていないの。警察では、君が倒した個体を未確認生命体第1号、君を第2号とナンバリングしているわ

◯◯:え。俺もですか!?

美波:便宜上そういうことになっている。それにまだ、君のことを上には報告していないから

◯◯:どうしてです?

美波:助けてもらったことは恩義に感じている。だからこれ以上君を巻き込みたくないの

◯◯:「これ以上」ってことは、あんな怪物がまだいるってことですよね?

美波は溜息をつき、

美波:その通りよ。遺跡から500メートルほど離れた場所に、地面から何かが這い出たと思われる痕跡が50ヶ所程発見されてるしこの数時間の間に怪物を見たという目撃情報も多数寄せられている

◯◯:少なくとも50体はいるってことですか…俺、戦いますよ

さくらが顔を上げて◯◯を見つめる。

美波:危険過ぎる

さくら:そうだよ五代くん

◯◯:昨日みたいに変身すれば…

美波:だめ

◯◯:どうしてですか?

美波:これは警察の仕事。君はあくまでも民間人よ

◯◯:銃が効かない相手ですよ?

美波:だからと言って君が危険を冒す謂われは無いわ

◯◯:でも…

言葉を続けようとした◯◯を遮るように、

美波:沢渡さくらさん。あなたには発掘品などから未確認生命体の正体を探る手助けをしてもらいたいのだけれど…

さくら:お手伝いさせていただきます。夏目教授の仇を取りたいですし

さくらは力強い眼差しで頷いた。

美波:ありがとう。助かるわ

◯◯:俺にも戦わせて下さい!

美波:それとこれとは話が違う。あなたの場合、命に係わる

◯◯:俺があのベルトを着けたのは運命だと思うんです。使命と言い換えてもいい。俺が戦わなくちゃだめなんです

美波:運命とか使命とか簡単に口にしているようだけど、それってパッと気軽に背負えるものではないはずだわ。我々警察官は日頃から鍛錬し使命感を磨いている。傷ついた人を守るために。弱き者を悪意から救うために。あなたに、見知らぬ人のために命をかける覚悟なんてあるの?

◯◯:それは…

◯◯が項垂れた時、視聴覚室のドアが開いて刑事が入って来た。

美波に何事か耳打ちする。

美波:なんですって!

美波は驚きの表情を浮かべたがすぐに平静を装い、

美波:急用が出来たので失礼します。誰かに送らせるわ

美波は言うなり、その刑事と出て行った。

◯◯は立ち上がってジャンパーを羽織った。

さくら:五代くんどこ行くの?

◯◯:きっと未確認生命体が出たんですよ。俺、行って来ます

さくら:関わるなって一条さんに言われたばっかじゃん!

◯◯:ベルト着けた時点で関わらないわけにはいかないんすよ

◯◯はサムズアップすると視聴覚室を飛び出した。

さくら:五代くん!

さくらは唇を噛み、

さくら:バカ…

 ※

 同日 午前11時40分
 坂道市秋元町2丁目

チンピラ3人を惨殺したメビオは、それを機に己のゲゲルを開始した。

坂道市の中心部にある大型ショッピングモール、サカミチモールに現れたメビオは、怪人態に変化して訪れていた客たちを片っ端から殺害した。

店内はたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、ほんの1時間足らずで老若男女問わず計69名の命が奪われた。

駆けつけた警官隊の銃撃を受け逃げ出したメビオは、パトカーも追いつけぬ俊足で逃走したが別方面から駆けつけ先回りしていた警官隊に囲まれた。

警官隊が一斉に発砲する。

だがメビオは弾幕をものともせず、

警官A:がっ…

爪の一閃で警官の胸部を抉り斬った。

警官B:くっそぉっ

他の警官たちがニューナンブ・サクラモデルで応戦する。

しかし弾丸は命中した尻からパラパラと地面に落ちていく。

警官B:そんな…がぁぁっ

メビオが警官隊に襲い掛かった。

成すすべなく殺戮されていく警官たち。

美波が駆けつけた時には殆ど殺されていた。

美波:くっ…

続々と応援のパトカーがやって来る。

美波はその中に知り合いの刑事を見つけた。

美波:杉田さん!

杉田:挨拶は後だ

杉田義道警部補は坂道県警刑事部捜査一課五係の刑事だ。

彼の同僚の桜井氷河巡査部長も一緒である。

杉田と桜井はサクラを構え射撃を開始した。

美波は三角巾を剥ぎ取り痛む腕でライフルを構えた。

狙いを定め引き金を引く。

メビオの右目にヒットした。

メビオは目を押さえ動きを止めた。

指の隙間から赤い血が流れる。

メビオ:レグ…レグゥ…ゴボセェッ!

激昂したメビオが美波たちに向かって来た。

美波たちが銃を構える。

メビオに横から体当たりした白い影。

変身した◯◯である。

不意打ちを受けたメビオは吹っ飛びパトカーに叩きつけられた。

窓ガラスが割れて砕け散る。

杉田:2号まで現れやがった

美波:(五代…)

美波は歯噛みした。

美波:(あれほど言ったのに…)

◯◯がメビオに殴り掛かった。

目の痛みに苦しみながら避けるメビオ。

◯◯の拳がフロントガラスを叩き割る。

◯◯:くそ!

メビオ:ギソギグガダギビギゾログバゾド、ゴゾババ…グッ

戦おうとしたメビオだが右目が痛むらしい。

メビオ:ヂブギョグ!

メビオは走り出した。

◯◯:待て!

◯◯も走るが、どんどん引き離されていく。

◯◯:なんて速さだ!

体力が急激に奪われていく。

◯◯:やっぱり…はぁはぁ…白じゃだめなんだ…

変身が解けた◯◯は路上にへたり込み、ぜぇぜぇと荒い呼吸をしながらメビオが逃走した道を睨み据えた。

もうメビオの姿は見えない。

 ※

 同日 午後0時2分
 坂道県警 13F 大会議室

坂道県警は九郎ヶ岳の事件を含め、混乱を恐れて公表を控えていたが、サカミチモールの事件を受けて記者会見を開き未確認生命体の存在を公表した。

会見に出席した県警本部長並びに警備部長の松倉警視正はマスコミからの激しい非難にさらされた。

県警内に「未確認生命体関連事件特別捜査本部」が設置され、本部長は松倉警備部長が務め、美波、杉田、氷河らを中心に警備部と刑事部から人員が集められた。

サカミチモールを襲撃した未確認生命体は第3号とナンバリングされ、市内全域に緊急配備を敷いて捜索に当たっているが依然として行方は掴めていない。

午後0時2分、第1回捜査会議。

第3号捜索の進捗の報告が終わり、

松倉:第2号と第3号が交戦していたというのは事実なのか?

美波:はい

杉田:我々も目撃しました

松倉:どう思った?

氷河:仲間割れじゃないでしょうか?

杉田:俺は…なんとも言えません

松倉:うむ。一条くん。君はどうだ?

美波:2号の行動は、仲間割れというよりむしろ私たちを助けてくれたように感じます

杉田:確かに。そうともとれるかもな

氷河:でもヤツも未確認生命体でしょ?我々の味方と考えるのは危険じゃないですかね?他の未確認同様いずれは駆除すべきです

美波:しかし…

杉田:どうして2号を庇おうとするんだ?何かあるのか一条?

美波:それは…

美波は押し黙った。

松倉:まぁまぁ。そう結論を急ぐ必要は無いだろう。2号の取り扱いは慎重に見極めるとして、喫緊の問題は第3号の捕捉だ。見つけ次第射殺して構わん

杉田:ですが本部長。ヤツにはサクラなんかじゃ歯が立たないですよ

松倉:現在未確認対策用にS&W・M629の支給する。この後各自受け取ってくれ。ライフル弾が有効と判明したから銃器対策課を通してU10も数丁用意する手筈だ

捜査本部内に「おぉ」とどよめきが広がる。

松倉:会議は以上とする。各自捜査に掛かってくれ

捜査会議は解散となった。

美波は会議の後、警備部長室に呼ばれた。

美波:なんでしょうか?

松倉:第2号は第1号とも闘争した挙句、殺害している。そのことについては一条くん、お前さんが報告してくれたわけだが、報告書の内容以外に何か隠していることがあるんじゃないか?

美波は一瞬言葉に詰まったが、

美波:いえ…

松倉:本当かね?

美波:…

松倉:私は別に君を責めるつもりはない。ただ、本当のことを話して欲しいだけなんだ

美波:部長。この件はしばらく私に預けてもらえないでしょうか?

松倉は美波に背を向け外の景色に目をやり、

松倉:その様子だと、理由は教えてくれないのだろうね

美波:申し訳ありません。責任は私が取ります

松倉は振り返り、

松倉:君は若いが優秀だ。そんな君が言うのだから、2号の件は任せよう

美波:ありがとうございます

松倉:何かあった時は私も責任を取るよ

松倉は微笑んだ。

 ※

 同日 午後4時16分
 坂道市 五代家

インターフォンが鳴ったので出ると、

天:さくらさん!待ってましたよ

さくら:遅くなってごめんね

マフラーを取りながら、

さくら:五代くんの様子はどう?

天:帰って来たと思ったら真っ直ぐベッドに入って、3時間くらい眠ったまま

天は◯◯の寝室に目をやり、

天:いったい兄貴に何があったんですか?未確認なんとかって怪物が出たってネットニュースで見ましたけどそれとなんか関係あるんですか?帰って来た時兄貴めっちゃ疲れてて怪我もしてたし…さくらさん教えて下さい!

さくら:分かったから、落ち着いて。ね?

天:あ。ごめんなさい…

◯◯を心配する気持ちが痛いほど伝わる。

黙っているわけにはいかないと思ったさくらは九郎ヶ岳での出来事を話した。

天:そんなことが…

さくら:かなり現実離れしてるけど事実なの

天:じゃあ今日も兄貴は怪物と戦って…

さくらは頷いた。

天:兄貴…

天が心配そうに呟いた時、

◯◯:ふわぁ~あ…

呑気な欠伸をしながら当の本人が出て来た。

天:兄貴!

天は◯◯に抱きついた。

◯◯:おぉっと。天どした?あ。さくらさん来てたんですね

さくら:お邪魔してます

天:さくらさんから聞いたよ!兄貴が怪物と戦ったって…

◯◯:そっか…

◯◯は天の頭を撫で、

◯◯:心配すんな。大丈夫だから

天:兄貴すぐそう言うから…

天はむくれた。

さくら:もう大丈夫なの?

◯◯:すこぶる快調です

天:あんなに疲れてそうだったのに…なんかおかしいよ

◯◯:元気なのはいいことだろ?

天:そりゃそうだけどさ…

◯◯はソファに座り、テレビをつけた。

サカミチモールの事件が報道されている。

事件直後の現場の様子(親を殺害され泣き叫ぶ子供や大怪我をして苦しむ人、突然の惨劇に言葉を失い怯える目撃者たちの表情)が映し出され、◯◯は顔を歪め拳を握り締めた。

◯◯:さくらさん

さくら:何?

◯◯:俺、父さんに言われたことがあるんです。誰かを笑顔に出来るような人間になれって…

天:あたしも覚えてる

◯◯:父さんは冒険家として世界中飛び回ってましたけど、そこに住む人たちとの交流を大切にしていました。俺は笑顔が好きなんだって、技を披露して喜ばせたりとかしてたそうです。俺はそんな父さんのことが好きだし尊敬してます。だから俺も、誰かを笑顔にしたいし、その笑顔を守りたい。笑顔を奪う未確認生命体が許せません

さくら:五代くん…

天:あたし応援するよ

◯◯:天…

天:兄貴が危ない目に遭うのは心配だけど、必ず帰って来るってあたし信じてるからさ。だから、頑張ってね

◯◯:ありがとう

さくら:でも…

◯◯:大丈夫ですよ。さくらさん

笑う◯◯の笑顔を見ていると不安が払拭されるような気がした。

さくら:分かった。あたし、遺跡や古代文字のこと調べて、全力でサポートする

◯◯:心強いです。ありがとうございます!

 ※

 同日 午後10時48分
 坂道市郊外 排水路

メビオ:ブゴ!

メビオは逃げ込んだ排水路の中で痛みにもがいていた。

メビオは意を決し指を痛む目に突っ込んだ。

呻き声が反響する。

ライフル弾を投げ捨てたメビオは力尽き、人間態に戻った。

右の眼窩は赤黒く潰れている。

血が涙のように一筋流れた。

メビオ:リントンゲンギレ。ボソギデジャス

メビオの怨嗟の叫びが水路にこだました。

 ※

 2020年2月1日 午前11時29分
 坂道医大付属病院 法医学教室

◯◯は検査結果を聞くために坂道医大付属病院へバイクを走らせた。

解剖控室に入ると美月と美波がすでにいた。

◯◯:おはようございます

美月:おはよ。さ、座って

◯◯は腰掛けると、美月が話し始める。

美月:早速本題に入るね。これまでのことは一条刑事から聞いてるわ。あなたが咄嗟に身に着けた装飾品によって体が変化したってこと。怪物と戦ってること

◯◯:そうですか…

美月:体調はどう?

◯◯:めちゃくちゃ元気です。人生でいちばんってぐらいに

美月:そう…これを見て

美月はパソコンを操作して◯◯のMRI画像を表示させた。

◯◯:俺のお腹、こんな風になってんすね…

◯◯は驚愕し、画像に見入る。

美月:このベルトから伸びた組織が、あなたの神経細胞に接続されている。あなたの意識と連動して、身体能力に作用する仕組みだと考えられるわ

◯◯:だから変身出来たわけか…

ひとりごちる◯◯。

美月:おそらくね。筋肉などにも作用して、身体機能のあらゆる面が強化されている。現代科学では説明のつかない未知の技術ね。オーパーツと言ってもいい。だから…

◯◯の両手をむんずと掴み、

美月:解剖させて!

◯◯:はいぃ!?

美月:一度でいいから!ね?ね?

◯◯:一度でも死んじゃいますって!

美波:コラ

美波が美月の頭を軽く小突く。

美月:ごめんごめん。つい…

美波は呆れた表情で、

美波:悪いな。こいつ解剖マニアなんだ

◯◯:じゃあ監察医って、天職ですね

美月:まぁね

美月は表情を引き締め、

美月:一昨日運び込まれた時はかなり疲労していたにも関わらずすぐに回復したのも、ベルトの影響なのかもしれないわね

第3号と戦った直後はかなり体力を消耗したが2時間ほどで回復してしまった。

◯◯:最高じゃないですか

美月:あなたそれ、本気で言ってる?

◯◯:え…?

美月の鋭い視線に◯◯はたじろいだ。

美月:あなたが戦った怪物…えーと、なんてったっけ?

美波に問い掛ける。

美波:未確認生命体

美月:それそれ。その未確認生命体と同様の存在になるかもしれないのよ

◯◯:どういうことですか?

美月:人の体を素手で引き裂ける力を持つような、まさに人知を超えた怪物を、あなたは殺してしまった。この意味が分かる?

◯◯:…

美月:変身した君は、未確認生命体と互角、あるいはそれ以上の能力を有していることになる。その回復力だって尋常じゃないわ。もしかしたら、ベルトから伸びる組織がやがてあなたの神経を犯し、あなた自身を人ならざるものへ近づけていって…

美波;いずれは戦うためだけの生物兵器へと変えてしまうかもしれない

◯◯は壁を背に立つ美波を振り返った。

◯◯:生物兵器、ですか…

俯く◯◯。

美波:なんでこんな迂闊な真似をしたの?

◯◯:あの時は、そうするしかないと思ったからです

毅然とした態度の○○。

美波:危険だとは思わなかったわけ?

◯◯:不思議と思わなかったんです。ベルトに触れた時ヴィジョンが見えて…

◯◯は古代の戦士について話した。

◯◯:その戦士は怪物になっていませんでした。己を失わず、最後まで戦い抜いていました。だから俺も古代の戦士のようになろうと努力すればきっと…

美波:そんな薄弱な根拠、認められるわけないでしょ!

◯◯:絶対大丈夫ですって

◯◯はニッコリ笑い、サムズアップした。

その笑顔を見ていると、本当にこの男なら大丈夫なのではないか、という考えが美波と美月の心の中に芽生えそうになった。

不思議な魅力を持つ笑顔である。

美月:怖くないの?

◯◯:そりゃあ怖くないと言えば嘘になります。でもそれ以上に、きっと大丈夫だって思っている方が良くないですか?

美月:むむぅ…

美月は腕組みをして、

美月:あるいはそうかもねぇ…

美波:美月!?

美波は美月を咎めるように見つめた。

美波としては、◯◯がこれ以上変身しないよう釘を刺して欲しいからだ。

美月:ごめんごめん。でも、ベルトが彼自身の神経に作用しているのなら、その逆もあり得るんじゃないかなって思っただけ

◯◯:どういうことですか?

美月:五代くんの考え方や想いに、ベルトが応えてくれるかもしれないってこと

美波:彼が願えば、全てベルトが叶えてくれるとでも?

美月:そこまではさすがに言えないけど、でも、あるいは…

◯◯:なるほど。じゃあやっぱり赤になれるかもしれません

美月:赤?

◯◯:はい。古代の戦士は赤や青、緑、紫と色を変えて戦ってました。中でも赤が基本スタイルっぽくて。でも俺が変身したのは白。白はヴィジョンには出てこなかったんです。俺、赤になんないといけないんですよ。椿先生の話聞いて、自信出て来ました

ニッコリ笑顔の◯◯。

美月:ふふ…君、面白いねぇ

美波:そんな呑気な…

◯◯:昨日一条さんが言ってたこと、考えてみたんです。確かに、俺、覚悟なんて持って無かったです。使命だとか運命だとかに、ただ浮かれてただけでした。でも未確認のヤツらの被害の惨状を見てめちゃくちゃ辛くなりました。未確認と戦える力があるのなら中途半端なことはしません。みんなの笑顔を守りたいんです。未確認に苦しめられる人を救いたい。誰かの助けになるのなら必死で頑張ります。だから見てて下さい。俺の、変身を…

美波:五代…

◯◯を、美波は圧倒される想いで見つめた。

◯◯の眼差しには強い意思が覗いていた。

美波:分かった…もう止めない。あたしも全力で君を守るわ。警察官として

◯◯:頼りにしてます

美月はふたりを見比べ、満足そうに頷いた。

デスクの電話が鳴り、美月が取る。

美月:椿です。はい。あんたに外線だって

美波に受話器を渡す。

美波:一条です。はい…分かりました。すぐ向かいます

◯◯:3号ですか?

美波:ええ。排水路にいたところを発見され現在康町方面へ逃走中

◯◯:近いですね。すぐ向かいましょう!

美波は頷いた。

 ※

 同日 午後0時33分
 坂道市康町1丁目 コンクリート会社跡地

メビオは包囲されていた。

と言うよりも、自ら包囲されたと言う方が正しいかもしれない。

彼女は憎悪に燃えていた。

自分を傷つけたリントの戦士とその仲間たちへの。

サクラを発砲しながらも腰の引けている警官を血祭に上げ、パトカー越しに射撃する2名の頭を掴んでフロントガラスに叩きつけて殺害し、

メビオ:ガンゴンバパ、ギバギボバ!

ヒステリックに叫びながら、弾切れを起こした警官の首を締め上げ、両目に爪を突き刺した。

警官C:あぐ…

ドサリと頽れる警官。

杉田:くそ!撃ちまくれ!

杉田の号令で刑事たちが一斉にS&W・M629で射撃した。

だがメビオの猛攻を止めるには至らない。

美波が覆面パトカーで現場に乱入した。

砂煙を上げながら時速80キロ以上の猛スピードでメビオに突進する。

運転する美波を見て、メビオは自分の右目を潰した憎き相手だと気づいた。

メビオ:ゴラゲェッ!

メビオは力任せに受け止めた。

パトカーが衝撃でつんのめる。

メビオが車体に登りフロントガラスを拳で叩き割った。

美波:ぐっ!

美波にガラスの破片が降り注ぐ。

メビオに車外へ引き摺り出された美波はそのまま地面に叩きつけられた。

美波:がはっ!

杉田:一条!

氷河:一条さん!

美波は痛む右手でS&W・M629を構え射撃した。

全弾命中するもメビオは怯むどころかさらに怒りを増大させ向かって来る。

メビオ:ゴラゲザベパ、ゼダダギビボソグ!

カチ…

弾切れ。

美波が死を覚悟したその時、遅れてやって来た◯◯がバイクで両者の間に割って入った。

杉田:誰だあの男は…?

美波:五代!

メビオ:ジャラグスバ!

ヘルメットを脱いだ◯◯は腹部に両手を当てた。

瞬時にベルトが顕現する。

◯◯はヴィジョンで見た戦士のように精神を集中しポーズを取ると、

◯◯:変身!

ベルトが鳴動し、体が装甲に包まれていく。

氷河:嘘だろ…

衆目の眼前で変身した◯◯の姿は、燃えるような真紅の姿であった。

◯◯:赤だ…やりましたよ一条さん!

喜びに振り向いた◯◯に美波は頷いた。

◯◯はメビオに立ち向かっていった。

◯◯:おぉりゃぁっ!

顎にパンチが命中する。

白の時とは格段にパワーが違う。

◯◯:いける!

メビオ:ビガラ、クウガザダダボバ!

第1号も口にしていた単語が聞こえた。

◯◯は直感する。

◯◯:そうか!クウガか!

己が変身した戦士の名前を悟った。

◯◯とメビオは取っ組み合いながら場所を移していき、廃墟となっている建物になだれ込んだ。

杉田:一条大丈夫か!?

杉田と氷河が駆け寄って来る。

美波:えぇ…

ふたりに助けられ立ち上がる。

杉田:誰なんだあの青年は?

氷河:新たな未確認生命体ですか?

美波:いえ。赤い2号です

氷河:なんですって!

氷河がU10を構えた。

氷河は狙撃の名手である。

杉田:待て

杉田が銃口を押し下げる。

氷河:何故です?

杉田:あいつは味方だ。そうなんだろ一条?

美波:はい

杉田:詳しい話、後で聞かせてもらうからな

美波は頷いた。

 ※

 同日 午後1時12分
 坂道市康町1丁目 コンクリート会社跡地

メビオの繰り出す鋭い爪の一撃を躱し、◯◯はすかさず懐に飛び込んでパンチを見舞う。

メビオは階段を駆け上がった。

◯◯が後を追う。

踊り場で向かい合い、互いに出方を窺う。

メビオが蹴りを繰り出した。

腹部に迫る脚を受け止め、振り払う。

宙返りしたメビオは豹のように俊敏な動きで◯◯に掴み掛かった。

両者は勢い良く階段を転げ落ちて行き、その勢いのまま壁をぶち破って再び外へ。

メビオが◯◯の首を締め上げる。

◯◯:く…は…

爪が食い込む。

杉田:赤いヤツを援護しろ!

杉田の号令でメビオの背中にマグナム弾やライフル弾が命中する。

怯んだメビオの腕を振り払い、連続してパンチを放ちメビオを後退させた。

機を逃さず距離を取った◯◯は右足に意識を集中させ、そのままダッシュした。

右足裏が溶岩のように燃え上がる。

ジャンプし一回転した◯◯は猛烈なキックをメビオにぶち当てた。

メビオは吹っ飛ばされ、地面に倒れ伏した。

苦しみながら立ち上がるも、腹部に浮かんだ足形からひび割れが放射状に広がり、ベルトに達した瞬間爆発し肉片が飛び散った。

◯◯は美波に向け、勝利のサムズアップ。

美波は微笑み、それに応えた。

 ※

 2020年2月3日 午後2時5分
 坂道国際空港

フランスからの旅客機が滑走路に降り立つ。

飛鳥・ソレルはサングラスを下げて窓外に目をやり、

飛鳥:久々の日本だなぁ…

感慨深げに呟いた。

入国審査を終え、タクシーを拾うと、

飛鳥:坂道大学まで

告げると背もたれにもたれ目をつぶった。

 ※

 同日 午後2時48分
 坂道大学 考古学研究室

講義を受けた後、◯◯は考古学研究室に立ち寄った。

さくらが遺跡で発見された石碑の一部が解読出来たと言うので、◯◯は興味津々に聞き入る。

さくら:碑文によると、五代くんが身に着けたベルトにはアマダムっていう霊石が埋め込まれていて、その能力を利用するとクウガに変身出来、赤、青、緑、紫の能力を使い分けて怪物と戦ってたみたい

◯◯:ふむふむ

さくら:で、ヤツらの名前は、グロンギ

◯◯:グロンギ?

さくら:好戦的な種族で、超古代の社会でゲゲルと称した殺人ゲームを行っていたの

◯◯:じゃあ蘇ったグロンギは現代でそのゲゲルを行おうとしているわけですね?

さくら:おそらくね

◯◯:ますます許せない…

◯◯が拳を握り締める。

軽やかなノックが響いた。

さくら:どーぞー

飛鳥:さくら。久しぶり

キャリーケースを引いた飛鳥が手を振る。

さくら:飛鳥さん!

さくらは立ち上がった。

さくら:どうしたんですか突然!?

飛鳥:ちょっとね。あなたは?

◯◯:五代◯◯です。さくらさんの後輩です

飛鳥:彼氏?

さくら:ち、違います!

さくらの顔が真っ赤になった。

飛鳥:かわいいヤツ~

さくらが淹れたお茶で一息つく。

飛鳥:なんの連絡もしないで突然来てごめん

さくら:いえ。今日フランスから?

飛鳥:そそ

さくらの先輩である飛鳥は大学を卒業後、22歳離れたフランス人考古学者のジャン・ソレルと結婚しフランスへ移住していた。

ジャンの遺跡発掘の仕事を手伝いながら、自身の研究も続けているらしい。

さくら:もしかしてお願いした古代文字のことでわざわざ?

飛鳥:まぁそれに関係あるんだけど…

飛鳥はキャリーケースを引き寄せて中身をごそごそやり、

飛鳥:これ、なんかの役に立つんじゃないかと思って持って来たんだ

A4半の分厚い封筒を差し出した。

さくらが紙の束を取り出す。

古い書類のコピーのようだ。

日本語だが、旧仮名遣いや漢字の旧字が用いられている。

さくら:これって…!

添付のモノクロ写真には九郎ヶ岳で発見されたものと同じ古代文字が写っていた。

◯◯:この書類いつのものなんですか?

飛鳥:1945年7月

さくら:その頃すでに遺跡が発見されていたってことですか!?

飛鳥:ね。驚きでしょ?旧陸軍の最高機密だったらしい。遺跡の存在は戦後も隠匿され、関係者はそのことを墓場まで持って行ったみたいね。だから今回見つかるまで誰にも知られていなかった

◯◯:旧陸軍の最高機密、ですか…

なんだか途方も無い話だと◯◯は思った。

飛鳥:ジャンの研究仲間のおじいさん-イタリア人なんだけど、その人が保管していた資料の中にあったの。最近亡くなって、遺品整理をしていたら出て来たんだ。あんたが古代文字の解読依頼をくれてなかったら気づいてなかったよ

さくら:何故旧陸軍は遺跡を最高機密に?

飛鳥:石森研究所って知ってる?

◯◯:確か太平洋戦争の時に坂道県にあった旧陸軍の研究所ですよね?

石森研究所は旧陸軍直轄の施設で、九郎ヶ岳の近くにあったはずだ。

飛鳥:そそ。SF的な新兵器や諜報活動用アイテムの開発、果ては偽札製造までやってたってヤツね。石森研究所を建てた際偶然遺跡を発見したらしいの。そこで発掘したものを使ってけっこうヤバい研究してたみたい

飛鳥は書類の束をめくり、あるページを差し出した。

石のようなものを撮影した写真が貼りつけてある。

さくら:これってアマダムかな?

◯◯:かもしれないです

さくら:いったいどんな研究を?

飛鳥:簡単に言うと…不死身の兵隊

さくら:不死身の、兵隊…?

飛鳥は黙って次のページをめくりモノクロ写真を見せた。

目を背けたくなるような光景が収められている。

それは明らかに人体実験の様子だった。

もがき苦しむ若い男の腹部が切り開かれ、アマダムが埋め込まれている。

さらに次のページ。

さくら:クウガ…?

◯◯:いや。違う…

◯◯は息を呑んだ。

ベッドに横たわるそれはクウガに似ているがその容貌を醜く崩したような、どちらかと言えば未確認生命体に近い姿をしていた。

 to be continued…

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