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湿岩性甲虫探し―クロサワツブミズムシとコマルシジミガムシ―

水生昆虫は、大きく分けて止水性(池など)と流水性(河川など)に分かれるが、流水性の一部に、「湿岩性」の昆虫がいる。湿岩とは、流水が薄く広がって流れ落ちる崖の表面のような環境である。このような特異なニッチを利用する水生昆虫が、カゲロウやカワゲラのような原始的な仲間のほか、トビケラや甲虫からも知られている。調査している人がまだ少ない分野であるため、私の探索記を紹介する。

神奈川県央を流れる相模川では、川の流れに沿って、河岸段丘の崖が長く続いている場所がある。以前、その崖の1地点で、クロサワツブミズムシSatonius kurosawaiコマルシジミガムシLaccobius masatakaiという湿岩性甲虫2種が生息しているという情報があった。水生甲虫屋として気にはなっていたが、既に知られている場所にわざわざ採集に行く(いわゆる「釣り堀採集」)のは野暮というものである。採るなら、新地開拓すべきであろう。

ある日、相模川の段丘崖下の河川敷で虫探しをしていたところ、崖の壁面から湧水が流下している場所を発見した(下写真)。

図1. 段丘崖の湿岩の例

湧水が崖の壁面を薄く広がって流下している。壁面を観察すると、微小なカゲロウやカワゲラの幼虫が多数へばり付いており、こんな場所でも立派な生態系ができあがっているのがわかった。が、残念ながら、上記湿岩性甲虫2種は、ここには生息していなかった。

水生甲虫は、いる場所にはたくさんいるが、いない場所には全くいないという極端な分布をしていることが多い。崖から湧水が湧いている場所はたくさんありそうなので、しらみ潰しに湿岩を見ていけば見つかるだろうと予想し、調査を開始した。

相模川のすぐ脇に、下写真のような地形が続いている場所がある。

図2. 相模川に沿って続く段丘崖

木立に覆われて分かりにくいが、ここには高さ40 mほどの急峻な崖が続いている。とりあえず、崖下に沿って藪漕ぎしたところ、予想通り、湧水が流れ落ちている場所を発見し、その壁面におびただしい個体数のクロサワツブミズムシが付いていた。すごい!

図3. クロサワツブミズムシが生息する崖の湧水
この手の写真はスケールが分かりにくいが、高さ2 mくらい。
図4. クロサワツブミズムシ成虫
図5. クロサワツブミズムシ雌雄ペア
分かりにくいが、交尾中。
図6. クロサワツブミズムシ幼虫

ここではクロサワツブミズムシが多数見つかったが、いる場所は濡れている壁面だったらどこでも良いというわけではなく、流下する水量が多すぎず、少なすぎず、適当な場所に限られるように見えた。また、すぐ隣にある同様に濡れた壁面では1匹もいなかったりする。水生甲虫の一筋縄に行かない生態が垣間見える。

コマルシジミガムシはどこにいるか?気を取り直して別の地点を見に行く。木立に覆われて壁面が見えないが、小さな滝が流れるような音が聞こえる場所があったため、藪漕ぎして(棘だらけのノイバラ群落のため、大型の枝切ばさみが必須!)崖の基部にとりついた。湧水流は確かにあったが、虫がいそうな濡れた壁面はるか頭上である。意を決して、崖に生えた樹木を手掛かりに、ほぼ垂直な壁面を20 mほど登ると、壁面におびただしい個体数のコマルシジミガムシがいた!苦労した甲斐があったものである。

図7. コマルシジミガムシ
図8. コマルシジミガムシ
カメラの照明を当てると、頭を壁面にうずめて隠れようとする。
図9. コマルシジミガムシが生息していた壁面
図10. コマルシジミガムシの発見場所から崖下を見る
分かりにくいが、幅30 cmほどの足場に立っている。高さ20 mほど。

その後さらに調査した結果、わざわざこんな危険な場所を探索せずとも、崖沿いの道路脇の湧水でも、2種が生息している場所が複数見つかった。例えばこんな所(下写真)。

図11. 道路脇の湿岩

また、上記のような天然の崖ではなく、コンクリート製の法面の湧水でも、コマルシジミガムシが多数生息している場所を発見した(下写真)。

図12. コマルシジミガムシが生息する法面
図13. 法面に生息するコマルシジミガムシ

この場所は、崖沿いの大きな車道を車で走っていたときにたまたま見つけたのである。ただ、交通量が非常に多い道路で、法面側は下り車線のためスピードを出している車が多く、ガードレールもないため、交通量が少ない夜中にわざわざ調べに行ったのだった。

一連の調査で、従来神奈川県で1地点しか知られていなかった2種の生息地を、合計9地点まで増やすことができた。

上記調査で分かったが、クロサワツブミズムシとコマルシジミガムシは、日当たりが良い湿岩環境を好むようである。2種が生息するのは、崖の壁面ではあっても、ある程度木立が開けて日照がある場所ばかりであった。が、日照がある湿岩ならば高率で生息しているとかというと、そうではないため、基本、しらみ潰しに見ていくしかない。

コマルシジミガムシは人工的な湿岩環境にも見事に適応しているようである。湿岩の匂いで嗅ぎつけて、飛んで分布を広げているのだろう。問題はクロサワツブミズムシの方である。自分が調査した限り、クロサワツブは天然の崖でしか見つからなかったし、採集した個体はすべて後翅が短かい短翅型であった。しかし、西日本の方では、今回のコマルシジミガムシ同様、人工的な湿岩環境でクロサワツブが多産しているのが発見されている。しかも、そのような環境で生息している個体では長翅型の方が多いらしい。明らかに、飛翔して自力で新地開拓しているのである。神奈川県では、この長翅型のクロサワツブミズムシの発見が重要課題である。人工的な場所でクロサワツブが見つかると、その分布拡大能力が確認できて、絶滅は当分ないだろうと安心できるのだが。山道を走っていると、道路脇の法面から水が湧いているような場所はよく見つかるため、見つけ次第、注視するようにしている。

※本稿の詳細については、以下を参照されたい:
齋藤孝明, 2020. 相模川段丘崖におけるクロサワツブミズムシとコマルシジミガムシの追加記録. 神奈川虫報, (202): 4-8.

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