はじめに

この本で私は自分を学びほぐそうと思います。もちろん、そのプロセスがあなたの役にも立つならば、とてもありがたいと思います。ただし、そのすべてがいまのあなたに必要かどうかはわかりません。なぜなら、私とあなたは、これまで歩んできた道のりや、見てきた風景、抱いてきた感情、大切にしている価値観など、似ている部分はあっても、微妙に異なっているからです。

それゆえ、学びほぐす際に、私が参照する内容をひとつ残らず自分に当てはめて考える必要はありません。そうしたくなったときに、そう思ったところだけ、あなたの仕事や生活に取り入れてみてください。それ以外は、ページの向こうで右往左往している私を想像しながら、サラッと読み飛ばしてください。

「学びほぐす」が意味するところ

冒頭に書いた「学びほぐす」は、英語の「unlearn」からきています。きちんと日本語に訳すと、
 
「それまで身につけてきた知識や価値観を手放し、頭の中を新しい学びが入ってきやすい状態にする」
 
といったかなり長い文章になります。これをもっと簡潔に表せないかと思っていたところ「学びほぐす」という素晴らしい訳に出会いました。

本書では、とくに「ほどく」と「やわらかく」の二つの意味を込めてこの言葉を使います。

ふだんの私は「自分らしさ」という軸を中心にした、目に見えない円の中で生きることを望んでいます。一般には、これを「アイデンティティー」と呼ぶこともあります。ただ、仕事でも生活でも、そのような私の守りたい範囲だけでうまくやれるとは限りません。
 
場面や役割によっては、周囲の期待に沿うよう振る舞いを改めたり、大切にしている価値観を意図して、もしくは気づかないうちにぼやかしたりすることがあります。

このとき、私は「目的や文脈や状況に合わせてばかりいると、この円から飛び出してしまうんじゃないか?」という不安を感じます。そこで、より安全に、より安心して動いたり決断したりできるように「自分らしさ」の軸と私の身体を「紐」のようなものでしっかりと結んでいるのです。

「学びほぐす」とは、この紐の結び目を「ほどく」ことを指しています。

なぜその紐をほどく必要があるのでしょうか。それは、その円の先に新しい自分や未知の出会い、そしてこれまでにはなかった選択肢が広がっているからです。そのため私は、円の外側が切り立った崖のように見えて尻込みしたくなっても、意を決して紐の結び目をほどこうとするのです。

ただ、かなりきつく締められているうえに、長い年月を経て石のように硬くなっていてなかなかうまくいきません。そのため「学びほぐす」には、このやっかいな固まりとなった結び目を揉んで温めて「やわらかく」する必要があります。ここに「学びほぐす」ことの二つ目の意味があります。

「どの私」を学びほぐすのか?

「自分らしさ」の軸を中心にしたアイデンティティーの円は、数多く重なっています。「仕事での私」や「家族との私」のほかに、たとえば「友人との私」「趣味での私」「地域での私」などがあります。

この数ある円のうち、本書では「学ぶときの私」を取り上げます。なぜならば、いま、この私が「うまくいかないな」「なんとかしたいな」ともがいているからです。つまり、これまでの紐の長さでは対応できない円の外で、新たなやり方に挑もうとしているのです。

ただ「それは私らしくないんじゃない? なんなら危ないかも……」という耳打ちが聞こえてきます。

もちろん、この紐がゴムのように伸びてくれるなら、簡単に円の外に行けるでしょう。しかし、そんなやり方をすれば、かならず反対に引き戻す力が働きます。もしかしたら「これ以上、紐を伸ばしたら、パチンと切れてしまうんじゃないか」と恐くもなるかもしれません。だから、ここは一度、すでにある結び目をほどいて円の外に出て、さまざまな経験を積んだうえで、新しい紐を作り直してみようと決めました。

「学ぶときの私」について

あなたは「学び方」という言葉から何をイメージするでしょうか。学校の勉強や受験の準備なら、読む、書く、実際に問題を解く、間違ったところを直してまたチャレンジする、三回はやり直す、応用問題にチャレンジするといった方法が浮かんできます。

大人になっても、仕事はもちろん、趣味でも、生活でも、学ぶ場面は数多くあります。仲間と始めたロードバイクの乗り方や、新しく買った洗濯機の使い方、子どもが通う小学校のPTAの進め方など、新たな知識を身につけるたびにできることは増えていきます。

これらの学ぶ機会で、私がどのようなやり方を採用しているかを振り返ってみます。いまなら、真っ先にYouTubeの動画を観るでしょう。あるいは、その分野に詳しい人の話を聞いたり、本を読んだりしました。また、数か月のプログラムを受講したこともあれば、誰にも習わず、実際にやってみながら上達したこともあります。さらに極めたいテーマを見つけたときは大学院にも入りました。

ただ、私は無数にある学び方をすべて試し、吟味を重ねたうえで、最適なものを選んでいるわけではありません。自分でも気づかないうちに、好きで得意なやり方を採用し、嫌いで苦手なやり方を避けています。もちろん、前者だけが私の役に立ち、後者が無用とは限りません。むしろ、手を出していない方法にこそ、必要な気づきが隠れているかもしれないのです。

つまり、こうした私の習慣や型が、学ぶときの「自分らしさ」の軸と私を結ぶ「紐」になっているということです。本書では、あまり意識もせず、つい見逃しがちな学び方についての「私なりの方法論」を、温めて柔らかくし、できれば気持ちよくほどいていこうと思います。

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