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少年漫画の主人公にはなれないししゃがれ声でロックも歌えない

そんなんわかっててもなりたいだろ。馬鹿がよ。

なりたいです。主人公に。
少女漫画の主人公ではなく。別に両親の再婚によってイケメン同級生と突然兄弟に!?みたいなハプニングに見舞われなくていいし、先生との禁断の恋も始まらなくていい。特に何も君に届かなくていいし彼女は嘘を愛しすぎなくていい。
そんなことより仲間の為に必死で修業した必殺技で敵を倒したい。安西先生、おれは魔法少女にもアイドルにも怪盗ジャンヌにもなれなくていいのでバスケがしたいです。この音が何度だっておれを甦らせるので…………。どの音?

セーラームーンもおジャ魔女どれみも大好きだったけれど、同じくらい、いや多分それ以上に戦隊ヒーローと仮面ライダーが好きだった。ライダーベルトも超合金のロボットも持っていた。従兄弟とヒーローごっこをするときは必ずレッド役だった。
そういう幼少期を過ごしたので、クラスの女の子がちゃお派かなかよし派かりぼん派に分かれるようになった頃、当然のように孤高のジャンプ派だった。もう何年もずっとDNAには友情と努力と勝利が刻まれている。
なりたいのはいつだって、少年漫画の主人公だった。


まあ、じゃあ忍者とか死神とか万事屋とかエクソシストになりたいのかと言われるとそんなわけない。ていうかなれない。ここは現代社会日本。令和3年。どれだけ修業を積んでも指パッチンで火は出ない。

どういうものに物語性を見出すかっていうのはその人が好きなカルチャーによって違ってくる、例えば野球が好きならイチローは間違いなく主人公だし彼の人生は物語だ。サッカーが好きならメッシはバリバリ主人公。お笑いが好きなら好きなコンビがM-1の優勝を目指している姿がそれに当てはまるんだと思う。別に酒が好きなら酒蔵の職人でもいいし、よく行くカレー屋の店長だって誰かにとっては憧れの主人公かもしれん。

で、わたしがなにを好きかというと、そんなん当たり前に音楽。
もっと言うとバンド。
もっともっと言うならロックバンド。

なりたい。主人公に。
でもなれない。
想像することすらままならない。
悲しいかな、わたしは女の子だった。



中学生の頃、自室に有線を引いていた。お店とかで音楽を流しているアレ。ラジオ版スカパーみたいなもんで、各チャンネルで24時間それぞれのテーマにあった曲が流れ続けている。ちなみに26年生きてきたけどまだ自分以外に個人宅に有線を引いていたことがある人に出会ったことがない。

近所の電気屋の開店記念のくじで当てたものだった。当てたっつっても有線の機械が当たっただけで、有線チャンネルで音楽を聴くための月額は親が払ってくれていた。くじが当たった瞬間死ぬほど喜んだわたしを見て後戻りできなかったんだと思う。結局1年くらいわたしの部屋には有線があった。

当時聴いていたのはポルノグラフィティとかAqua Timez、まあ今もそのへんは好きだけど。今の好みが形成される前で、結構ポップに音楽を聴いていた。未だに聴いていてかつ今の好みに近しいので言うとBUMPとか。でもそんなもんだった。

有線では週替わりでアーティスト特集を組んでくれるチャンネルがある。
そこで出会ったのがASIAN KUNG-FU GENERATIONだった。

有線のオマケで手に入れた、イヤホン端子に接続するとダイレクトで曲を録音できるウォークマンで、24時間止まることなく流れるアジカンの曲を録音し続けた。14歳の夏のことだった。
おかげで今もアジカンが大好きだけれど、そんな出会い方をしたので今も曲と曲名が一致しないし、どのアルバムにどの曲が入っているのかいまいち知らない。
でもずっと、あの日からずーっと、自分の中の「ロックバンドと言えば」のファイナルアンサーはアジカンだ。



あの日々が今の好みの入り口だった。
わたしが好きなのはバンド。
ここで言う「バンド」は恋愛至上主義の波にのまれて元カノへの未練をたらたら歌っているやつらでもなけでば、エモぶってセックスとかコンドームとかそういうワードを下品に歌ってるやつらでもないし、かといって晴れた日に校庭でPVを撮るようなやつらでもない。

歌詞が朴訥としていて、メロディーが良くて、ギターがうるさくて、ボーカルもうるさい。そういうバンド。
そういうバンドを好きになる入り口がアジカンだったのは本当に、自分の人生にそうそういくつもなかった大正解のひとつです。よくやった自分。ありがとう有線のお金を払ってくれていたお父さんお母さん。

最近なら、具体例を挙げるならPK shampooとかゆれるとか時速36㎞とか、あとはその後17歳の時に出会い今もぶっちぎりでレジェンドに降臨し続けているのがthe pillows。今挙げたバンドよりややテクニカルだけどハヌマーンとバズマザーズなんかも大好き。
ハイトーンボイスブームの流れを逆向きにクロールしていくような野太い声で、叫ぶように歌い、鳴きのギターをかき鳴らす、そういう姿にいつも憧れた。完全に主人公だった。指パッチンで火が出なくても、アンプから流れる音が暴力。十分攻撃力が高いし。

なりたかった。ああなりたい、といつも思った。
でもなれない。想像の中ですらなれない。
どう頑張ったって今世では叶わない夢だった。どんなにわざとぶっきらぼうな言葉で文章を紡ごうとわたしは体が小さく声が高い女だった。

カラオケで好きなバンドの曲を歌う度に悲しくなった。好きだからこそ、こんな声で歌いたくない。好きだから。ああ、原曲キーで歌いたい。歌いたいよ。こんな甲高い声でこんなに格好良い曲が歌われているのなんて聴きたくない。それが例え自分の声帯から発せられていても。
プラス5で流れるイントロを聴いて誰かに「別の曲みたい」と言われるのなんてずっと苦しい。



大学4年の6月、所属していた軽音系のサークルのライブで、トリから2番目を任された。女の子でバンドが好きなら誰もが一度はコピーしたことがあるであろう王道ガールズバンドのコピーをした。喉の調子は悪くなかったしそれなりに場も沸いた。

出番が終わった後、これからトリでボーカルを務める予定だった男の子が「めっちゃよかったよ!この場の盛り上がりがしらけないように頑張る」と言ってくれた。
そんで、ゴリゴリのギターロックをしゃがれ声で歌い上げて、全部かっさらっていった。
ああ、と思った。ああ。前座。噛ませ犬。そういう単語が頭の中をぐるぐるまわった。ああ。わたしはあれにはなれない。

その後その男の子をボーカルに迎えて、2回、ピロウズのコピーバンドをやった。
その為だけに今まで一度も触ったことの無かったベースを一生懸命練習した。まあなんとかギリギリ弾けてはいるくらいのレベルまで持っていった。死ぬほど楽しかった。なんせ一番好きなバンドだ、選曲もかなり自由にやった、有名どころじゃない曲もわがままを通してやらせてもらった。
わたしがベースを弾いている横で、理想の声で歌う男の子が、わたしが世界で一番好きなバンドの曲を歌っている。そう思うとたまらなかった。多分この世のどの快楽より気持ちいいと思った。


でもやっぱり本当は歌いたかった。
この声じゃなくて。もっと低くて、しゃがれた、男らしい声で。わたしが歌いたかった。叫びたかった。でもそんなことできるわけもなかった。


ボーカルはやっぱり歌声が最高に格好良かった。
ピロウズもバッチリはまっていた。それがまた悔しかった。
わたしはあなたみたいな声の男に生まれたかったんだよ。何度も思った。
大酒飲みで、酔って気が大きくなっては路上で喧嘩を売り散財し記憶を飛ばしてたまに泣いて、でもシラフだと穏やかな優しいやつで、飲んでばっかりで何年も留年して、ろくにギターの練習もせずスタジオ練習に現れて、ギターソロなんていつもぼろぼろで、でも歌う姿が格好良くてみんな全部許してしまう。
そういう人だった。
本当に、主人公みたいなやつだった。憧れていた。

これまた悔しいことに、彼はしばらくして金に困ってギターを売ってしまった。ギブソンの黄色いレスポール。彼が一番好きなバンドのボーカルが使っているギターと同じものだったのに。

こんなこと言っても仕方ないけど、ああ、わたしが君の声だったら歌いたかった曲がたくさんあるよ。ギター手放さないでよ。ずっと歌っていてくれ。そう思った。
一度あまりに彼の歌が恋しくてわたしのアコギを持って彼の家に行ったら、目の前でBLANKEY JET CITYのダンデライオンを歌ってくれた。そんで「ギターもうないし、これだけ持ってても意味ないから、よかったら使ってよ」とその場でカポタストをくれた。カポなんていいから、3日だけで良いから体交換してよ、そう思ったけど、でも嬉しかったから素直に貰った。今も使っている。それを使ってもわたしの声はわたしの声のままだけど。
君になりたかったよ、わたしは。



おれたちは少年漫画の主人公にはなれない。おれたちはっていうか、おれは。
未だに文章を書くときはわざと荒い口調で書いてしまうし、SNSでは時折「おれ」と言ってしまう。そんなことをしてもおれはあれにはなれんのだけど。悲しいことだ。
寝る前の妄想のオカズにもならない。自分が理想とする声で歌う架空の男の横でベースを弾いている妄想はしても、自分自身が切れた弦もお構いなしにギターソロを弾いている姿なんて思い描いたこともなかった。わたしがわたしの姿でわたしの声のままそれをしたとして、それはわたしが本当になりたい姿ではない。なりたいのはソラニンの芽衣子じゃなくてBECKのコユキだった。

あの時出会ったのがアジカンじゃなかったら。
なんでもいい、チャットモンチーでも、Hump backでも、toricoでも、なんでもいいよ、そういうのをヒーローだと思えていたら(それらも好きだけど)、今もギターの練習を続けていただろうか。
部屋でひとり、だれに聞かせるでもなく時々下手くそにコードを鳴らして歌う以外で、わたしの白いテレキャスターや赤いアコギが日の目を見ることがあっただろうか。

ああそれともわたしは、なにものにもなれない自分を、誰の物語でも主人公にしてもらえなかった自分を、「おれの思う主人公はアレだから、女のままではなれない、今世では厳しい」と言い訳して誤魔化してるだけかな。


やれるだけやってみろや、と頭の中で声がして、何度か好きな曲のギターソロを練習しようとして、「わたしが弾けるようになったとして、それでどうするんだ、あの声で歌えるわけではないのに」とすぐに練習をやめた。何度もそうしてきた。

少年漫画の主人公になりたかった。しょうもない。死ぬまで続くないものねだりだ。ああでも1日だけでも良い、格好良い声の男になって好きなだけ好きな曲を歌いたいよ。



それはそれとしてわたしはわたしの歌声が結構好きだった。
歌、そんなに上手いわけじゃないけど。でもなんか悪くない声だと思う。自分が過去にやったコピーバンドの動画やら弾き語りの動画やらをそれなりの頻度で見ちゃう。高音のしゃくりあげがいいねえなんて思う。

いつだったか、カポをくれた件の友人が、カラオケでわたしがガンガンにキーを上げて歌ったビレッジマンズストアを聴いて言った。

「四月が歌うとHump backっぽくなっていいね、おれ女の子だったら四月みたいな声が良かった」


死ぬまでこの声なのだ。諦めて愛していかなければいけない。理想の声で歌えなくても、恋焦がれた主人公にはなれなくても、この声しかわたしにはない。この声だから良い、と思ってくれる稀有な人が、それでも何人かはそばにいる。
いや全然納得はしてないですよ。前向きな感じで締めようとしてるけど。納得はいかないです。だからそんなんわかっててもなりてえだろって。馬鹿がよ。なんとか無理やり書き終えようとしてるんだろうが。


少年漫画の主人公にはなれないので、そうだな、だからせめて、モブで良いからそばにおいてよ。置いていかないで。
そんで時々わたしはわたしの下手くそなベースを思い出して、またいつかステージの上で弾けたらな、なんていう妄想に耽って、理想の声で歌う架空のボーカルに焦がれながら眠るのです。いいよ歌わせてもらえなくて。ステージでは君が歌っていてよ。主人公は譲るよ。ベース一生懸命弾くからさ、でもたまにカラオケで褒めてよ。
またね。おやすみ。



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