bullet 3

(作成途中のため、内容の変更や執筆の中断をする可能性があります)

 既に日の沈んだ真っ暗な港の倉庫群の中に青年が一人。
 喪服のような黒スーツに黒いハットを目深に被った男の姿は、少しでも気を抜けば周囲の闇と同化し、姿が捉えられなくなってしまいそうだった。
 コツコツと青年の革靴が地面をける音だけが周囲の巨大な倉庫に反射する。
 やがて、青年は大きな扉にNo.206と書かれた倉庫の前で立ち止まった。
 青年はその番号を確認するような動作は見せず、その何の変哲もない倉庫の扉に手を掛けた。
 ズズズ――
 低い音を立てて倉庫の巨大な扉が人一人が通れるだけの隙間を空けた。
 男は躊躇することなく扉の中に足を踏み入れた。
 「やっと来たようだな。『道具屋』」
 暗い倉庫の奥の方から低い声が響いた。
 「おや? 時間通りに来たハズだけれど」
 『道具屋』と呼ばれた黒ずくめの青年はおどける様にニヤリと口角を上げた。
 当然、倉庫全体を包む暗闇の中では未だ距離のある『道具屋』の口元など見えるはずもなかったが、その声音から感情を読み取ったのか舌打ちの音が倉庫に響いた。
 その音に『道具屋』は更に笑みを濃くして、声の元、倉庫の奥へと歩を進める。
 倉庫の壁面上部に空いた窓から月の光が差し込み倉庫にいる二人の人物を照らし出した。
 木製の小汚いテーブルを挟んで『道具屋』と対面したのは身長がゆうに190cmを超す大男であった。
 「久しぶりに日本の空気を吸いましたよ」
 男と対面するや否や『道具屋』はへらへらと笑いながら世間話を始めた。
 「…………」
 大男は微動だにせず『道具屋』を睨みつけるが、当然目の前の相手はその程度を気に留める様子すら見せない。
 「なんせ世界中から注文と道具の声が殺到してますからねぇ。これでも忙しい身なんですよ?」
 「……ブツは持ってきたんだろうな」
 世間話を無視するように大男は訊ねた。
 大男の言葉に道具屋は目を細めた後、やれやれと呟いてから手に下げていた銀に鈍く輝くアタッシュケースをテーブルの上に立てた。
 大男が無造作にアタッシュケースに手を伸ばそうとするが、『道具屋』が未だその取っ手から手を離していないことに気付いた。
 睨みつけるが『道具屋』は妖しげに口角を上げるだけ。
 「『願いを叶える』なんて能力は非常に強力な代物だ。並みの『道具』では得ることは不可能なほどに」
 アタッシュケースに手を置いたまま『道具屋』が語り出した。
 「僕が今回持ち込んだ『道具』がそれほどまでに強力な力を得たのは、多くの人々の欲望に触れてきたからです」
 「……」
 「『銃弾』の歴史はそれほど明確なものではない。どこで作られ、誰の手に渡り、どのようにして能力のきっかけを得たのか誰も知らないと言っても過言ではないが、半世紀以上も昔、いつの間にか、そしてどこからか『願いを叶える銃弾』の噂が広まり出した」
 『道具屋』の語りは止まらない。
 「時は世界中丸ごとが華々しい発展の裏で常に強大で悲惨な戦争の影におびえ続けていたいた時代だった。そんな時代にそんな『道具』の噂が広まればどれだけの血と欲望が渦巻いたのか想像すら憚られてしまう程だ」
 唐突に『道具屋』は大男に手を向けた。
 『道具屋』の手は3を表現していた。
 「噂された弾丸は3発あった。しかし1発目も2発目も不発だった。弾丸が願いを叶えることは無かった。しかし、果たして弾丸は願いを叶えなかったのかそれとも叶えられなかったのか」
 いつの間にか倉庫に差していた月の光が暗くなっていた。
 雲が出てきたのだろう。
 一層、暗さの増した倉庫の中で『道具屋』は続ける。
 「僕は、銃弾はきっと持つべき者の手に渡っていなかったのだと思う。道具は人選ぶ。だから、『道具』の声が聴こえる僕は『道具屋』なんて呼ばれている」
 『道具屋』はアタッシュケースから手を離し、木製のテーブルの上を滑らせ大男の方へと寄せた。
 下らない長話に付き合わされた大男が『道具屋』を三度睨みつけるが、妖しく微笑み返されるだけだった。
 これ以上の問答は時間無駄、そう判断した大男は諦めた様にアタッシュケースに手をかける。
 パチン、と軽快な音を立てて錠が外れ、アタッシュケースの蓋が開かれた。
 アタッシュケースの中には一丁の小柄な拳銃と、そして1発の銃弾が――。
 ――収められてはいなかった。
 瞬時に大男の手が動く。
 次の瞬間にはパァン!!と大きな発砲音が倉庫中に響き渡った。
 大男の手にはアタッシュケースの中身とは違う拳銃が握られていた。
 「『銃弾』はどうした……?」
 脅すような低い声で大男がそう訊ねた。
 「当然、『銃弾』の声が示した人物へ預けましたよ?」
 銃弾を受けたはずの『道具屋』は、しかし先ほど変わらぬ声で答えた。
 通常の銃撃ごときでは目の前の『道具屋』には意味がない、という事を大男は薄々知っていた。
 痛がる素振りも、驚いた素振りも見せず、血の一滴すら流さない様子に舌打ちを打った。
 「化け物め……!!」
 大男の悪態にも『道具屋』は口角を上げるだけ。
 「……何が目的だ」
 意味がないことがわかってもなお、銃口を向けたまま大男が再び訊ねた。
 もし、『道具屋』に何の思惑もないのであれば、今日この場に来なければ良かったはずだ。
 しかし、『道具屋』はわざわざ弾丸の無くなったアタッシュケースを携えてこの場に現れた。
 何かある。
 睨みつけると『道具屋』は楽しそうに笑った。
 「『願いを叶える銃弾』を使うには銃弾に選ばれる必要がある、っていう話をついさっきしたけれど、そこにもう一つ疑問があるんだ」
 『道具屋』は芝居がかった口調に芝居がかった動作で言葉を続ける。
 「既に使用された2発の銃弾がその能力を発動させなかったのは、使用した人間の願う力が薄弱だったからなんじゃないか?ってね。それじゃあ、もし、『銃弾』の持つ意思を押し曲げてしまう程に強烈な願いを持つ人間が『銃弾』を手にして使用すれば、その能力は発動されるのだろうか」
 「……」
 「気になるだろう? 気になるが、でも既に『銃弾』は世界に一つしかない。それなら、『銃弾が選んだ者』と『強烈な願いを抱く者』の両者に決めさせよう、そう思った」
 月を覆っていた雲が風邪に流れ、淡い光が再び倉庫に差し込み、舞台照明のように『道具屋』と大男を照らし出した。
 「改めて、ここで訊ねよう、青柳航也――」
 『道具屋』は言葉を止めて、大男――青柳航也を指さした。

 「――君の願いはなんだい?」

 


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