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(作成途中のため、内容の変更や執筆の中断をする可能性があります)

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 「――なんてことがあったんすよ」


 月曜日、夕暮れの部室で俺は昨日の一連の出来事を語っていた。
 部室にいるのは二名。
 俺と奥の机で自前のノートPCを操作している部長だけ。
 もっとも、だけという以前にそもそもこの部活に登録されている部員は二名のはずなので、これが通常である。
 春、俺が入学したばかりで右も左もわからなかった頃にひょんなことから部長ともう一人の女性と知り合い、なんやかんやで入部する羽目になったのだが、俺はこの部活がそもそも何部を名乗っているのかも知らないので、活動内容や目標も未だによくわかっていなかった。
 なので、放課後にこの部室を訪れても基本的には適当な時間まで暇つぶしをするだけである。
 正直なところ、友達がいないうえこれといった趣味があるわけではない俺には割とありがたい居場所であるのも事実だった。
 その上、この部室には様々な備品が常備されているので、暇つぶしにはもってこいだ。
 今日もいつも通り部室を訪れ、適当にスマホゲームをつっつき、飽きたところで適当な映画でも見ようかと部室内のプロジェクターに手を伸ばしたところで部長に話しかけられた。
 ――周、暇だからなんか適当な話をしろ。
 唯我独尊、傍若無人。
 我が部活の誇る部長――月瀬水仙(つきせすいせん)がそう言った。
学年主席にして特大の問題児。
 それが部長であり、彼女に意見できる人間を教員をはじめとした大人や生徒を含めて考えてみてもたったの一人しか知らない。
 当然、その一人が俺というわけもなく、俺は部長の言葉に従って昨日の奇妙な出来事の顛末を話し始めたのだった。


 話し終えて、数秒待ってみるが部長から反応はなく、PCのキータッチ音が時折部室に響くだけだった。
 「……え、部長?」
 沈黙に耐え兼ね思わずこちらから声を掛けると部長はPC画面からこちらに視線をチラリと移した。
 「あぁ、すまん。聞き流してた」
 「そっちが話せって言って来たんじゃないですか!?」
 「すまんな。どうでもよくて」
 文句を言ったところで、部長は既に視線をPCの方へ戻しており完全にこちらの話を封殺するつもりに見えた。
 なんだかなぁ、とは思いつつもそんな部長とのやり取りもいつもの事で、それはそれで昨日の出来事が嘘だったように思えて不思議と悪い気分ではなかった。
 ため息を飲み込んで、流し込むようにペットボトルのお茶を飲んだ。
 「――で、その件の『銃弾』らしきものはどうしたんだ?」
 一息ついたところで部長が再び口を開いた。
 どうやら話は聞いていてくれたらしい。
 機嫌を損ねると話を聞いてくれないので文句は言わない。
 「家にありますよ」
 「……お前、よくそんな危険なもん家においておけるな。銃刀法なり、火薬類取締法なりで捕まるぞ」
 「そんなこと言ったって!! 途中で捨てたらなんかありそうだし、持ち歩くわけにもいかないでしょう」
 実際、何度も迷ったのだが結局持ち帰ってしまった。
 怖かった、というのももちろん本当の事ではあったがもう一つ、口にはしなかったが持ち帰った理由があった。
 なんとなく、目の前の先輩であれば出来事の奇妙さも含めて何とかしてくれる気がしたからだ。
 なので、実は最初から部長に相談つもりであったのだが、それを素直に告げることはほんのちょっとだけ残っているプライドが許さなかった。
 とはいえ、そんなありきたりな感情を部長はとっくに見抜いているのだろうけれども。
 部長はPC画面に視線を向けたまま、何やら顎に指を当てた。
 「それにしてもこのクソ暑い中で黒ハットに黒スーツの優男、ねぇ……」
 「あぁ、『銃弾』渡してきた奴っすか? いかにも怪しいですよね」
 苦笑いを浮かべてしまう程だ。
 そんな奴に渡されたものを持ち帰ってしまったことも含めて。
 俺が笑っている間も部長は顎に指を当てたままだった。
 珍しく真剣に考えてくれているのかもしれない。
 邪魔しても悪いので、軽口を叩くこともなく大人しくお茶を飲んで部長の言葉を待った。
 「……周」
 「なんすか?」
 「私の知り合いに警察官がいるからその人に相談しておけ」
 「え?」
 「忙しい人だからすぐにとは言えないが、連絡しといてやるから」
 部長はそう告げるとPCの操作を始めた。
 「いやっ!? ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!! それこそ本物だったら、俺捕まっちゃうかもしれないじゃないですか!!」
 「安心しろ。その辺も含めて説明しといてやる。お前が捕まることは無いから黙って行け」
 言い切った部長の表情は出会ってからのここ数か月の間で見たことが無いような真剣さのある表情で、思わずいつも以上に気圧されてしまい頷くことしかできなかった。
 「それから」
 「ま、まだなんかあるんすか?」
 「その『銃弾』一回持ってこい。私に見せろ」
 こちらにも、黙って頷くことしかできなかった。
 部長はそれだけ言うと自分の作業に戻ったようだった。
 夕暮れの部室は再び部長の静かなキータッチ音が時折響くだけになった。
 俺もそれ以上は何も言わずお茶に口をつける。
 おそらく、部長にこれ以上何かを質問しても何も答えてはくれないだろう。
 部長はそういう人だ。
 今更映画を見る気にはならないし、大人しくゲームでもしていよう。
 スマートフォンを取り出して、ゲームアプリを起動させようとしたところで、再び手が止まる。
 トントン、と部室の扉を叩く音が聞こえたからだ。
 来訪者を告げる音な訳だが、部長は動くどころか返事すらしない。
 相手が生徒でも教師でも、たとえ仮に政治家や資本家であっても同じように無視するつもりなのだろうなと感じられる程、部長は何事もないかのようにPCから視線を動かさない。
 そして、それは同時に俺に出ろという圧力でもあるわけで、俺はゲームを起動させたばかりのスマホを机において立ち上がり、ドアを開けた。
 「何か御用ですか?」
 「こんにちは、周君。水仙ちゃんを迎えに来たのだけれど……」
 扉を開けてみれば、しなやかで鮮やかな長い黒髪の女性がにこやかに佇んでいた。
 「伊吹先輩!?」
 我が校の全生徒の羨望の眼差しを一身に受ける才色兼備の生徒会長――伊吹湊(いぶきみなと)先輩その人であった。
 聴くところによれば、絵にかいたような優等生である伊吹先輩と想像を絶する問題児である部長は幼い頃からの付き合いがある、いわゆる幼馴染みというやつだそうで、伊吹先輩はなにかと部長を気にかけている。
 事実、俺がこの部活に入るきっかけを作ったのも伊吹先輩であったりする。
 そんな関係性から頻繁にこの部室を訪れてくれるのだが、彼女の秀麗さにはなかなか慣れるものではなく、不意に対面すると思わず緊張してしまう
 「あ、えっと、部長なら中にいます」
 しどろもどろになりながら伊吹先輩を部室の中に招き入れる。
 「水仙ちゃん、迎えに来ましたよ」
 伊吹先輩が声を掛けると部長はPCから顔を上げた。
 「あ? 湊? なんかあったか?」
 部長が部室の入り口の上に掛けられた時計(部長から見やすい位置に掛けられている)に目を向けた。
 俺もつられるように時刻を確認する。
 伊吹先輩が部室を訪れるのは大抵が帰り際か生徒会が休みでかつ伊吹先輩個人の用事がないときに放課後の開始頃に来るか、のパターンが多い。
 現在の時刻はそのどちらとも言い難い時間帯で、つまりいつもとは違う時間であった。
 「もう。今日はその……、用事があるから早く迎えに来たんじゃないですか」
 伊吹先輩は一瞬、俺の方を見て言い淀んだ後、何かを濁して用件を伝えた。
 何か知られたくない用事なのだろう。
 伊吹先輩はしがない庶民の俺では想像も出来ないような由緒ある家柄のお嬢様なので世間に知られるべきではないことも多いはず。
 伊吹先輩は申し訳なさそうにしていたが気を遣うようなことでもない。
 「ん? あぁ、そういえばそうだったか」
 部長は伊吹先輩の用事を思い出したのか出さないのか曖昧な返事をしながらPCを閉じて帰る身支度を始めた。
 何かの非公式なパーティーとかなのだろうか、でもそれだと部長を誘う理由がよくわからないし、そもそも部長なら断りそうだな。
 それではなんの用事なのだろうか?
 なんてことを雑に考えてみたが俺にその答えがわかるはずもなく、考えている間に部長は帰り支度を終えていた。
 部長がカバンを片手に立ち上がる。
 「あ、待ってください。俺も今帰り支度します」
 いらないことを考えていたせいで自分の帰り支度を忘れていた。
 急いで机の上のスマートフォンとペットボトルを手に取りカバンに詰めようとする。
 「ああ別に焦んなくていいぞ、周」
 が、部長から制止が掛かった。
 何事か、と部長の方に目を向けた瞬間、何かがこちらに投げられた。
 「おわっ……!?」
 落としそうになるが、寸でのところで投げられたものを受け止める。
 程よい重量が掌に乗った感触。
 握った拳を開けば、中には赤いタグの点けられた銀色の物体。
 部室のカギが収まっていた。
 「私らは帰るがお前はゆっくりしていくといい。どうせ帰ってもやることないだろ」
 「なっ……!! …………まぁ、無いですけど」
 反論したいところだったが、残念ながら事実なので反論材料が何もない。
 俺の言葉をそもそも聞く気のない部長は部室から足を踏み出した。
 「帰るときにカギ閉めて帰れよ」
 すぐに部長の姿は部室の中からは見えなくなった。
 「面倒を掛けてしまうけれど、鍵を閉めたら職員室に返してくださいね」
 カギの後始末については伊吹先輩が丁寧に教えてくれた。
 「それじゃあ、さようなら周君」
 お上品に小さく手を振ってくれたので、手を振り返すと伊吹先輩はふわりと微笑んで部室の扉を閉めた。
 パタンと静かな音を立てて扉が閉められる。
 部室には片手を顔の横で上げたままの俺がポツリと残された。
 「……なにしよう」
 掌に乗せたカギを見つめながら小さく呟くが当然返事は無かった。

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