ディアスク2 3
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怜開高校は屋上の立ち入りを禁止している。
その代わりなのかそれなりの広さのある中庭を開放している。
校舎のガラス戸からガラス戸へ伸びる舗装された道と緑の芝生で覆われており、緩やかな低い丘や涼しげな木陰を作る木やベンチなどもある。
また、四方が校舎によって囲まれている訳ではなく二箇所は渡り廊下で区切られているため風がちょうどよく吹き込み、日の光も程よく入ってくるようになっている。
おかげで本来感じるであろう中庭独特の閉塞感は感じず、ある種公園のような雰囲気を感じられる。
そう言った理由で居心地のいい場所である為、昼休みの人気スポットとして春夏秋の間食堂組ではない弁当持参組や購買組の生徒で中庭のベンチは高い競争率を誇っている。
運が良かった。
4時間目授業が早めに終わったおかげで中庭のベンチはまだ誰も座っていなかった。
そのため、中庭で一番人気のある木陰にあるベンチに一門京太(ひとかど きょうた)と彼の親友である神北藍紀(かみきた あいき)は座る事が出来たのだ。
彼らがベンチに座った頃に中庭に多くの生徒で賑わい始めた。
「ふぁあ……」
欠伸しながら伸びをして、京太は自分の膝の上にある弁当を開けた。
中はご飯とその上に豚の生姜焼きと紅生姜の乗った非常にシンプルな弁当。
「うまそうだな」
隣から京太の弁当を覗いた藍紀が呟いた。
「昨日の晩飯の残りをご飯の上に乗っけただけだけどな」
京太は説明してから自分の弁当に、前回の負傷から完治した右手に持った箸を伸ばした。
一口を口にいれ、咀嚼し、飲み込む。
うーんと軽く唸ってから、
「甘く味付けし過ぎた。みりんの入れすぎなのか?」
呟き、京太は首を捻る。
「相変わらずだな、お前」
と、藍紀は苦笑交じりに呟き、自分の弁当をあけた。
今度は京太がその中身を覗き見た。
藍紀の弁当の中身は、唐揚げ、玉子焼き、ミニトマト、ブロッコリーなどが入っており、非常に彩り豊かで、しかもご飯もワカメご飯である。
「……相変わらずだなぁ」
あまりに綺麗に作られている弁当に思わず感嘆してしまう。
「それ昨日の残りなのか?」
京太が藍紀の弁当を差した。
「いや、昨日はカレーだったから一品もかすってないな」
なんでもない事のように藍紀は玉子焼きを口に運びながら答えた。
「って事は唐揚げとかも朝揚げてんのか……。いったいどんだけ気合い入れてんだよ」
言いながら、藍紀の弁当の制作者が「気合いを入れたんじゃなくて、愛を込めた」と答える姿が目に浮かび、京太は一人苦笑した。
「……しかし、平和だなぁ」
京太が体をそらして、空を見上げるようにして呟いた。
「そうだな。ここ2週間ぐらいは平和だ」
藍紀がから揚げを口に運びながら答える。
「猫さがし、体育館倉庫の掃除、一年生用の部活紹介の冊子作成の手伝い、朝のあいさつ運動、放課後の学校の見回り、あと学校周辺の見回りぐらいだったからなあ。この調子だと今日は体育館の掃除とかじゃないかぁ」
ははは、とだらけきった笑みを浮かべながらしゃべる京太の視界に一人の人物が入ってくる。
「バッカじゃないのアンタ。そんな風に油断してるから毎回ひどい怪我すんのよ」
「それは確かに」
急にあらわれた人物の吐いた辛辣な言葉に藍紀が賛同した。
「グゥ……っ」
京太は言い返せず、言葉を飲み込み姿勢を直して悪辣を吐いた人物の方へ向き直る。
誰かは見なくともわかる。
「なんだよ、光。急に出てきて……」
「別に? いつも大怪我してる誰かさんに対する警告だけど?」
大白光(おおしろ ひかり)はそのまま京太の方へ歩いてくると、チョイチョイと京太と藍紀にベンチを詰めるようジェスチャーをした。
藍紀はそのジェスチャーに従いすぐにベンチの端に詰めたが、京太は不服そうな顔のまま動かなかった。
「ちょっと、早く詰めてくれない?」
不機嫌な声音に若干ビビりながらも京太は目の前に立つ光を見上げた。
「……せ、説教聴きながら昼飯食う趣味はない」
「はぁ!? 私がいつ説教なんかしたっていうのよ?」
「いつ、っていうかいつもだろ」
「それは私のせいじゃなくて、あんたが情けないからでしょう!?」
「だとしても、お前にとやかく言われる筋合いはないだろ!?」
「うるさいわね!! 大体、あんたは――――!!」
「お前だって――――!!」
いつの間にか京太も立ち上がり、二人の言い合いはどんどんヒートアップしていった。
しばらくは無視して弁当を食べ進めていた藍紀だったが、やがてため息をついてから立ち上がり、いい加減二人を止めることにした。
「二人とも――」
「なんだよ!?」
「何よ!?」
二人の勢いに藍紀は迷惑そうに顔をしかめた。
「……周りの注目の的だ、落ち着け」
藍紀がすっかり中庭中の視線がこちらに向かって来ていることを告げると、視線に気づき急に恥ずかしくなったのか言い合っていた二人はお互いに苦笑いをしてあっさりとベンチに二人仲良く座った。
それを見て藍紀も再び箸を動かし始めた。
「……でもアンタ、本当に油断してるとまたひどい怪我するわよ」
周りからの注目が落ち着いた頃、光は自身の昼食である菓子パンの袋を開けながらもう一度釘を刺す。
実際、光は京太の事を心配しているのだろう。
だから、こうして口を出してくれるのだ。
「……気を付けるよ。祈先輩に毎回毎回何日もお世話になるのも悪いしな」
京太も今度は言い返すことはなく、困ったように笑いながら。
別に京太だって当然怪我したくてしているわけではないのだが、これだけ他人に心配されるとなんだか悪いことをした気分になってくる。
補佐部のメンバーの治療を担当してくれる天崎祈(あまさき いのり)も毎回大怪我をして帰ってくる京太の事を大げさなほど心配してくれる。
やはり、そういう人にあまり心配はかけたくないものだ。
なんとなく決まりが悪くなり、誤魔化すように昼食を再開。
会話を切り上げて昼食を再開した京太の横顔を光はしばらく見つめていたが、わかっていて会話を切り上げた京太にこれ以上言うのは余計なお世話だろう。
「……はぁ」
ため息を吐いてから自分も菓子パンを頬張り始めた。
しばらく、三人とも無言のまま食事を進めた。
春の温かい日差しと緩やかな風が生徒たちで賑やかな中庭にも届いており、その穏やかな気候のせいか校舎全体にのんびりした空気が漂っている気がした。
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