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(作成途中のため、内容の変更や執筆の中断をする可能性があります)

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 ザァー――という雑音が耳を突く。
 普段なら気にもしないような雑音もイラついた頭にはよく響く。
 先程傘を買うために立ち寄ったコンビニでついでに買ったミントガムを口に突っ込み、噛む。
 幾分か気紛れにでもなるだろう。
 目の前の信号が赤になった。
 立ち止まる。
 こんな雨の中でも多くの車と人が交差点を行き交う。
 その中の、出来るだけ多くの人間に目を向ける。
 『銃弾』を持った人間を探すため。
 だが当然一目見てわかる訳もなく、それが殆ど意味のない行為であることを理解している。
 「チッ」
 舌打ちして、口の中のガムを噛み締める。
 わざとらしいまでのミントの味が口内に広がる。
 信号が青に変わり、周囲の人間に紛れる様にして横断歩道を渡る。
 
 『道具屋』が『銃弾』を渡した相手を個人の力だけで探すことには確かに限界があった。
 ならばその筋のプロに頼るというのが定石で、幸いなことに伝手はいくつかある。
 俺はその中の一人、それほど上等ではない情報屋との邂逅場所へと向かっていた。
 上等ではない、という人物を選んだのには当然理由がある。
 優秀な情報屋はその優秀さから多くの顧客を持つ。
 俺の動きを知られたくない人間、ないしは組織も活用している可能性が高く、そうなれば当然顧客の情報を最大限秘匿させることも『情報屋としての優秀さ』に含まれているが、足が着く可能性というものは否が応でも高くなる。
 情報屋なんてものは掃いて捨てるほどにいる。
 情報屋の中で上澄みではない、上等ではない情報屋ともなればその一人一人の顧客を調べるのは決して容易くはない、というわけだ。
 
 高層ビルが立ち並び区画整備のされたオフィス街を抜けるとその先は店舗や家屋がひしめき合い入り組んだ地形を作り出している歓楽街になっている。
 いくつも角を曲がり、人気のない路地裏を通り、目的地を目指す。
 雨粒が周囲の屋根や壁に当たり先程までよりも大きな雑音を奏でる。
 目的地に近づいてきたおかげか、はたまた口内で清涼感を与えているミントガムのおかげか幾分イラつきは抑えられていたが、やはり不快な音ではあった。
 手にしている傘が時々壁を擦るが安物のビニール傘なので気にも留めない。
 深く入り組んだ路地の奥、人気のない廃倉庫の一つが指定した場所だった。
 最後の路地を曲がり、その半分閉まったボロボロのシャッターの前に辿り着いた。
 ここまでくれば濡れることを気にする必要もない。
 俺は差していた傘を閉じ、左手に持ち換えて、一度周囲を確認する。
 雨音のせいでわかりにくいが追手のようなものは未だ差し向けられていないようだった。
 確認を済ませ、身を屈めシャッターに触れることなくくぐる様にして廃倉庫の中へと足を踏み入れた。
 廃倉庫の中は決して広くない。
 足を踏み入れた俺の視界にすぐに人物が映った。
 二人。
 血を流して地面に倒れている小太りの青年。
 そのそばに立っているパーカー姿の男。
 俺の侵入に気付いたのか、パーカー姿の男がこちらに振り返った。
 薄く笑みを浮かべた、妙に顔の整った男だった。
 すぐにその顔に見覚えがあることに気付いた。
 以前に会社で出回っていた情報だ。
 解像度の粗い映像で、細かい特徴までは確認できなかったが目の前の男がそうだ、となぜか確信が出来た。
 あれは、そう――
 「『道具殺し』……!!」
 相手の正体に気付き、即座に口の中のガムをコンクリートの床に吐き捨て、右手でジャケットの内側から拳銃を取り出し目の前の男に銃口を合わせる。
 『特殊な力を持つ道具』の存在を強く否定していて、それを扱う人間を消して回っているヤバいやつがいる。
 そいつに付いたあだ名が『道具殺し』。
 ここ数か月のうちに社内の人間も数人やられていて、社として『道具殺し』を商売敵として追っていたが未だその正体を掴んではいなかった。
 そんな男がおそらく取引相手だった情報屋を地面に転がし、目の前に立っている。
 敵対する理由はあれど味方になる理由は無い。
 口を突いて出た名前に男はほんの少しだけ笑みを強くした。
 銃口を向けられてなお、笑みを浮かべる姿が昨日の『道具屋』を想起させ、苛立つ。
 「『道具殺し』ね。あまり好きじゃないな、その名前は」
 『道具殺し』が口を開いた。
 「まるで『道具屋』の存在や道具の存在がありきでつけられた名前じゃないか」
 『道具殺し』はわざとらしく両手を広げる。
 「間違っているのは人を狂気たらしめる道具やそれを人に与える『道具屋』、道具を求める人間どもの方なのに」
 顔が歪んで見えるほどに強く笑みを浮かべた。
 「俺の名前は副島光貴。俺は間違っていない。いつだって俺は正しい方にある」
 仕事の上で何人も狂った人間の顔を見てきたが、副島光貴と名乗った男の顔は正しくそれだった。
 こんな狂人の相手は一秒でも早く済ませてしまいたいところではあるが、副島は実際に複数人の命を奪って来た実力がある。
 容易に動くことはできなかった。
 副島がユラリと身体を揺らした。
 「……青柳航也」
 俺の名前が副島の口から放たれた。
 すぐそこで転がっている情報屋が吐いたのかもしれない。
 これだから安い情報屋は信用が置けない。
 イラつく俺を気にすることなく副島は言葉を続ける。
 「『道具屋』の居場所を言え」
 副島の深く澄んでいるようにも、澱み切ったようにも見える双眸が俺を明確に捕らえる。
 副島の右手を見れば血の付いたメリケンサックが握りこまれている。
 「それを言えば助けてやる、なんていうつもりか?」
 『道具屋』のクソ野郎を擁護する理由など欠片も無いが、相手の言葉通りに情報を喋るのも気に入らない。
 挑発するようにそう言ってやったが、副島は不思議そうに首を傾げた。
 「お前を助ける事など誰にもできはしない。お前は道具を求めた罪人だ。俺がしてやれるのは、お前のせめてもの贖罪の気持ちを受け取ってやる事だけだ」
 どうやら狂ってしまっている人間に日本語は通じないようだ。
 相手の言葉もこちらにとっては意味不明だったが、明確にこちらを害する意思だけは理解した。
 これ以上の言葉は意味がない。
 俺は『銃弾』を探さなければならないのだ。
副島の相手をしている暇などない。
 右手で構えた拳銃の引き金を容赦なく引く――。
 その一瞬前に、副島が先に動いた。
 引き金を引くよりも速く、一瞬のうちに数メートルあった間合いが詰められ、目の前にメリケンサックを装備した副島の右腕が迫る。
 「ッ!!」
 咄嗟に地面に転がるようにして攻撃を避ける。
 俺を外した副島の拳であったがゴウッという風切り音が聞こえてくるほどだった。
 すぐに体勢を立て直す、が俺の動きよりも副島は速い。
 既に二撃目が迫る。
 今度は、左手に持っていた傘を副島の腕に対して下からかち上げるような角度で叩きつける。
 傘は簡単に折れ曲がり使い物にならなくなったが、副島の拳は俺の頬を薄く切るのみで直撃を躱した。
 安心している暇は無い。
 バランスを保てなくなった副島の体が俺の方へ倒れ込んでくる。
 もつれる様に俺と副島は地面を転がる。
 とんでもない威力の拳を振るう副島にマウントを取られれば簡単に殺されかねない。
 右手の拳銃も、左手の折れ曲がった傘も投げ捨てマウントを取りに行く、が当然副島も本気で俺を抑え込みに来る。
 どちらが天でどちらが地なのかわからなくなるほど転がりながら攻防が続く。
 しかし、単純な膂力は素手で殺人を行える副島に分があるようで、掴まれた腕や肩がミシミシと嫌な音を立てる。
 やがてマウントに持ち込まれる。
 素早くそれを理解した俺は、副島にマウントを取られる直前、その一瞬の隙を突き副島の腹に強烈な打撃を叩き込んだ。
 「グゥッ!!」
 短く苦悶の声を上げた副島の力が一瞬緩む。
 その隙を逃さず、副島の下から飛び出すように離れる。
 副島が復帰するよりも早く、立ち上がり周囲を見回す。
 幸い、黒く光る銃身は副島の反対側、俺の近くに転がっていた。
 一直線にそちらに向かって走る。
 後ろで副島が立ち上がる音がした。

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