学食へ行こう 1

 「周くん、私とも学食へ行きましょう!」
 バン、と机に手を付く音が部室に響き、校内一、いや俺が今まで会った人の中でいた一番の美人の顔が近づいた。
 あぁ、今日も伊吹先輩は美人だなぁ、なんて呑気に思えたのも一瞬で、すぐに正気に戻り、思わず仰け反った。
 伊吹先輩はちょっと美少女過ぎるので圧も強いし、緊張してしまう。
 「ど、どうしたんですか、急に」
 当然の疑問を口にすると、伊吹先輩は机から手を離して姿勢を正して腕を組んだ。
 「白澤君から話を聞きました。私と水仙ちゃんが居なかった先週、白澤君と二人で学食でお昼を食べたそうですね」
 つい先日、目の前の伊吹先輩、奥の机で我関せずといった様子で欠伸を浮かべながら窓の外を眺めている部長が用事で居なかった時の話だ。
 俺は遅刻やら何やらで仕方なく学食を使った。
 人混みが至極苦手なので本当に仕方なくだったのだが、部長と伊吹先輩の友達でボードゲーム部部長である白澤優人先輩がたまたま同席してくれたおかげで幾分楽しい思い出になった。
 まぁ、そうは言っても普段の昼食は母が持たせてくれる弁当持参なので、もう学食に行くことは無いだろう、と思っていたのだが、急に伊吹先輩が提案してきたのだった。

 「え、と。確かに白澤先輩と学食で相席にはなりましたけど……。え、何かまずかったですか?」
 不安になり、思わず部長の方を見る。
 しかし、部長はこちらを見ることもなく相変わらず視線は窓の外に向いていた。
 視線を伊吹先輩の方へ戻す。
 目が合うと伊吹先輩は優しく微笑んで首を傾けた。
 特に怒ったりしている訳ではなさそうだ。
 ほっと静かに息を吐いた。
 「いえ、何かが悪いわけでは無いですよ。ただ、その……、私も行きたかったなと思って」
 「?」
 どういうことだ?
 と、疑問を口にする前に部長が口を開いた。
 「湊お嬢様は庶民の食事が気になるらしいぞ、周」
 「な、そういう訳では無いです! 変なこと言わないで下さい、水仙ちゃん」
 「いえ、あの、特に特筆することは無かったですよ、ウチの学食」
 「いえ、だから違います! 周くんが勘違いしちゃったじゃないですか!」
 「知らん」
 「もお!」
 怒る伊吹先輩に取り合わない部長。
 この二人は相変わらず仲が良い。
 ぷんぷんと怒る伊吹先輩も可愛いな、なんて思いながら二人の様子を見ていると、伊吹先輩の視線がこちらに戻ってきた。
 咳払いを一つして、人差し指をピンと立てた。
 「……いいですか、周くん。私のこの学校での役職がわかりますか?」
 「え? ああ、生徒会長ですか?」
 あまりにも今更な質問だったので一瞬考えてしまったが、間違いでは無かったようで伊吹先輩が微笑んでくれた。
 「そう、その通りです。私はこの学校の生徒会長を務めています」
 全校集会やら学校行事やらの度に全校生徒と教員の前で登壇し、演説やらなにやらをする伊吹先輩の姿をずっと見てきた。
 その度に、凛とした佇まいでありながら、柔らかく優雅な所作と、言葉の端々から滲む説得力を感じて目の前の先輩の凄さを感じている。
 リーダーとしての器。
 それが伊吹 湊という女性には充分過ぎるほどに備わっているのだと、俺ですら思う。
 「だから、学食に行く必要があるのです」


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