ライフインホワイト 1
「んぁ……」
頭の近くに置いてあったスマホがピリリリ……とアラームを鳴らしていることに気付き半ば強制的に覚醒することになった。
なんとも清々しい朝である。
カーテンを開けてみれば、心地の良い晴天と冬場特有の冷気がさらに心身の覚醒を促した。
「あー……」
おはよう、という相手もおらず言葉にならない声を発した。
一人暮らしなのだから当たり前である。
だんだんと明確に覚醒しだした頭にはスマホのアラームだけが鳴り響き続けており、ここにきてようやくアラームを止めればいい、という事実を認識し始め、大人しく枕元で充電していたスマホを手に取り、アラームを消す。
大した手順も無く、スマホはあっさりとアラームを止めた。
スマホには数件のメッセージ表示、そしてでかでかと12:48というデジタル表示がハッキリ掲示されていた。
訂正。
なんとも清々しい、とある冬の昼の事であった。
1/
なんとか大学に着いたのは13:30を過ぎた頃だった。
本来出るハズだった午前の講義はもう終わっており、仕方なしに昼食をとるため食堂に顔を出したのだが、丁度昼時のせいか食堂は座ることが難しいほどに込み合っていた。
キョロキョロと空いた席を探していると「おーい」と声が掛かった。
そちらの方を向くといつものグループがいてくれた。
「お疲れぇ、今日は自主休講かと思ってた」
「いやぁ、爆睡こいてて。起きたのさっきだよ」
大げさに頭を掻く仕草をすると、グループの五人は笑ってくれた。
一人に席を詰めてもらってテーブルに付かせてもらう。
「なんだよ、宇野、そのまま休んじまえばよかったのに」
「そうそう、俺だったらもうそのまま布団から出ねーよ」
「お前は休みすぎなんだよ。今期何回サボった?」
「え?あと一回サボったら単位落とすらしいぞ。今期の単位三つ落としたら留年だからヤバい」
「そんな状況で笑ってんじゃねーよ」
五人は楽しそうに騒いでいた。
ハハハ、と五人のやり取りに笑っておく。
正直に言ってしまうと、俺と彼らは別に仲が良いわけではない。
同じ学部で同じ講義を受けることが多く、またよく近くの席に座っている事も多かったので自然とこうして付き合いを続けているだけでしかない。
だがしかし、こういう付き合いも必要なのである。
実際、こうして座れないほど混雑している食堂でも席を開けてくれるのだから、その恩恵は計り知れない。
五人に感謝しながら、できるだけ空気を壊さないように静かに席を立ち、食べ物を注文しに行くことにした。
「そういえば、クリスマスだな。もうすぐ」
注文したうどんを食べていると、一人が呟いた。
そう、もうすぐクリスマスが近い。
「俺24も25もバイトだよー!!」
「ドンマイ。俺は彼女と過ごすから」
「クッソ、爆発しろ」
五人がワイワイと盛り上がる。
こういう空気に乗り切れずいつも笑い流してしまう。
「宇野は彼女いたっけ?」
「……え?」
突然話題を振られびっくりしてしまった。彼らが俺の方に話題を流すのは非常に珍しいからだ。
「いや、彼女いるのか?」
「あー……」
あまり考えないようにしている話題だ。
実際はいないのだが、正直なところ回答に詰まってしまう。
「おお、なんだぁ。その微妙な反応。宇野、彼女いんのか」
「マジかよ、お前もそっち側かよ。クソ、爆発しろ」
「さっきから同じことしか言わねぇな、お気に入りかよ」
五人が笑い声をあげる。
すかさず遅れないように笑っておいた。
話題は無事、次へと流れてくれたようだった。
昔は周りに人がいっぱいだった。
仲間内でも目立つタイプだったんだと思うし、何をしていても人が自然と集まってくれる、そういうタイプの人間だった。
好きだった女の子には『主人公体質』なんて呼ばれていた。
それらは冗談や嘘ではなかった。俺は『主人公体質』の人間だった。
状況が一変してしまったのは高校三年に上がる直前の事だった。
とある事情で俺は『能力』と『主人公体質』、そして『宇野耕輔という自分自身』を失ってしまった。
それから、俺の周りからゆっくりと人が少なくなっていった。
少しだけ後悔が残った。
盛り上がる五人の空気に居心地の悪さを感じ始めて、なんとなく視線を逸らした。
逸らした視線の先に一人の男子学生の背中が映った。
ギターケースを脇に置いて、のんびりマイペースに食事しながら何かの作業をしているようだった。
周りの雑音が聴こえていないかのように一人で作業と食事を同時に行っている彼の周りはのんびりとした空気が流れているように見えた。
こちらの視線に気付いたのか、ふいに作業をしていた手を止めて彼が振り返った。
数秒間、よく見知った幼馴染と視線が交わった。
お互い特にアイコンタクトを取るわけでもなくただただ視線が合った状態が数秒間続いたが、なんとなく耐え切れなくなり俺の方から視線を逸らしてしまった。
「お?どうした宇野」
自分ではそれほど大きな動きだったつもりはなかったが他人から見ればそうではなかったらしい。
俺の意識がグループに向いていなかったことに気付かれたようだった。
「あ、いや……、天気良いなぁと思って」
適当な言葉で取り繕う。
誰を見ていたか、という話にはしたくなかった。
「なんだよ、それ」
「おいおい、あんまりぼーっとすんなよ」
「宇野がぼーっとしても仕方ないくらいどうでもいい話してたお前が悪いんじゃねぇのか?」
「えぇ!悪いの俺かよ!」
五人は再び楽し気に話し始めた。
特に咎められることもないのは彼らも俺に興味がないからなのか、それとも善人だからなのか。
後者であったらいいなと、そう思う。
今度こそ彼らには悟られないように、もう一度幼馴染の方を見た。
見えたのは彼の背中で、先程と同じように食事と作業をマイペースに行っているようだった。
しかし、すぐにそこに割り込む者が現れた。
楽器ケースを下げた男子学生。
彼は何やら親し気に話しかけ、幼馴染にスペースを少し開けさせて横に座った。
俺が言うことではないが幼馴染が誰かと親しくしているところを見るのは珍しかった。
いや、サークルやバンド活動がうまくいっているということは本人からも聞いているので不思議な事ではないのだろうが、俺がこういった光景を見た回数はそう多くなかった。
……上手くやってるんだな。
どうにも周囲に馴染み切れない自分と比較して、少しだけ寂寥感を覚えた。
2/
午後に取っている講義は二コマほどだったが、それらが終わったころには既に空は斜陽に照らされ始めている。
冬の日は短いものだ。
講義終わりの騒がしい教室の中で独りポツリと空を見て、そんな感想を抱いた。
午後の講義はどちらも食堂に居たグループの連中とは被っていないので、他に知り合いの居ない俺は一人だった。
ぼーっとしていてもしょうがない。
立ち上がり、教室を後にした。
廊下は寒いが人はそれなりにたむろしている。
講義と講義の合間に雑談している者が多い。
彼らを避けながら歩を進める。
今日はバイトが休みなのでこの後に何も用事がなかった。
家に帰ってさっさと寝てもいいのだが、今日はぐっすりと昼まで寝ていたことを考えるとどうにも一日が惜しい気分になる。
市街へ繰り出そうにも、友達も居ない趣味もそれほどない俺が独りでうろついても文字通り時間を潰すだけだった。
そうとなれば足は自然ととある場所へと向かっていた。
講義を受けていた三号棟を後に、外へ出るとさらに一段と寒さが増す。
雪でも降り出しそうな冷たい風にさらされ、身を縮めながら一号棟への短い道を歩き切る。
一号棟へ入り、そのまま奥へと進んでいく。
目的地は一号棟の奥、多くのサークルの部室があるサークル棟だ。
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