遺跡巡り

 人間界第一大陸南東の山間にあるフォシュテの街から出て大体二十分ほど街道を往けば、街道は森の中を進んでいく。
 森を切り開くように作られたその街道が街と街を結ぶための主要な道であることがその綺麗に整えられている地面から読み取れた。
 今日の目的地はもう少し、あともう二十分程歩いた先にある。
 小鳥の囀る穏やかな午前の森の中をのんびりと歩き続ける。
 
 「そういえばアレンの奴はなんで来なかったんだ?」
 隣を歩く茶髪の女性――レイア・ウルトゥスは思い出したようにそう訊ねてきた。
 「『仕事じゃないし自由行動でいいだろ?』って言って買い物に行ったよ。意気揚々と」
 パーティメンバーであるアレン・リードとの今朝の会話を思い浮かべる。
 随分と楽しそうにしていた。
 たぶんフォシュテの街に着いた昨日の時点で珍しい食材でも市場で見かけていたのだろう。
 「相変わらずだな」
 「まぁ、そうだねぇ」
 レイアは呆れたように息を吐いていたが、僕からすればアレンもレイアもそう変わらないので曖昧に返事だけ返しておいた。
 「そもそも私にとっては今日も仕事なわけだが?」
 レイアは不服だったのかムッとした声でそう言った。
 僕らがフォシュテの街に訪れることになったのは普段のギルドの依頼とは違う仕事の依頼がレイアに届いたからだった。
 その仕事の依頼書を受け取ったレイアは意気揚々と次の目的地をフォシュテの街に決めたのだった。
 つまるところ、レイアにとってそれは確かに仕事の依頼であったが、半分くらいは趣味の領域でもあった。
 「でも、それはレイア・ウルトゥスの仕事であって『爆発の勇者パーティ』の仕事じゃないじゃない」
 「……それは確かにそうだが」
 「それに僕がこうして付き合ってるんだから別にいいじゃない」
 微妙な表情を浮かべるレイアに笑いかける。
「たまには二人でデートしようよ」
 「はぁ……デートじゃなくて仕事だ、アベル」
 一瞬驚いたあと、取り繕う様に息を吐いてレイアは歩みを速めてしまった。
 相変わらずなんともわかりやすい彼女の態度に少し笑ってから、僕はその背中を追った。
 

 森を切り拓くかのように忽然とその遺跡は現れた。
 「おぉ」
 おもわず声を出してしまったのは、山肌から露出したその遺跡の外壁が一目で見てわかるほどに見事なつくりであり、その周辺を多くの人が調査や発掘のために動いているのが見えたから。
 いくつも並んだテントもその人の多さを証明しているようであり、遺跡には妙な活気があるほどであった。
 賑わう遺跡の発掘現場。
 ここが今日の目的地だった。
隣に立つレイアを見れば顎に手を当てさっそくじっくりと観察しているようであった。
 数秒、そうして遺跡の外観を眺めていると男が一人、発掘の手を止めて僕らの方へ近づいてきた。
 「これはウルトゥス調査官。来ていただけたんですね」
 スッと差し出された手をレイアが握り返した。
 「えぇ、書簡をお送りいただきありがとうございます。マウリ博士」
 レイアは冒険者としての顔以外に古代遺跡や古代機構の研究や発掘調査を行う七大ギルド同盟公認の遺物調査官としての顔を持っている。
 七大ギルド同盟が人魔大戦期前後の遺跡遺物調査において世界最大の権利所有者という事もあり調査官としてのレイアはその筋では相当に有名なようで、時々このような依頼が来る。
 丁寧にあいさつを交わしたところでマウリと呼ばれた男の顔が僕の方に向いた。
 「こちらの方は?」
 「私の冒険者パーティのメンバーです」
 「アベルです」
 右手を差し出し握手を交わす。
 「『爆発の勇者』様ですね。お噂はかねがね」
 流石にレイアに直接依頼を出すようなら僕の存在ぐらいは知っていた。
 「第二ギルドの筆頭冒険者に見られていると思うとなんだか緊張してしまいますね」
 マウリは苦笑を浮かべた。
 「アベルのことは気にしないでください。ただの付き添いなので」
 マウリの緊張を和らげるようにレイアが言った。
 実際、僕はレイアのように遺跡や遺物に研究者レベルで詳しいわけではないので口を出すことは殆どないだろう。
 一通りの挨拶を済ませ遺跡に向き直る。
 改めて遺跡の外観を見てみても、やはり綺麗な外観であった。
 ギルドの仕事やレイアの付き添いでそれなりの数の遺跡を見てきたが、大抵の遺跡が人魔大戦の影響であったり、不法な盗掘や未発達であった発掘技術の影響でどこかしら壊されていたり崩れている事が多いため、ここまで外観が綺麗に残っている遺跡は珍しい。
 「先々月の大雨の影響で露出した山肌から忽然と見つかったそうですね?」
 レイアが遺跡を観察しながら訊ねた。
 「流石、情報が早い。大雨が明けて、崩れた街道を舗装しなおしている時にフォシュテの職人が偶然見つけたそうです」
 「なるほど」
 「本格的な発掘調査に乗り出す前にフォシュテの街で調査をしてみたんですが、この遺跡に関する様な逸話や伝聞の類はありませんでした」
 マウリは息を吐きながら腰に手を当てた。
 「たしか、フォシュテは人魔大戦期には軍事的な要所であったと考えられていましたよね?」
 「えぇ、なので遺跡に関する情報には事欠かないはずなんですが、ここに関する話は綺麗に抜けているようでした」
マウリの話を聞いて、レイアは少し考えた後、再び口を開いた。
 「……完全に放棄されて忘れ去られていた遺跡、という事ですか」
 この遺跡が盗掘などの被害に遭わなかった理由は人魔大戦以降の歴史の中で完全に忘れ去られていたからなのだろう。
 そのおかげでこうしてほぼ完全な形の遺跡を拝めている。
 そう考えれば奇跡的な事のように思える。
 僕たちが納得しかけたところで、マウリが口を開いた。
 「いえ、人魔大戦以降に人々の記憶から忘れ去られた可能性が高いのは確かですが、それとは別に拭いきれない可能性もあります」
 「それは?」
 「人魔大戦の最中にこの遺跡で何らかの異常が起きたために完全に封鎖された可能性です」
 マウリの言ったもう一つの仮説はこの遺跡が危険を孕んでいる事を暗に告げていた。
 現代の技術を持ってすら解明できないことが大多数を占める人魔大戦期の技術の上で起きた何かしらの異常。
 一般的な研究者であれば対処できない可能性が高い。
 「なるほど、それで私が呼ばれたんですね」
 レイアは納得したように相槌を打った。
 七大ギルド同盟公認の遺跡遺物調査官にして、第二ギルド筆頭『爆発の勇者パーティ』所属の一流冒険者、それがレイア・ウルトゥスで、おそらく世界で一番危険な遺跡の調査に向いているのが彼女を擁する僕らだ。
 「お手数をおかけします」
 マウリが改めて丁寧に頭を下げたが、レイアはそれを片手で制した。
 「いえ、私もこの仕事が好きなので構いません」
 楽しそうに笑いながらレイアは遺跡に向き直る。
 「それで、調査の方はどこまで進んでいるんですか?」
 「万が一の危険性を考えて安全な個所を調査している程度です。奥の方にはほとんど進めていません」
 「そうですね、奥に進むほどに危険性は増すでしょう。遺跡の年代の方は判明していますか?」
 「遺跡の形状や使われている素材、放置されていた道具から考えて人魔大戦前期から中期までの間だと考えています」
 「前期から中期、であればなおさら危険な技術が眠っている可能性は高くなりますね。ちなみに遺跡から持ち出した道具などを確認させてもらっても構いませんか?」
 「えぇ、もちろん。すぐに手配しましょうか?」
 「そうですね。先にそちらの確認からはじめたいと思っています」
 「わかりました。すぐに調査員たちに話を付けてきます」
 マウリは一礼して、遺跡の前に並んだテントの群れの方へ歩いていった。
 遺跡の入り口に二人残された。
 「あの人が帰ってくるまで待ちだね」
 「そうだな」
 レイアは半分睨むように遺跡を眺めていた。
 「……アベル、今日のうちに遺跡の奥に踏み込むのはやめておこうと思っている」
 「うん?」
 「明日、アレンも連れてきてからの方がいい。嫌な予感がする」

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