bullet 8
呟いて、それから部長は先程までよりさらに難しい顔をした。
額に手を当てて何かを考えているようだった。
俺にはそれ以上のことは何もわからず、ただ部長の次の言葉を待つだけ。
外を降り頻る雨の音がやけに耳についた。
「・・・周」
部長が口を開いてくれたのはたっぷりと数十秒経ってからだった。
「お前にこの弾丸を渡したのは、本当に黒スーツにハット被った胡散くせぇ男なんだな?」
「え、・・・と」
強く確認するような言葉に思わずたじろいでしまう。
何かまずいことを言ったのか?
訳の分からない状況で、まず自分のことを疑ってしまう。
適当に取り繕うべきか、一瞬考えたが部長の貫くような視線を受けてそんなことをする勇気は出なかった。
「・・・そうです」
後々になって考えてみれば現状でほぼ確実に味方をしてくれる部長にわざわざ嘘を吐く必要性が無いことは簡単にわかる。
だが、その場の雰囲気で俺は随分と重い口を開いた気分だった。
俺の回答を改めて聞いて、部長は思わずといった感じに天を仰いだ。
それから大きなため息を吐く。
「『道具屋』の野郎・・・」
部長の小さな呟きは俺の耳には外の雨音のノイズに紛れて良く聞き取れなかった。
沈黙がしばらく続いてから部長は目の前のPCに向き直り、なにがしか操作をしていた。
カタカタとキーボードを叩く音が響く部室の中で俺はただ黙って部長の言葉を待つ。
部長は思ったよりもすぐにPCでの作業を終えたようだった。
終わった、と思えば俺のスマートフォンが小さな振動でメッセージの到着を告げた。
部長の方を見る。
部長は軽く顎を振った。
見ろ、ということなのだろう。
ポケットからスマートフォンを取り出して、メッセージアプリを起動させるとすぐに先ほどの振動がやはり部長からのものであったことが分かった。
それを開く。
「え、っと……。地図、ですか?」
表示されたのは地図と位置情報。
画面上で指されていたのはこの街から数駅先にある駅前のなんの変哲もないただのカフェチェーンの店舗であった。
「今からそこに行け」
「え?」
「昨日、言っただろう? 警察官を紹介するって。その店で集合になった」
「でも、いつになるかわからないって話じゃあ……」
「今からなら時間取ってくれるそうだ」
部長はそれ以上説明をする気が無いらしい。
説明がないことに不満が無いわけではないが、このままここに居ても何も解決しないということだろう。
状況がわからないまま、俺は部室を出る支度を始める。
部長はその間、何故だか難しい顔をしたままこちらを眺めていた。
帰り支度はすぐに終わる。
持ち物なんて鞄とスマートフォン程度のものだからだ。
「それじゃあ……」
「あー、待て」
さっさと指定のカフェに赴こうと席を立ちあがったところで部長に呼び止められた。
振り向き、部長の席の方へ寄る。
「……やっぱりこれはお前が持っていけ」
部長が手を差し出したので素直に受け取る。
例の銃弾が俺の手に戻ってきた。
「できるだけ早く渡したほうがいいだろ」
「そう……何ですかね?」
なんせ状況を何もわかっていないのだから同意も何も出来ない。
出来れば持っていたくないのだし。
「……何も起こらねぇ、とは正直言えないんだが、それでもここに置いておくよりはマシなはずだ」
不安が表情に出ていたのか部長は珍しくフォローするようにそう言った。
フォローになっていないし、不安が増した気もするがそれでも部長が珍しく気を遣ってくれたようなので文句は言うまい。
「……じゃあ、行ってきます」
「あー、それから」
付け足すように部長が言った。
「何かあったらすぐに私に連絡入れろ。些細な事でもいい、違和感があったらすぐにだ」
何かが起こるということを暗に言われているようだった。
相変わらず不安の募る言葉だったが、月瀬水仙が味方してくれるというのはなんだか自分で思っていた以上に頼もしいものだった。
俺は受け取った銃弾をポケットにねじ込んだ。
「了解っす」
短く返事をして俺は部室を後にした。
目指す目的地は数駅先のカフェ。
この時点でも俺は事態を楽観視しすぎていた。
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