『密室殺人』
昼の学食は大いに賑わっていた。
「あー……」
裏の世界では『闇丸』と呼ばれる青年はきつねうどん(380円)の乗ったお盆を両手で持ったまま、喧騒の中で立ち尽くしていた。
学食が盛況なのはいい事なのだが、いかんせん座るところがない。
こうなると困ってしまうもので、知り合いがいないかどうかを探す羽目になる。
残念ながら、学内に知り合いはそう多くのないのだが……。
うーん、唸りながらも誰かいないか、またはうまいこと席が空いていないものか、うろうろとあちこちを探す。
伸びたうどんを啜るのはごめんなので手早く見つけたいところだ。
1/
「悪いな、座らせてもらうぞ」
果たして、知り合いは意外とあっさりと見つかった。
小規模の講義で一緒だった高田という青年が丁度、一人で食事を摂っているところであった。
声を掛ければ、「混んでるもんなぁ」とあっさり了解してくれた。
ガタイの良い筋肉質な体に短髪、見るからにスポーツマン然とした高田は、性格も明朗快活で裏表のないすっきりとした性格の男である。
女性関係も潔白、後ろ暗い経緯もない。
と、そこまで考えたところで闇丸は思考を止めた。
どうにも面と向かった相手の事を品定めするようにアレコレと情報を思い出してしまうのは良くない事なのだが悪い癖、というよりは職業病、または師匠の影響なので日常生活でも顔を出してしまう。
治らないものだろうか、と思うが今更無理であろうことは言うまでもなかった。
一方的に決まずさを感じてしまい、誤魔化すように食事を開始した。
「なんかお前の事久しぶりに見た気がするよ」
わざわざ食事を止めて、高田はこちらを見ていた。
珍しいものを見るようにまじまじとした視線だった。
「あー……。そうか? 講義が被ってなかっただけだろう」
とぼける様に返したが、高田の視線は相変わらずだった。
実際、仕事で世界中あちこちに飛ばされているので、まともに大学構内にいるのが珍しいのは事実かもしれない。
先週も4日ほど欧州に行かされていたので反論はしづらい。
しかし、仕事の関係を喋るわけにはいかず、とぼけてしまうのが一番手っ取り早かった。
「……」
「……」
それでも何かが気になるようで、高田はこちらを見ていた。
(気まずい……)
逆の立場であれば気にする必要もなかったかもしれないが、席を融通してもらっている以上、雑に対応するのもどうだろうか。
話題を逸らすためにも、新たな話題を提供するべきだろう。
「……凄い食べるな、ソレ」
目線を高田の目の前にある特盛のカレーライスに向けてやると、高田の視線も動いた。
高田のソレは、闇丸の前に置いてあるきつねうどんと比べれば一目瞭然の大きさで、少食気味の闇丸からすれば見ているだけで腹が膨れそうな大きさであった。
「あぁ、カレー安いしな。体重増やしたいんだ」
「体重?」
「再来週、大会なんだよ。その調整」
高田は肩口に手を添えて、相手を投げるジェスチャーをした。
柔道の動作のつもりなのだろう。
結構、強いのだと以前に本人が言っていたが、実際にちょくちょく大会で入賞しているようだった。
「大変そうだな。俺はそのカレーを見ているだけで腹いっぱいになりそうだよ」
「お前ももっと食べたほうが良いと思うぞ。身長高くて、筋肉も付いてるんだから、もうちょっと体重増やして一緒に柔道でもやらないか? サークルとか入ってないんだろう?」
「いやぁ、それはちょっと……」
職業柄どうしても欠かせないのでそれなりには鍛えているのだが、見抜かれるとは思っていなかった。
そもそも服の上から一見してわかるように鍛えているわけではないので、流石はスポーツマンと言ったところだろう。
勧誘に関しては、仕事のことも当然あるが、純粋な体術のみという技術があまり好みではないので遠慮する。
師匠が剣術の人間のせいだろうか。
「えぇー、勿体ないなぁ」
高田は冗談っぽく悔しそうに呟いて、カレーを口に運んだ。
スイスイと止まることなくスプーンが動き、あっという間に皿の上のカレーが減っていくのは、見ていて清々しいほどだった。
「……お前も食べないのか? うどん伸びるぞ」
「……え? あ、あぁ」
ボーっとしていた。
高田に促されて食事を再開する。
どうにも食欲がなかった。
先程、呆けていたのも考えれば疲れているのかもしれない。
先週の殺人鬼との追いかけっこのダメージだろう。
そんな事を考えながら麺を啜っていた所で、対面に座っている高田はもうすでに食べ終わっていた。
高田は席を立つこともなく、こちらがまだ食事中なのを確認してからスマートフォンを取り出して操作し始めた。
食べ終わるのを待ってくれているらしかった。
「……高田もスマホいじるんだな」
あまり待たせるのも悪いが好奇心が湧いてしまった。
「俺も大学生だぜ? 普通に使うよ」
当然の返しであったが、そうは言われても、高田という青年の人間性とスマートフォンという電子機器との組み合わせがなんだか妙に意外だった。
「何見てるんだ?」
「まぁ、SNSかな」
「ふーん……」
「お前はなんかやってないのか?」
「……やってないなぁ」
嘘だ。
今の時代、効率的に情報収集できるSNSである。
当然、複数のサービスで複数のアカウントを運用しているが、ほぼ全て仕事用なので教えられないというだけだった。
「やればいいのに。友達との連絡も楽になるぞ」
「んー、そういうものか」
「そういうものだ」
連絡が必要な相手のほとんどは仕事関係なので、SNSで繋がっている事が多く、その利便性は十分にわかっているつもりだったが、プライベートでは連絡を取り合うような友人がほとんどいないので特に必要性を感じはしなかった。
傍から見れば寂しい人間に映るのだと思うが、仕事関係の方が肩の力を抜けるので本人からすれば気にするほどでもない。
「あとニュースとかも見れるし」
「ニュースね」
「ほら、これとか」
高田がわざわざ画面をこちらに見せてきた。
SNS上のニュースは基本的に脚色が多めにつく印象が強く、二次情報三次情報としても扱いづらい部類のものなので、あまり得意ではない。
とはいえ、ここで断るわけにもいかず、食事を止めて高田の持つスマートフォンを覗き込んだ。
【連続密室殺人事件か!? 被害者の共通点は『大学生』】という見出しとおそらく犯行現場であろうアパートの白塗りの壁が映し出されていた。
思っていたより、きちんとしたニュースを見ていたことにびっくりした。
高田がスマートフォンを自分の方へ戻した。
食事を再開する。
「この事件怖いんだよな……」
高田は自分でも読み直してから呟いた。
強い人間ほど自分の力を過信しない。
普通の人間よりよっぽど腕に自身のあるはずの高田が素直にそういえるのは、そういう事だろう。
実際、殺人を連続で行えるような人間に常識は通用しないので、常識の範疇の力では抵抗できないことが多い。
「最近、たまに話題を見るな。あんまり詳しくはないけど」
表の事件は警察の仕事。
自分にはあまり関係のない事件だと思っていたので、気にかけていなかった。
「うちの近くの大学の学生も殺されてるらしいんだよ」
「ふーん。被害者全員が大学生なのか」
「そうそう。同じような手段で、もう5人も殺されてるんだぜ」
「5人も……ね」
先週の殺人鬼は30人ほど殺していたので麻痺してしまいそうだが、この国で同一人物が同じような手段で5人も殺すというのは相当に難しい事だろう。
それを考えれば、少し気になってきた。
「……密室で、同じような手段で殺されてるんだっけか」
「みたいだな」
「もし、仮に恨みからの犯行だったら、手段は揃えないよな、きっと」
「え?」
「基本的には相手を殺せれば、それでいいんだから、その手段は問わないだろう?」
「まぁ……、そうかも?」
「手段や状況が絞られた上で殺されてるってことは、まぁきっと犯人の側がなにかしらのルールを決めてるんだろう」
「人を殺しといてルールって……」
「でも、殺人鬼やなんかにはよくある話だろう? ゲームとしての殺人」
「……」
「被害者に『大学生』って共通項以外がないなら、『大学生』っていう事がルールかもしれない。そうなったら、結構危ないか……も……」
対面に目を向ければ、明らかに引かれていた。
マズい事をした。
つい踏み込みすぎてしまった。
「……ミステリー小説とか好きでさ、つい考えちゃうんだよな」
「急に真剣に考えだしたから、こっちが焦っちまったよ」
「仕事の関係で――」「職業病だから――」という言い訳を飲み込んで苦笑いで誤魔化した。
嘘は言ってない、ミステリー小説の類は小学生の頃からよく読んでいた。
なんだか、気まずくなり、会話が止まった。
さっさと切り上げてしまおう。
闇丸は残っていたうどんを啜った。
完
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