お酒

 「お酒飲みたい……」
 ゲームをしながら呟いた何気ない呟き。
 本来なら一人暮らしの部屋の中に溶けていくだけだった本当に大した意味もない呟きだったのだが、今日はそうもいかなかった。
 「「え?」」
 驚いた声が二つ返ってきた。
 声の方向を見る。
 「……そんなに驚くことか?」
 二人の驚きように思わずこちらが呆れてしまった。
 「いや、キヨがあまりにも珍しいことを言うもんだから……」
 驚いたままそう言う言海。
 同意するように頷く耕輔。
 二人の反応に俺は天を仰いで息を吐いた。

 
 特に特別な理由があったわけではないが今日は俺の暮らす1Kの部屋に琴占言海と宇野耕輔、幼馴染二人が来ていた。
 俺は大学の課題もバイトもバンドの諸々も今日なかったし、言海も同じように一日フリーだったらしい。
 耕輔は課題が終わらないらしく、自室では集中できないのでうちに来た。
 三人集まったからと言って何をするでもなくそれぞれ自分の何かをしていた。
 耕輔は持ってきたパソコンで件の課題に手を付けていたし、言海は本を読んでいた。
 俺も今更二人に過剰なもてなしをするようなことは無く、ゲームをしていた。
 俺がなんとなく思い付いたことを不意に呟いたのは、そんな感じで過ごして一時間程経った頃だった。
 

 「別に俺だって飲みたい気分の時ぐらいある」
 二人の反応が妙に納得がいかなかったのでゲームを中断して二人の方へ改めて向き直った。
 俺が向き直ると言海は読んでいた本に栞を挟んで机に置き、耕輔も向き合っていたパソコン画面から顔を離した。
 三人顔を突き合わせる。
 「それはそうなんだろうが……」
 言海が言う。
 チラリと横に座る耕輔の方を見た。
 「なんかあまりにも普段聞かないような呟きだったから」
 耕輔が言海の言葉の続きを繋げた。
 二人はどうにも本気でそう思っているらしい。
 俺は後頭部を掻いた。
 「いや、確かに普段言わないかもしれないが、それでもたぶんお前ら二人よりも俺の方が飲む機会が多いからな?」
 普段の活動上、そう言った場所に行くことは実は割と多い。
 ライブの打ち上げやらなにやらで。
 強くは無いのでそれほど量を飲むわけではないがそれでも付き合い程度には飲んでいるつもりだ。
 それを踏まえると二人の反応はあんまりだ。
 「でも、普段は飲まないだろう?」
 言海が訊いてくる。
 確かに普段、そういう機会でもない限りお酒に触れる機会はあまりない。
 二人はうちの冷蔵庫や台所の事情を当然のように知っていて、料理に使うアルコール類以外は殆ど置いていないことを知っている。
 さらには数少ない料理目的以外のアルコールは俺のバンドのメンバーが持ってきて置いていったものである事と、それらが特に減っていないことも知っている。
 反論するには分が悪い。
 俺は反論を諦めた。
 「……まぁ、確かに普段は飲まない」
 そもそも目くじらを立てて反論する必要などどこにもない。
 『それ見たことか』というような反応が二人から返ってくるわけもなく、二人からの反応は安心したようなため息だった。
 「それで? なんで突然そんなことを言ったんだ?」
 言海が首を傾げた。
 「いや、特に理由は無いが……」
 本当に、特に意識もしていなかった呟きなので深い意味などない。
 自分でも首を傾げてみたがやはり特には浮かばなかった。
 二人して首を傾げていると耕輔が思い付いたように言った。
 「でも、そういえば三人で飲みに行ったことは無いな」
 そうだっただろうか。
 言われて考えてみればそうだったかもしれない。
 「そう言われてみればそうだな」
 言海も少し考えてからそう言った。
 そもそも三人で集まること自体減ってしまった。
 俺も言海も耕輔もそれぞれにそれぞれの活動があるので、俺と言海、俺と耕輔で会うことはよくあってもこうして三人が揃うことは滅多にない。
 「じゃあ、これから三人で飲みに行くか」
 その言葉は思ったよりもあっさりと口から出た。
 「悪くないな」
「そうしよう」
二人も同意してくれた。
おもわず三人で笑い合った。
さて、そうとなればやることがある。
主に耕輔に。
「耕輔の課題が終わらないと行けないな」
「え゛……」
 「そうだな。課題の提出が遅れたことを私たちのせいにされては敵わん」
 視線が耕輔に集まる。
 耕輔は慌てて自前のパソコンを押さえつけるような動作をした。
 「いや、いいよ! 大丈夫!」
 だが、今の耕輔の表情が全てを物語っている。
 つまりは大丈夫じゃないのだろう。
 俺はため息を吐き、言海は楽し気に笑った。
 「付き合いが長いおかげでお前がどんな状態か大体わかった」
 「安心しろ。私たちも手伝ってやる」
 
 結局、俺の家を出られたのはすっかり日が落ち切った後になってからだった。

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