衝撃映像、生霊、人工言語
「世の中には魔法使いやら魔術師やら魔導師やらを自称する連中がいる」
その日、珍しく我が部活の部長――月瀬水仙は妙に饒舌だった。
俺――桐間周が部室に着いた時点で部長は何やら机の上に将棋盤を広げ、一人で将棋を指していた。
普段は仏頂面でPCと睨み合っていることの多い部長だが、時々こういう奇行をしていることがあった。
以前は部室一杯を使ってドミノを並べていたこともあるのでそれに比べれば将棋を指している現状はまだわかりやすい。
俺は全くもって詳しくないが詰将棋なんかは一人でやるのだし。
そんなこと考えながら部室に入った。
「お疲れ様です」なんて一応声を掛けると、珍しく軽快な声で「おう」と返事が返ってきた。
不機嫌そうな返事ではない。
いつもとは妙に違う部長の様子に驚きながら、定位置となった扉近くの席に座った。
……今日は槍でも降るのか?
ベタな言葉が頭を過ぎるが、当然口にはしない。
なんせ部長の機嫌がよさそうだ。
わざわざ水を差す必要はないだろう。
ついでに将棋盤についても、気にはなるが触れない。
大方、いつものようにボードゲーム部からかっぱらって来たのだろう。
以前も(妙に高そうな)ドミノやトランプ、チェスなどの玩具を「賭けに勝ったから」と貰って来ていたので、今回もそうなのだろう。
部長とボードゲーム部の部員の方々との関係はなんだかアウトローな香りがするので触れないようにしている。
そもそも賭けって、高校生が学校の中で一体何をしているんだ。
一般人でしかない俺の想像力では薄暗い部屋でポーカーでもやっている程度のことしか思い浮かばない。
その上で、部長が一方的に勝っている情景しか思い浮かばない。
あまりにも不健全に思えてしまうので俺はこの辺に関しては深入りしない。
顔が凶悪、と言われて育ってきた俺だがこれでも清廉潔白に生きてきたのだ。
部長の方を見る。
真剣な表情で将棋を指している。
窓の外を見る。
今日も曇っている。
天気予報では十七時以降の降水確率は七十パーセントと言っていた。
辺りが暗くなるころには冷たい雨が降るのだろう。
なんとなく気分も晴れなくて小さくため息を吐いた。
このまま何もせずに過ごしてもしょうがない。
俺はスマートフォンを取り出して操作し始める。
適当に動画でも見るとしよう。
「周」
突然名前を呼ばれた。
部室にはいつも通り部長と俺しかいないので当然ながら俺を呼ぶ相手も部長しか居ない。
「はい」
見ていた動画の再生を止めて、返事をした。
見れば部長はなんだか並びがぐちゃぐちゃになった盤の上で駒の一つを手に取って弄んでいた。
将棋に飽きたのだろう。
「何してた?」
「動画見てました」
「何見てた?」
「えと……」
改めて口に出すのはなんとなく憚られた。
返事を濁すことを考えたが、目が合った半笑いの部長の瞳の圧がすごい。
俺はこの人には絶対に勝てない……。
「……今見てたのは、高速道路走ってた猛スピードの車が何かにぶつかって吹っ飛んでくやつです」
海外の衝撃映像的なやつだ。
特別好きというわけではないがなんとなく見てしまう。
しかも、動画サイトの仕様のせいか一度見ると次々同じような動画をおススメされてしまい、気が付いたら暇な時に見てしまっている。
俺はスマートフォンを部長の方に向け、止めていた画面を再生させた。
画面の中の車が動き出し、数秒も経たないうちに大きな音を立てて大破し動画が終わった。
数瞬の沈黙。
正直、下らない動画ではあると俺も思っているのであまり言いたくなかったのだ。
部長の次の言葉が怖い。
ふう、と部長の息を吐く音が聞こえた。
「お前さぁ……」
「な、なんすか。俺が何見てようと勝手じゃないですか」
「そうだけどさー。高校生男子として他になんかさー」
「う……」
自分でも思っていることなので何も言えない。
しかし、ここで反論しないわけにもいかない。
「でも、こういうのつい見ちゃうじゃないですか! 実際、なんか見ちゃうでしょう!?」
「…………見る。正直、私も嫌いじゃない。ご飯食ってる時にテレビでやってたりするとぼーっと見てしまう」
「ほらぁ……!」
俺の指摘に部長は悔しそうに認めた。
悔しそうに認めたし、俺が思っていた以上に好きだったらしい。
部長が衝撃映像が好きだというのは、思ったほど意外ではなかった。
誰かが不幸な目に遭うのをゲラゲラと笑っている姿が容易に想像できるからかもしれない。
そんなことを考えていると不意に部長と目が合った。
すっと部長の顔から表情が消えた。
「おい周。お前いま失礼な事考えただろ」
「――……考えてません」
「嘘つけ」
「いえ、誓って考えてないです」
なんでわかるんだろうか。
怖い。
「ったく」
部長のそれ以上追及する気がない様子に一安心して息を吐き、開いていた動画サイトを閉じた。
部長は座っている椅子の背もたれに体を預ける様にしていた。
俺が座っている何の変哲もないただのパイプ椅子と違って部長の座る椅子はいかにも高級そうなワークチェアだ。
これに関しても座り心地がよさそうだなと思うが、色々な意味で触れたことは無い。
どう考えても学校の備品としてはそぐわない物なので部長の私物か誰かに買わせたのか、どちらにせよあまり触れたくない部分に触れてしまいそうだった。
「……衝撃映像と言えば」
今日は暇を持て余しているのか椅子に体を預けたまま部長が口を開いた。
「たまに幽霊が映ってるみたいなやつもあるよな」
「あー、ありますね」
俺はあまりそういったものは見ないが衝撃映像としては昔からある類のものだろう。
あまり見ない理由はお化けが怖いからだ。
昔から苦手でホラー映画やゲームも避けている。
「幽霊はいると思うか?」
「え? ど、どうですかね……」
部長にしては珍しい問いかけな気がした。
改めて考えてみる。
お化けが怖い、というのはつまり心のどこかで彼らの存在を認めているということなのだろうか。
そうなのかもしれないが居て欲しくない気持ちの方が強い。
しかし、だ。
「――普通に苦手なんで居ない方がいいんですけど……、でもやっぱいるんじゃないですかね……」
世の中には不思議なものが沢山ある。
部長と出会って半年と数か月、その間に散々思い知らされてきた。
わざわざ訊いてくるということは、きっといるのだろう。
俺の答えに部長はニヤリと笑った。
「さぁ、どうだろうな」
「えぇ……。部長は知ってるんじゃないんですか?」
「知らんよ。自分に霊感なんてものがあるかどうかも知らないし」
「でも『特別な道具』は使えるんでしょう?」
目の前の部長が実際に『特別な道具』を使っているところを見たことは無い。
しかし、伊吹先輩や炎堂さん、そして『道具屋』の話を聞く限り、かつて部長はそうした道具を使って大きなことを成し遂げているらしい。
俺の言葉に部長は大きなため息を吐いた。
「別に道具が使える事と霊感に関係があるとは限らんだろう」
「それは、……そうなのかもしれないすけど」
正直、凡人の俺にはその辺の線引きの仕方はよくわからない。
基本的に自分の理解が追い付かない力の類を『超常』なんてものに一緒くたでまとめているのは確かかもしれない。
「まぁ、でも昔からその辺をまとめて考える奴らはいるけどな」
「正直、俺みたいな凡人からすれば違いが分かんないっすからね」
「世の中には魔法使いやら魔術師やら魔導師やらを自称する連中がいる」
「魔法、ですか?」
「奴らの『魔法』や『魔術』が本物なのか、道具を使って起こしているのか区別が私にはつかない」
部長はもたれ掛かっていた椅子から起き上がり、机に肘を置いた。
「私からすれば奴らの言う『魔法』や『魔術』は特別な人工言語で道具の効果を操っているようにしか見えん」
パソコンを動かすのにプログラミング言語を使う、ような話だろうか。
なんとなくだが想像が出来た。
「効果を操るなんてのは道具を使い慣れている連中なら当たり前にこなすことだろう?」
「だろう?って言われても……」
別に世の中の裏の界隈に詳しいわけではないので訊かれても困る。
俺がそれ以上想像できなかったことを部長は悟ったのか飽きたように息を吐いた。
「ちなみに」
「なんすか?」
「魔術を扱う連中の中には魔術の一環として生霊を飛ばすというのを扱うやつらもいる」
部長がこちらを見て意地悪そうに笑った。
俺が先ほどお化けが苦手だといったからだろう。
やっぱり他人の不幸をゲラゲラ笑うタイプだった。
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