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(作成途中のため、内容の変更や執筆の中断をする可能性があります)
この物語はたった一発の銃弾をめぐる物語。
「君の願いはなんだい?」
きっかけは些細なもので、究極論、たったその一言で始まった。
あるものにとっては、非日常と日常の交差点の物語。
あるものにとっては、巻き込まれた少年のフォローの物語。
あるものにとっては、自らの悲願を叶えるための闘争の物語。
あるものにとっては、歪んだ正義を振りかざす日常の物語。
あるものにとっては、いつも通りの傍観と横やり、そして逃走の物語。
あるものにとっては、逃亡者を追う追走劇。
日常と非日常に右往左往する者、非日常に身を置く者、全てを捨て置く者、歪んだ正義を掲げる者、横やりを入れる傍観者、正義を貫く者。
そんな彼らが偶然と思惑と目的により日常と非日常の上で交錯していく。
この物語はたった一発の銃弾をめぐる物語。
「改めて聞こう……、君の願いはなんだい?」
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目の前に男が立っている。
このクソ暑い中、黒いスーツに黒いハットをかぶった黒ずくめの男。
黒いハットのせいで表情が見えない。
顔のパーツで唯一見える口元がニヤリと歪んだ。
そしてゆっくりとその男が告げた。
「君の願いはなんだい?」
夏休みがだいぶ近づいてきた日曜日、暑い日のことだった。
俺はとにかく暇だった。
部活は変な先輩に半ば無理やり入部させられた目的のよくわからない変な部活だけで、日曜日に熱心にやるような活動はしていない。
友達と遊ぼうとここ数週間のメッセージ履歴をのぞいてみれば、件の変な先輩から変な部活の活動の日にそれを知らせるメールが来るついでに、多少の雑談をしている程度だった。
そこで気づいたように思い出す――いや正確にはわかっていたが、俺には友達がいない。
そんな事実から目を背けるためにも、俺は外に出ることにした。
目的もなくふらついている間についたのはゲームセンターであった。
別段、やりこんでいるゲームがあるわけでもなく、本当になんとなくでたどり着いたのだ。
しかし、時間をつぶすにはそれなりにいい場所で気が付けばそれなりの時間がたっていた。
一通り、満足し散歩しながら帰ろうと出口を目指していた時だった。
不意に肩がぶつかる、
「すいません」
反射で振り返って、謝った。
これが間違いだった。
普通の人間なら、おそらくここで大したことは起きずに終わったことだろう。
いくら相手が髪をド金髪に染めたいかにもな風貌だったとしても、いかにその金髪の近くに同じようなおそらく仲間だと思われる連中がたむろしていようと、今時わざわざ律儀に絡んでくる奴はそう多くはないだろう。
舌打ちされる程度が関の山だ。
しかし。
「あぁ?」
「すいません」
金髪と目が合う、またしても反射で謝る俺。
金髪の眉間にみるみるしわが寄っていく。
「……てめぇ、今ガンくれただろう」
あらぬ誤解受け、必死に状況を打破しようと頭を働かせるが、いかんせん今までこんな状況になってそれを回避できたためしがない。
「そんなことしてないですよ」
とりあえず否定してみる。
「鏡見てから言えや、ゴラァ!」
が、火に油だった。
俺は黙っていると不機嫌に、または怒っていると勘違いされる残念な顔の持ち主だ。
いわゆる三白眼というやつで、小学生のころ俺を見た女子に突然泣き出されたことが何度もある。
母親以外に俺の感情の機微が正しく伝わったことがほとんどないほどだ。
学校では特に何もしていないのに不良扱いで、それが俺に友人がいない理由でもある。
俺にとって人生最大の敵が自分の顔面だとは本当に笑えない。
「おい、ちょっとこいや」
金髪が俺の肩を無理矢理掴む。
周りにたむろしていた金髪の仲間も俺を囲み、完全に逃げられない。
本日も俺の顔面は絶好調にその機能を稼働させていた。
だから、この怖くて泣きたい気持ちは母親以外には伝わらないんだろう、とさらに泣きたくなった。
「この状況でもまだそんな顔ができんなら、どうなるかわかってんだろうな!」
…………泣きたい
予想通り、人通りのない路地裏に連れて行かれ、壁に肩を叩き付けられる。
「っ……!」
「俺たちにケンカ売ったこと後悔させてやるからな」
金髪がヤニ臭い口臭を振りまきながら俺を睨んだ。
周りは相変わらず金髪の仲間たちで囲まれており逃げ場はない。
本当に自分の生まれを呪いながら泣きたい気分に陥るがここで泣くわけにはいかない。
ここで泣けば目の前の金髪たちが調子づくだけだからだ。
仕方なく俺は一度小さく息を吐いて、もう一度目の前の状況を確認した。
「ほら、行くぞ!」
金髪が下卑た笑みを浮かべながら、腕を振り上げた。
「くたばれや!」
振り下ろされる金髪の腕よりも速く、俺は一気にしゃがみこむ。
「なぁっ!」
金髪の驚きの声を無視して、しゃがんだ状態のまま金髪の足を払った。
「――ぶぅ!」
金髪はバランスを崩し、俺の後ろにある壁に奇妙な声を上げて激突した。
そのまま、金髪の体が地面に倒れる。
突然の俺の行動と倒れ込んだ金髪の姿に金髪の仲間たちは絶句していた。
その隙に立ち上がりもう一度息を吐く。
そうして目の前を確認し、小さく呟く。
「あと、三人……」
俺――桐間秋(きりま しゅう)は覚悟を決めた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら逃げ込んだ路地の周囲を確認する。
周りには金髪とその仲間の姿は無かった。
こんな顔のせいで昔からこういうことに巻き込まれるのは日常茶飯事で、嬉しい事ではないがああいったシチュエーションには人よりも慣れている。
そのおかげで金髪に対して咄嗟にああいった行動に出ることが出来た。
最初に倒した金髪がリーダーだったようで動揺した金髪の仲間たちの隙を突くように全力ダッシュをしたおかげでなんとかここまで逃げ切ることが出来た。
「帰ろう……」
疲労困憊の体を引きずりながら、とりあえず真っ直ぐ帰ろうと通りの方へ歩き出した時だった。
後ろから、パチパチと乾いた拍手の音が響いた。
金髪たちが追い付いてきたのかと驚き、反射的に振り返る。
そこには男が立っていた。
このクソ暑い中、喪服のように黒いスーツに黒いハットをかぶったいかにも妖しげな黒ずくめの男。
目深に被ったハットのせいで表情が見えない。
顔のパーツで唯一見える口元がニヤリと歪んだ。
「君の願いはなんだい?」
「……はぁ?」
突然呟くように放たれた目の前の男の言葉の意味が理解できず、思わず聞き返してしまった。
俺の反応に(悲しいことだが)珍しく怯えずに黒い男はもう一度口元をニヤリと歪め、両手を広げた。
「世界は人々の欲望でできている。だからこそ世界というのは、美しく、そして醜い。どんなにきれいな言葉で着飾ろうと、どんなに醜悪な言葉で差別しようと、人の原動力も、世界のルールも、欲望という根本的な差のないものであるということは変わらないんだ」
「…………」
急に語り出した男。
やばい奴だ、と思った。
新興宗教かクスリでも決めているのかはわからないが、とにかくやばい奴だということはわかった。
――帰ろう。なるべくダッシュで。
そう決めて、疲労が抜けきらない体で男に背を向けて帰ろうとした瞬間だった。
ゾワッと男のいる背後から寒気を感じ、反射的に振り返る。
――が、まるで手品のように先ほどまで確実にいた黒い男の姿が消えていた。
そして、背後からコツコツと足音が響いた。
再び振り返れば、当然のように黒い男が歩いていた。
全身から冷や汗が滲む、不良に喧嘩を売られた時より、ナイフを持った相手に襲われそうになった時より、鉄パイプを持った集団にリンチに遭いそうになった時より、俺は本能的な恐怖を感じた。
口の中が乾く。
なんとか声を出そうと言葉を絞り出す。
「……あんた何者だよ」
そんなありきたりな質問だった。
黒い男は俺の言葉に対し律儀に足を止めた。
「んー……。それはちょっと言えないなぁ」
男は目深に被っていたハットを外しながら、そう答えた。
男が質問に答えたこと以上に何の躊躇いもなくあっさりと被っていた黒いハットを外したことの方が驚きだった。
男は長めの黒髪で、顔はハーフなのか若干日本人の顔の作りとは違うが、非常に整った顔立ちで、容姿からは俺と同じ程度の年齢にも見えた。
男は固まったままな俺を見て、肩をすくめて苦笑した。
「安心しなよ、君に危害を加えるつもりは一切ないから。少なくとも僕は、ね。だからそんなに警戒しないでくれるとうれしいな」
男の言葉通り、先ほど俺が感じていた悪寒はきれいさっぱり消えて、いつの間にか夏のまとわりつくような暑さが戻っていた。
冷や汗も引いていた。
無意識のうちに警戒を緩めていた俺に、男は人懐っこい笑みを浮かべ、少年のような声で話を続けた。
「僕が何者なのかは言えないけど、僕がどんなことしているのかは話そうか」
俺は一刻も早く帰りたいが道が塞がれているためおとなしく聞くしかなかった。
「と、その前に。君はモノに意思があると思うかい?」
「……はぁ?」
「いや、別に他人があると思っていようがなんだろうが関係ないんだけどね。僕はまさにその『モノの意思』ってやつに従って、モノを持つべき人間のところへ届ける仕事をしているんだよ」
どうやら目の前の男は相当にやばい人間らしい。
主に頭が。
「……病院ならそこのでっかい道に出て、右にしばらく進んだらありますよ」
俺の言葉に、男は怒るでもなく、ただ苦笑を浮かべる。
「……第一、そんなことしても仕事にならないでしょう」
「いやいや、そうすることで得する人間っていうのは意外といるし、意外と儲かるんだよ。人間の社会っていうのは人間の欲望で出来ているからね」
やれやれと言った表情を浮かべた男は、今度はわざとらしく大げさに両手を広げた。
「あれが欲しい、これが欲しい、アイツには渡したくない、独占したい、なんてね」
何を言いたいのか、はよくわからなかったが、男の口にした欲望に関してはよくあるものだった。
誰もが考えてしまうような、単純な願い。
男の言葉に対し何も言えずにいる俺に男は怪しげに微笑んだ。
「僕は今日、こうして君と出会った。僕たちはお互いに名前さえも知らないが、こうして出会った。いや、君の視点から見れば出会って『しまった』といった方がいいのかな」
「は?」
「何故、僕らが出会ったのか。それは僕を導いてくれた『モノ』が存在するからに違いない」
言い切って男はこちらに近づき、手を差し出した。
頭が混乱している中、俺は思わず掌を差し出してしまった。
男が俺の掌の上に何かを渡し、それを握らせてきた。
握らされた瞬間、妙な寒気が背筋を走った。
冷たさと硬質感、そして小さいながらも確かに感じる重量。
決して大きくはないそれが、金属製の何かという事だけはわかった。
正体を確認しようにも掌は男の手で覆われたままだった。
「おめでとう、君は選ばれた」
男が口を開いた。
掌の上から手が離れ、男はハットを深く被りなおした。
「改めて聞こう……、君の願いはなんだい?」
掌をゆっくりと開く。
鈍く輝く金属色に鉛筆用のキャップのような見た目が現れた。
「は……?」
すぐにそれが何なのかはわからなかった。
実物を見たことも、まして触れたことなんてないからだ。
銃弾なんてものに。
「っ!!」
それでも知識としては知っている。
フィクションではよく見るようなモノだからだ。
だからこそ焦る。
すぐに目の前の男を問い詰めようとするが――
「おい!! …………あれ?」
――忽然と男は姿を消していた。
まるで最初からそんな男は居なかったかのように、目の前には夕焼けの路地が広がっているだけだった。
取り残されたのは俺、と小さな銃弾。
どうすることも出来ず、俺はその小さな銃弾を再び握ってしまった。
小さな銃弾の奇妙な重さがまるで本物のようだった。
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