Cランク冒険者
俺はしがない冒険者だ。
こう書き出してしまうと実は何か凄い秘密や能力を抱えているように思われてしまうかもしれないのだが、俺の場合は本当に文字通りにしがない冒険者だ。
生まれは地方の、食うに困るほどではないが貯蓄が出来るほどではないというようないかにもパッとしない寂れた農村。
何代遡ってもその土地で農業と牧畜を営んできたことしか出てこないようなこれまたパッとしない普通の家系の次男として生まれた。
前述のとおり、村は貧しいと言えるほどの貧しさに晒されることもないような村だったので口減らしや奉公に出されることもなく家業の手伝いをしながら子供時代を過ごした。
このまま俺は家業の手伝いをしていくのだろう、とぼんやりと考えていたのだがそうはならなかったわけだ。
兄が優秀だった。
兄は家業における様々な作業を効率化していき、俺が成人する前には俺が家業を手伝う必要が無いような状態になっていた。
そうなると俺は家を出るしかなかった。
幸いなことに多少魔法の覚えがあったため俺は冒険者になった。
冒険者になった理由と言えばその程度で、夢に焦がれたわけでも富や名声が欲しかったわけでもなく、ただそうなる道が目の前にあったからというだけでしかない。
そんな俺が大層な功績を残せるわけもなく、冒険者になって二十数年、未だCランク冒険者でしかない。
下から数えて三番目。
高難度の依頼を受ける事も出来ず、かといって低難度の初心者向けの依頼をこなすわけにもいかない微妙な立場。
そんな立場のまま時間だけは過ぎていった。
1/
「お疲れ様です」
目の前のカウンターの上に大した重みの無さそうな袋が置かれた。
「いや、大して疲れるような仕事ではないよ」
俺は返事をしながらそれを受け取る。
一応、袋を開き、中身を確認。
中に入っているのは銀貨で、それは報酬と呼ばれるものだ。
一、二、三……――
枚数を数え、依頼書に書かれていた額と相違がない事を確認した。
顔上げ、カウンターを挟んだ対面に立つ眼鏡を掛けた女性に「問題ない」という意味の首肯をする。
俺の首肯を受けて彼女はふわりと微笑み、軽く身を乗り出してきた。
「それで、この前の話考えてくれましたか?」
「あー……」
俺は悩むように声を出して苦笑いをした。
この前の話、というのは早い話が転職の話だ。
冒険者としてあまりにパッとしない俺を見かねたのか、ギルドに職員として働かないかという勧誘を受けている。
このギルドとの付き合いは長い。
なんせ初心者の頃からこのギルドのお世話になっているのだからそれはそうだろう。
だからこそ、ギルドとしてこのギルドの勝手を知っている俺をこのまま放っておきたくないのかもしれない。
それは大変に嬉しい事なのだが、俺はその返事を未だできずにいた。
俺が返事を返せないでいると先ほどまで微笑んでいた目の前の女性がカウンターに戻ってため息を吐いた。
「そんなに悪い話ですか?」
「いや、そういうわけでは……」
実際、悪い話ではない。
Cランク冒険者として過ごす今よりもギルドの職員になった方が生活も安定するし、今よりもよっぽど楽に暮らしていけるだろう。
だが、俺は踏み切れずにいた。
冒険者という職業に思い入れや未練なんてものは無いはずなのに。
「……貴方が職員になってくれれば本当に助かるんですけどね」
「そうは言いますけど、俺は何もできませんよ?」
冒険者としても中途半端だが、別にギルド内部の事務仕事のあれこれを把握しているわけではない。
急に仕事を替えたところでうまくいくわけがないのだが、どうにもギルドからの評価が高いのは何故なのだろうか?
はぁ、と目の前の女性がまたため息を吐いた。
「多少なりともギルドの仕事をわかっていて、なおかつ冒険者としての経験がある人間がどれだけいると思ってるんですか?」
「さぁ? 探せばいるでしょう」
冒険者としての経験、と言っても俺のそれは大それたものではない。
ドラゴンの討伐だとか、希少植物の採取、ダンジョンの踏破のノウハウのような凡そ冒険者と呼ばれる人間に期待されるようなものは何も持っていない。
持っているものと言えば低ランクでも食いぱっぐれない方法だとか、まともな冒険者を見分けるための方法だとか、そういうしみったれた小技程度のものだ。
もっとすごい冒険者などたくさんいる。
「探してもなかなかいないからこうして勧誘してるんですけどね」
「そんなことないですよ」
「……それに右も左もわからない新人だった私に仕事を教えてくれたのは貴方じゃないですか」
確かに、俺は彼女のことを入ってきたばかりの新人だった頃から知っているし、仕事がわからず右往左往する彼女にいくつかの仕事を教えたことがないわけではない。
「でも、それは大したこと教えてないと思いますけど」
冒険者という職業にはどうしても荒くれた性格の人間も多い。
そういう理由もあってギルド職員と冒険者が対立することもままあることだ。
職員が新人の女性ともなれば余計にそうで、新人の彼女もいかにも面倒そうな輩に何度か絡まれていた。
そういう場面を見かける度に仲裁に入り、冒険者を宥めすかして帰し、それから彼女にそういう場合の対処を教えた。
覚えていることと言えばその程度だ。
確かに多少の仕事を教えたかもしれないが、仕事のほとんどは当然だが先輩職員に習ったはずだ。
俺の手柄ではない。
「……」
「……」
ガヤガヤとうるさいギルドの窓口の一画に気まずい沈黙が流れる。
じっと眼鏡の奥で光る視線で刺された。
「……まぁ、いいです」
諦めたように視線が和らぐ。
「すぐに返事がもらえるとは思ってないですから」
「ははは……」
「私もマスターも諦めませんから」
適当に笑って誤魔化したつもりだったがどうにも逃げられないらしい。
困った。
しかし、相変らずギルドマスターもその気らしい。
とっくに諦めてくれたのかと思っていたが。
とりあえず、話は一段落した。
余計な気疲れをしたし、帰ろう。
報酬の入った袋を道具入れに仕舞い、踵を返そうとした時だった。
ギルドの奥の扉が開いた。
開いた扉から現れた男の姿に、ザワザワとうるさかったギルドの喧騒も一瞬静まる。
俺も帰ろうとしていた足を止めてしまった。
男は周囲の注目に気付き、軽く手を挙げた。
大した用事ではない、というサイン。
喧騒が戻る。
が、俺は足を止めたままだった。
男の視線が真っ先に俺に来ていたからだ。
男は笑顔を携えて俺と眼鏡の職員のいるカウンターに真っ直ぐにやってきた。
「久しぶりです」
男――俺よりも十以上若いこのギルドのマスターは挨拶も早々に本題を告げた。
「貴方個人に依頼したい仕事があるんですが、構いませんか?」
有無を言わせないぞ、という圧。
初心者の頃に面倒を見てやったことがあるとはいえ、目の前にいるのは冒険者の頂点Sランク冒険者にまで上り詰め、このギルドの一切を取り仕切るにまで成長した男。
「……内容によるんですが……?」
しがない冒険者でしかない俺にできた抵抗はその言葉を発することだけだった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?