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 3/
 火曜日。
 妙にどんよりした天気だった。
 同様に俺の気分も一日中どんよりだった。
 雨が降るのか降らないのか、寝坊したせいで天気予報を確認し忘れた俺はわからなかったのだが、通学中に道を行く学生やスーツを着たサラリーマンがこぞって傘を片手に歩いていることに気付き、朝から落ち込むこととなった。
 そして、何より俺の精神をこんなに削っている原因は通学カバンのそこに厳重にしまい込んだ例のあれが原因だ。
 そう、昨日部長に持ってくるように言われた、怪しい男に渡された『銃弾』の事だ。
 万が一にでも、こんなものを所持しているところを警察にでも見つかってしまえばどうなるのか、一般人の俺には想像もつかない。
 そういう恐怖に耐えながら通学をする羽目になった。
 そのせいで俺は授業の始まる前から多大な疲労を抱えながら一日を過ごしていた。
 
 そんな俺の緊張感とは関係なく校内全体に授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、教卓に立った教師が四時限目の終了を告げた。
 学級委員の号令が教室に響き、にわかに教室が騒がしくなり始めた。
 やっと昼休みだった。
 俺は通学カバンをひっつかみ、逃げる様に早足で教室を後にした。
 足早に教室を後にするが、元から友達なんてものが居ない俺を怪しむ人間などいるはずもなかった。
 教室から出ると既に廊下も騒がしい。
 俺は無言のまま騒がしい廊下を突き進んで行く。
 目指すは部室棟。
 いつも昼休みと放課後を過ごす部室である
 途中、校内に設置されている給水機に立ち寄り、いつも持ってきている空のタンブラーに水を注ぐことも忘れない。
 部室には電気ケトルとスープやインスタント飲料などスティックが常備されているので、水さえ持っていけば優雅な昼食を過ごすことが出来るわけである。
 俺の決して華やかではない学校生活の中にある毎日のささやかな楽しみだったりする。
 すっかり水の詰まったタンブラーの重さを感じ、給水機の水を止める。
 部長も、そしてたまに部室を訪れてくれる伊吹先輩もスープの類を飲むので水は多めに持って行って損はない。
 タンブラーは俺の私物でつい一、二か月ほど前に買ったものなのだが、ここ最近の買い物の中では一番無駄遣いではなかったものだと思う。
 俺は鈍い銀色のタンブラーの蓋をギュッとしっかり閉めて、改めて部室を目指した。
 
 部室棟に入ると一層静けさが増した。
 大抵の生徒は教室や学食、中庭などで昼休みを過ごしている。
 昼食を摂るためにわざわざ部室棟に訪れる生徒はそう多くはいない。
 人気の少ない一階ロビーを抜けて、階段を上がる。
 二階へ出て多くの部室が並ぶ通路に入る。
 その通路の奥の空き部室、の一個手前の部室。
 俺は部室の扉をわざわざ叩くようなことはしない。
 殆どの場合、先に部長が部室にいるのだが一々訪問を告げる必要はないと言われているので、遠慮することなく扉を開けた。
 カギがかかっていなかった部室の扉はガチャ、と軽い音を立てて開かれたが、部室にはまだ部長の姿は無かった。
 「あれ? 部長まだ来てないのか」
 不用心だな、と思ったがきっとすぐに部室に戻ってくるのだろうと考え、扉の近くの長机の端、いつもの定位置に通学カバンを置く。
 立ったまま誰もいない部室を少しだけ眺めてみる。
 奥の窓から見える雲行きは相変わらずどんよりしているが、まだ降り出しているわけではないようだった。
 「……お湯の準備しとこ」
このまま外を眺めていても気持ちがどんよりしていくだけだ。
頭を振って、水をたっぷり入れておいたタンブラーを手に取る。
 壁際に設置された棚の上に置かれた電気ケトルの中に水を注ぎ入れ、スイッチを押す。
 あとは待っていれば勝手にお湯が沸いてくれる。
 その間に棚の引き出しを開け、スティック状のコーンスープの素と適当なカップを取り出した。
 電気ケトルの様子を伺ってみるがやはりまだ沸く様子はない。
 長机に戻り、簡素なパイプ椅子に腰を掛けた。
 暇だ。
 昼休みの部室棟にはほとんど生徒がいないのでいつにも増して静かだ。
 何か暇をつぶせるものを持ってきていなかっただろうか、と考えてカバンの中に手を入れると底の方に入れておいた小さな箱に手が当たった。
 流石に銃弾を裸のまま運ぶのはまずいと思い適当な箱を引っ張り出して来て、それに詰めたものだ。
 「……部長、早く来てくれないかな」
 正直、持っているだけでも嫌なのでさっさとどうにかしてしまいたいのだ。
 あわよくばこの危険な銃弾を預かってくれないだろうか、と期待している思うところもあり、こんなに部長に会いたい気持ちになるのは彼女と出会ってから初めての経験かもしれない。
 (……もし、この場に部長がいたら、たぶん見透かされて怒られただろうな)
 「お前、いま失礼なこと考えただろ」というドスの利いた部長の低い声が容易に想像できた。
 そんな事を考えているとカチッと電気ケトルが静かな音を立てた。
 お湯が沸いた合図だった。
 立ち上がり、電気ケトルの方へ向かう。
 すっかり沸いたお湯をカップの中に注ぐ。
 溶け始めたコーンスープの素が良い匂いを立ち上がらせた。
 お腹が減る香りだ。
 「……それにしても今日は遅いなぁ」
 電気ケトルを戻しながら呟いた。
 四時限目の授業をサボって部室に来ている事すら日常茶飯事なのに、用事がある今日に限って部長が遅かった。
 とはいえ、傍若無人な人間を待っていてもしょうがない。
 俺は出来るだけ銃弾のことを考えないようにして、長机に戻りカバンから弁当を取り出す。
 何をせずとも腹は減るのだ。
 さっさと昼食を摂ることにした。
 弁当の蓋を開き、箸を手に取る。
 「いただきま――」
 ――トントン。
 両手を合わせ、いざ食べようとしたところで扉が叩かれる音が部室に響き渡った。
 一瞬、無視するという事も思い浮かんだが、すぐにその考えを振り払い、持っていた箸を置き席から立ち上がった。
 昼休みにわざわざ部室棟を訪れる者などそう多くはない。
 部長が自分の部室に入るためにドアを叩くような人間であるはずもなく、そんな事をする人物は一人しか思い当たらなかった。
 特に警戒することなく開けたドアの先に立っていたのは、やはり伊吹先輩であった。
 「こんにちは、周君」
 「伊吹先輩、お疲れ様です。どうしたんですか? わざわざ昼休みに」
 「今日は水仙ちゃんと周君と一緒にお昼を食べようと思ったのだけれど」
 伊吹先輩は優し気で綺麗な顔を微笑ませ、手に下げていた小さな包みを持ち上げた。
 一目見ても高価そうな布に包まれたそれがおそらくお弁当なのだろう。
 「あら? 水仙ちゃんは?」
 伊吹先輩は部室の奥を覗き込んで、部長の様子を伺ったようだった。
 「部長、まだ来てないみたいなんですよ。俺が来た時にはこの部室のカギはもう開いてたんですけどね」
 俺は伊吹先輩を部室の中に通してから、電気ケトルの方へ向かい、一応もう一度電源を付けた。
 「そう……。四時限目が終わってすぐに教室からいなくなっていたからてっきり部室にいるものだと思っていたのだけれど」
 「え、そうなんですか? だから、鍵が開いてたんですかねぇ」
 つい先ほど沸かしたばかりの電気ケトルはすぐにその動作を止めた。
 「あ、伊吹先輩何か飲まれますか?」
 「うーん、緑茶をお願いできるかしら」
 「わかりました」
 引き出しから再びカップと緑茶のティーバックを取り出して、お湯を注ぐ。
 緑茶のティーバックを取り出しておくための小皿も付けて、既に席に着いていた伊吹先輩に渡した。
 「周君、ありがとう」
 「いえいえ」
 部長に飲み物を入れても「ん」と不愛想な返事を貰えるだけなので、時々こうして伊吹先輩に飲み物を提供してわざわざ感謝されるとなんだか嬉しい気分になる。
 席に戻り、再び箸を手に取った。
 『いただきます』
 今度は伊吹先輩と声を合わせてから、少しだけ冷めたコーンスープに口をつけた。
 「部長、戻ってきますかね」
 「うーん……、水仙ちゃんのことは水仙ちゃんしかわからないから」
 幼馴染の伊吹先輩ですら部長の行動を完璧に読むことはできないらしい。
 当たり前だが、少しだけ意外だった。
 そんなことを考えながら食事を続けていると伊吹先輩がこちらを見ているのに気付いた。
 「周君も水仙ちゃんに何か用事でもあったの?」
 じっ、と伊吹先輩の澄んだ双眸が俺を貫いたようだった。
 「え? あ、いえ、……まぁ、その大した用事ではないんですけど……」
 伊吹先輩の視線に俺は尻すぼみで誤魔化すことしかできなかった。
 『銃弾』なんていかにも危険な物の話を伊吹先輩にするのは、なんとなく憚られた。
 「ふーん。それは水仙ちゃんには相談できても私には相談出来ないことですか?」
 「いえ、その……、本当に大したことではないので……」
 伊吹先輩は言葉を濁した俺をしばらく見つめていたが、やがて諦めた様に視線を柔らかく戻してくれた。
 「……まぁ、いいです」
 伊吹先輩はお茶に口をつけた。
 「でも、本当に困ったときには私にもきちんと相談してくださいね、周君」
 「はい……。ありがとうございます」
 嘘を吐いているようで、胸がチクリと痛む。
 「それから、危ないことに手を出してはいけませんよ。世の中は善意もあれば、当然悪意もありますから」
 達観したように伊吹先輩はそう呟いて、視線を窓の外に向けながら湯呑みを長机に置いた。
 俺もつられるように窓の外に目を向けた。
 相変わらずどんよりとした曇り空。
 「……雨が降りそうですね」
 伊吹先輩がそう小さく呟いた。
 
 結局、昼休みに部長が部室に来ることは無かった。

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