『ヒロイン消滅』

 「……は……ははは……は、あたしも……やれる……もん……だな」
 額から垂れる血が目に入り、視界が滲む。
 疲れた。
 両手両足にはもうすでにほとんど力が入らず、地面に突き立てた刀に体重を掛けるようにして何とか倒れこまずに済んでいた。
 何とか首を持ち上げ、滲む視界で改めて目の前を視る。
 そこに倒れているのは正真正銘成体の黒竜であった。
 「……爺さんの……地獄じみた修行……のおかげだな」
 魔物の中でも最上位の危険度を誇るドラゴン達、その中でもさらに危険度の跳ね上がる『竜王』と呼ばれるグループ、その中に属しているのが黒竜であり、一流の冒険者であってもソロでは相手に出来ないような相手であった。
 そんな相手に打ち勝ったのだ、満身創痍とはいえ十二分に誇れる戦果であろう。
 それもこれも修行を付けてくれた師のおかげであろう。
 彼のおかげで今地面に突き刺している妖刀を扱えるようになり、そのおかげでこうして自分を生かすことが出来た。
 
 周囲を見回す。
 先程までの戦闘によってすっかり地形は変わっていた。
 森は焼き払われ、延焼が続いている今もゆらゆら陽炎が揺れている。
地面のあちこちにも深い溝やひび割れが何本も走っていた。
 黒竜との戦闘に入る前までに倒していた数十は居たであろう他の魔物たちの屍も見えなくなっており、おそらく戦闘中に巻き込まれ焼き払われてしまったのだろう。
 
 黒竜との戦闘が始まる前に逃がした弟弟子はきちんと逃げ切れただろうか。
 「……クウヤの奴、大……丈夫だろうな……」
 元々、この森を訪れたのは大量発生した魔物の退治というクエストを弟弟子と共に受けたからであった。
 自分と弟弟子双方がどの程度実力が上がったか、腕試しに丁度良さそうなクエストだったからだ。
 しかし、実際に戦闘をこなしていく中で違和感があった。
 明らかに魔物達が強化されているようだった。
 本来であれば大した相手ではないような種族も、想定していた以上の強さであった。
 普通ではないことは明白だった。
 その違和感を確信したところで、本来こんな場所に来るはずのない強力な魔物である黒竜が現れた。
 瞬時に弟弟子を逃がす判断をして、時間を稼ぐために一人で相手をすることになった。
 結果はこうして何とか勝つことが出来たが、違和感は解決しなかった。
 強化された魔物、黒竜という強敵。
 そして、森に入った当初から感じている重いプレッシャー。
 黒竜のモノだと思っていた。
 黒竜はそれだけの力を持つ魔物だ。
しかしそれが、黒竜を討伐した今も止んでいない。
 
 まだ、地面に倒れるわけにはいかない。
 敵はまだいる。

 深呼吸をする。
 全身に力を込めて、立ち上がる。
 額の血を拭い、視界を確保する。

 まだ、戦える。
 地面に刺した刀を引き抜いた。

 ドスリ、と胸の中央に衝撃が走った。
 「……え……? ッ!?」
 口から大量の血を吐き出した。
 倒れそうになる体を何とか堪え、胸に手を当てるとそこにも大量の血が流れ、耐えがたい激痛が全身に襲いかかる。
 苦痛に悶える暇はない、振り向く。
 容赦なく第二撃が襲い掛かってきていた。
 残った力を振り絞り相手の剣を刀で弾く。
 「ッぅ!!」
 「…………」
 とんでもなく重い一撃だった。
 思い切り弾いたつもりが太刀筋を逸らすだけで精いっぱいであった。
 呼吸を整える隙も逃げる隙も無いまま、第三、第四の凶刃が襲い掛かる。
 三撃目を何とか弾き、四撃目でこちらの刀が弾き飛ばされた。
 視界がぼやけ、揺れる。
 呼吸は浅く、速い。
 体の中心から力が抜けていく感覚。
 死の感覚。

 第五撃は動く事さえできなかった――。

 宙を舞っていた妖刀が地面に突き刺さった。
 持ち主の姿は既に跡形もなく消滅していた。

 「最初の一撃で終わらせたつもりだったんだが……」
 揺れる陽炎の中に人影は一つ。
 呟きが誰もいない空間に響く。
 「その後も、まさか対応してくるとは……大した剣術だ。リハビリには丁度良かった」
 手にした剣は、輪郭の曖昧な真っ白な剣だった。
 「おっと、もう時間か。……不便な体だ」
 人影は陽炎に溶けていくようにゆっくりと消えていった。

 女性の姿ももう一つの人影も消えた。
 残された黒竜の屍と女性の妖刀だけが陽炎に揺れていた――。

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