秋 2

 蝸牛の行進のような速度で進む人波に流される以外に取れる行動はほとんど無い。
 「あー……、くそッ!」
 悪態と共にため息を吐き出し、苛つきを抑える。
 隣のキルを見た。
 身長の低いキルは人集りに完全に埋もれている。
 キルにとってはその光景も珍しいのか、仕切りに周囲をチラチラと見ているようだった。
 その様子を見ていて、そういえば、と思い話しかける。
 「キル」
 「ドレ、なに?」
 「逸れたら俺の魔力辿って着いて来いよ」
 「ん、わかった」
 キルはこくんと頷いた。
 約束さえしておけば、キルならこの人混みの中でも一切の問題なく俺まで辿り着ける。
 まぁ、人混みのせいで様相が変わっているがそもそもは慣れ親しんだ街なので逸れても迷子になるようなことは無く、いつも通り夕方を過ぎれば勝手に帰って来るだろうが。
 というのは置いておいて、とりあえずこれで迷子に悩まされることは無くなった。
 余計な思考をせずに済む。
 改めて、視線をキルから人混みに移した。
 相変わらず進みは遅い。
 何処かから裏路地に入って、さっさと人集りから抜けたいところだが、見渡す限り人の群れで裏路地に入ることも難しそうだ。
 なんで、パレードが終わったというのにここまで人混みが進まないのかといえば、大通りの脇に無数に出ている露店のせいだろう。
 パレードにかこつけて売り上げを稼ごうという商魂逞しい商人連中が所狭しとテントを広げている。
 それにつられて人混みの中でも買い物する連中がいるものだから人波が進まないのだ。
 「チッ、有力者共も規制ぐらい入れろよ」
 舌打ちと共に愚痴を溢した。
 愚痴を溢したところで人波は進まない。
 今度はため息が出た。
 キルを見る。
 相変わらず物珍しそうに視線を動かしている。
 周囲に目を向ける。
 人混みとちょうど横に来た露店が見えた。
 偶然、露店の店主と目が合った。
 「お! ドレじゃねぇーか!」
 「あ? あぁ、肉屋のおやじか」
 視線が合い、話し掛けてきたのは普段は俺の家の近所に店を構える肉屋の店主だった。
 どうせ人波に流されていても時間は掛かるのだ、立ち止まって世間話してもさして変わらないだろう。
 俺が立ち止まるとすぐ後ろにいた人に嫌な顔をされるが、今更それを気にする程殊勝に生きていないので無視する。
 何人かに嫌な顔をされたが、そのうち人波は立ち止まった俺を避けて流れるようになった。
 改めて肉屋に話しかける。
 「すげー、人出だな」
 「おう、この街にもこんなに人間がいるもんなんだなぁ」
 「観光客も相当数いそうだけどな」
 「こんな辺境にわざわざ来てんのか? ご苦労なこったな」
 「まったくだ。おかげで俺はこの有様だよ」
 わざとらしくため息を吐くと、肉屋のおやじが豪快に笑った。
 会話がほんの少し止まったタイミングで肉屋の露店を改めて見た。
 おやじの目の前には火の点いた炭とその上網。
 さらにその網の上に所狭しと肉の串焼きが乗っていた。
 いかにも肉屋らしい露店だった。

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