俺が晩飯のカップラーメンを食べようとすると必ず怪人が出現するせいで、倒した頃にはカップラーメンを食べるにはもう遅い

 カップラーメンは日本が生んだ偉大な発明だ。
 カップラーメンが救って来た食卓は日本のみならず世界中にあり、その数は知れない。
 そして、当然我が家の食卓もその例に漏れない。
 薬缶に水を注ぐ。
 空の薬缶が独特の甲高い音を立てて満たされていく。
 右手に掛かる重さが適当な所で蛇口を閉めて水を止める。
 薬缶の蓋を閉めて、コンロに置く。
 一息ついてからコンロに火を点ける。
 カチッ、カチッ……。
 「あれ……?」
 火が点かない。
 何度も試すが一向に火が点かない。
 最近はこういう事が多い。
 理由はわかりきっていて、コンロが古く、半ば壊れているようなものだからだ。
 このコンロは元々正規に購入したモノでもなければ、リサイクルショップで中古品を買ってきたようなものですらない。
 橋の下で拾って来た。
 当時(今も相変わらずだが)、金が無く、一人暮らしを始めたはいいものの家財道具すらまともに揃えられていなかった。
 そんな中で散歩中にたまたま見つけたのがこのコンロだった。
 俺は一か八かでコンロを拾って来て、特に故障もなかったことを確認してから使い始めた。
 あれから約二年、そう考えればよく持ってくれた方だろう。
 「…………」
 そんな事を考えながらも諦めずにノブを何度も回す。
 なんせ買い替える金が無いからだ。
 動いてもらえなければ困る。
 電池が切れたというだけの可能性もある。
 一般的なガスコンロの点火装置は電池で動いているので、挿入されている電池の残量が無くなっていれば点火出来ない。
 前に電池を交換したのはいつだったか、おぼろげな記憶を辿ってみたりもするが、そもそもうちには換えの電池が無い。
 となれば、別の方法が必要だ。
 ガスを出した状態のコンロにライターなりなんなりで無理やり火をつけてやれば解決する。
 タバコは吸わないが、電気を止められた時用にロウソクとマッチ、ライターはきちんと準備してある。
 仕方ない、面倒ではあるがそれらを引っ張り出して火を付けよう。
 考えをまとめて、最後にカチリと点火にチャレンジしたところで、ボウッという音を立ててコンロは大人しく火を灯した。
 薬缶に着いている細かな水滴がチリチリと音を立てる。
 「…………」
 なんとかコンロが動いてくれた嬉しさと散々考えていたことが必要なくなったやるせなさが一気にやってきてなんとも微妙な気持ちが沸き上がった。
 まぁ、良しとしよう。
 ゆっくりと過熱され始めた薬缶はまだ冷たい。
 今のうちに夕飯になるカップラーメンを用意しておこう。
 俺はキッチンから居間に移動し、ちゃぶ台(ちなみにこれも拾って来たもの)の上に置いたままのコンビニの袋を手に取った。
 それなりに膨らんだ半透明の袋の中身は色々な種類のカップラーメンだ。
 数日分を先程買い込んできたもので馴染みのある商品から見覚えはあるが今まであまり買った事のない商品、新商品など中身は多種多様。
 この袋の中の多種多様さはつまり、それだけカップラーメンという文化が日々進歩を続けていて、なおかつ多くの人々の間に根付いているという事だ。
 なんせこれらを買ってきたコンビニにはこの数倍の商品が並べられていたわけで、それを考えればなおさらのことだろう。
 鼻歌交じりに袋の中から適当な一つを取り出す。
 「おっ」
 手に取ったのは円筒状の形をした最もスタンダードといって差し支えの無い商品だった。
 やはりカップラーメンと言えばコレだろう。
 透明なフィルムをはがし、蓋も半分まではがす。
 準備は完了。
 キッチンの様子を伺う、がお湯はまだ沸いていないようだった。
 「まだか……」
 薬缶の様子は先ほどとそう変わらず、湯気を立てる様子もなかった。
 もう少しかかりそうなので、ちゃぶ台の上に置いたリモコンを手に取りテレビを点けた。
 時間帯の関係でテレビに映ったのは夕方のニュースだった。
 画面の左端に映ったキャスターが右端に映るニュースの帯を順番に読み上げていく。
 帯に書かれたニュースはどれも陰鬱な内容が多かった。
 それもそのはずだろう、なんせつい二年前に世界は突如として変わってしまったのだから。
 怪人。
 そう呼称されるヤツらはこの世界に突如として出現し人間の脅威となった。
 二年の月日が経過した現在にあっても怪人が何処から出現しているのかは不明のままで、彼らはいつでも神出鬼没。
 その上、一部の大規模な戦略兵器のようなものを除いた現代兵器ではヤツらに殆どダメージを与えることが出来ない、というのがかねてからの大問題でそのせいで怪人が現れた当初は数多くの人間が犠牲になってしまった。
 人類はこのまま怪人という存在に滅ぼされるのではないか、という懸念が現実味を帯び始めた頃、遂に人類の希望が現れた。
 ヒーローの存在。
 それらが人類の中から現れ始めた。
 ヒーローについてもほとんどの事はわかっていない。
 怪人の出現によって何かしらの影響を受け特質を得た希少人類、そんなふわっとした言葉程度に解釈されている。
 なによりも重要だったのはヒーローの攻撃が怪人に通じたこと。
 ヒーローになったほんの一握りの人間たちが得た特質の形は様々であったが、そのどれもが怪人に特殊なダメージを与えることが出来た。
 それまでは怪人を倒すために街ひとつを破壊する様な大火力が必要であったため被害の大きさも街ひとつ分程であったのが、それらをかなりの小規模に納められるようになった。
 ヒーローの出現は人類に希望を与えたが、それでもこの二年の間怪人は出現し続けていて、問題の根本的な解決には至っていない。
 ニュースでも特に大きく報道されていたのは先日出現した怪人によって受けた被害だった。
 死者一七三名。
 2 日前に現れ、駆け付けたヒーローと交戦したが、倒される寸前に怪人は逃走。
 現在も点々と出現と逃走を繰り返し、被害はじわじわと拡大を続けている事が若い男性キャスターの口から告げられる。
 無意識のうちに握りしめていた拳がギリッと音を立てた。
 次は――。
 ピィ!!とキッチンの方から大きな音が聞こえ、我に返る。
 「おっ、と。やっと沸いたみたいだな」
 自分に言い聞かせるように呟いて、拳を解き、カップラーメンを持ってキッチンへ戻る。
 カップラーメンをキッチンに置き、まずはけたたましい音を立てる薬缶を火からおろす。
 はじめはけたたましいままだった薬缶が段々とその音を小さくしていく。 「……えっ?」
 さて、お湯を注ごうかという段階であることに気付いた。
 薬缶の取っ手とカップ麺に赤い液体が付着している。
 すぐに血だということに気付き、自分の掌を見てみる。
 真っ赤に染まっていた。
 どうやら思っていた以上の力で拳を握りしめていたらしい。
 お湯を注ぐ前に手を洗う。
 水は淡い赤に染まるが、痛みも傷ももうなくなっている。
 「はぁ……」
 ため息を吐きながら、薬缶とカップラーメンを布巾で拭う。
 「あ、タイマータイマー」
 途中でタイマーが無いことに気付き、居間に置いたままのスマートフォンを取りに戻る。
 ちゃぶ台の上に置いたままのスマートフォンを手に取り、画面を付ける。
 メッセージの着信は無し。
 確認してからタイマーを起動し、計測時間を三分にセット。
 キッチンに戻り、カップラーメンにお湯を注ぎ、タイマーをスタートさる。
 あとは待つだけ。
 なんとなく、居間の方には戻らなかった。
 どうしてもニュースが気にかかる気がしたから。
 手持ち無沙汰になり、時間の減っていくスマートフォンの画面を眺めてた。
 残り時間が二分を切った。
 カップラーメンの香りも漂って来て食欲をそそる。
 腹が減ってきた。
 そうだ、箸を用意しなくては。
 思い立ってキッチンを離れようとしたところで、スマートフォンの画面が一瞬暗転し、次の瞬間に着信を告げた。
 条件反射的に着信に対応する。
 「ヤツですか!!」
 短い言葉で確認する。
 気が付けば着の身着のまま家も飛び出していた。
 スマートフォンが三分の経過を告げていたが無視して通話を続ける。
 これ以上の犠牲は出させない。
 俺も、ヒーローの一人だから。

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