ドレの日常 3

 「あー……。で俺はなんでお前と飯なんか食ってるんだっけ?」
 昼だった。
 ギルドに隣接された食堂はいつも通りの賑わいを見せていた。
 遠くの方では冒険者数名が大食い対決でもしているのかその喧騒がこちらまで聞こえて来る。
 そんなうるさい食堂の目立たない端の席。
 喧騒から離れるように俺はそこに座っていた。
 目の前には先程注文した日替わり定食と、そして。
 「私の仕事もちょうど終わったからだな」
 ヴェルニアがいた。

 健診が終わって、やっとこの女と離れられると思ったのも束の間。
 「ちょっと待っとけ」
 と呼び止められた。
 それに従う理由は特に無かったが、後で文句を言われるのも面倒なので俺は棒立ちのままヴェルニアを待った。
 もしかしたら検査結果に何かあったのかもしれない、なんて考えながらヴェルニアの方を見れば、奴は何やら診察室の片付けを始めていた。
 理由が分からないまま、俺はその様子をぼうっと眺めていた。
 ヴェルニアは慣れた手付きで素早く片付けを終えると、診察道具の入った鞄を持ち上げて立ち上がりこちらを見た。
 「さあ、行くぞ」

 「今日の健診はお前が最後だったんだよ。だから、あとは昼飯食って帰るだけ」
 ヴェルニアは俺とは内容の違う日替わり定食に口を付けながらそう説明した。
 「それでなんで俺がお前と飯を食わなきゃならんのだ」
 文句を言いながら俺も定食に口を付けた。
 この食堂の名物でもある定番スープは今日もいい味を出している。
 「どうせお前も暇だろう」
 「暇とは限らん」
 「キルが居ないのに?」
 「ぐっ……」
 コイツにキルが遊びに行ったことを告げたのは失敗だったかもしれない。
 ヴェルニアはしってやったと言わんばかりにほくそ笑んだ。
 その態度がムカつく。
 「まぁまぁ、そうカッカすんなよ。こんな美人と飯が食えるんだから別にいいだろう?」
 「自分で言うな、自分で」
 まったくこの女は、なんて思いながら食事を進める。
 ふと、目が合うと今度は穏やかな笑顔を見せた。
 ヴェルニアは自称しても嫌味ではないぐらいには実際に美人で、その笑顔を見ると俺も吊られて表情を崩してしまった。
 それは穏やかな時間だった。
 周りの喧騒はうるさいけれど、窓から見える日差しは柔らかく気温も穏やかで。
 食事の途中だが、俺は思わず窓から覗く雲のない空を見上げてしまった。
 サンドイッチを持たせておいたが、キルも今頃食事をしているだろうか。
 そんなことを考えてしまうことが、らしくなくて俺は俺に呆れたように苦笑した。


  
 夕方。
 帰路に着いていた。
 なんでこんな時間まで外にいたのかと言えば、ヴェルニアに付き合わされたからだ。
 ギルドの仕事を受けた関係でヴェルニアの診療所は本日お休みにしていたたそうで、どうやら暇だったらしい。
 奴は昼食の後も買い物に付き合えだの、荷物持ちをしろだの、家まで送れだの、こんな時間までになったのだから一杯付き合えだの、散々俺を振り回してきた。
 キルが家に居れば、すぐに帰っていただろうがヴェルニアの言っていた通りキルが居なければ俺も暇なわけで、文句を言いつつも一々付き合ってしまった。
 日が落ち始めて一層涼しくなった風が街の中を吹き抜けた。
 普段ならば少し肌寒いかもしれないが、今はほんの少しだけ飲んだ帰り道。
 仄かに火照った体には丁度良かった。
 いつの間にか、すっかり変わってしまった気がする。
 昔の俺はもっと、常に何かにイラついていた。
 きっと昔の俺ならば今日のように女に振り回されることをよしとしなかっただろう。
 それを良しとしてしまったのは、すっかりおっさんになったからかもしれない。
 けれど、きっと違う。
 俺の変化の原因なんてものはどう考えたって明確だった。

 「ドレ……!」
 不意に背後から声が掛かった。
 よく知っているその声に俺は特に警戒することもなく振り返った。
 そこに居るのは虚ろな目をした幼い美少女。
 「おー、今帰りか?」
 「うん。そう」
 俺が訊ねるとキルは満足そうに頷いた。
 「随分、遊んだんだな」
 「うん。……ドレは? ドレも……今帰り……?」
 「おう、滅茶苦茶な女に振り回されたせいでな」
 「滅茶苦茶……?」
 キルはヴェルニアを思い浮かべなかったらしく首を傾げた。
 その姿がなんだかおかしくて俺は思わず笑った。
 笑った俺を見て、キルはもう一度首を傾げた。
 「今日は楽しかったか?」
 「今日……? 楽しかった……!」
 キルがゆっくりと楽しそうに今日の出来事を語り出した。
 きっと、酔っていたからだろう。
 俺はその様子を見ながらキルの頭を撫でた。
 突然のことに最初は言葉を止めて不思議そうにしていたキルだったが、やがてくすぐったそうに笑った。

 「さて、帰るか」
 「うん」
 キルの手を取って、俺は夕暮れの街を歩き出した。

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