Cランク冒険者 2

 「見ろ。あれがゴブリンだ」
 岩場の影から少しだけ顔を出して今回の目標の姿を確認し、指を差した。
 「ほー。あれが」
 俺と同じように岩場から顔を出した少年が感心するように呟いた。
 俺が顔をひっこめると少年も同じように顔をひっこめた。
 それから自分の心を落ち着かせるように息を吐いた。
 隣を見る。
 少年は愛用の剣を片手に今にも岩場を飛び出していきそうだった。
 「アレを斬ってくればいいんすね」
 「待て待て待て待て!!」
 いかにも気軽な様子の少年を慌てて止める。
 「えぇ。なんすかー?」
 ちょっと迷惑そうな顔をする少年だが行動は止まった。
 「まだきちんと観察が終わってないだろう? 相手を観察すること。これは本当に重要な事なんだ」
 「はー。なるほど」
 俺が諭すように言うと少年は意外なほどあっさりと納得したような声を上げてもう一度岩場の影に戻り、ゴブリンを観察し始めた。
 その様子を見て、俺は小さくため息を吐いて額に流れた汗を拭った。
 

 ことの発端はつい先日、依頼達成の報酬を受け取りにギルドに行った際のことだ。
 報酬を受け取るついでに馴染みの受付嬢と世間話をしていると奥からギルドマスターが現れ、俺に新たな仕事を依頼してきた。
 将来有望で、優秀な若いやつがいるが冒険者としての経験は何もなく、そして若い。だからちょっと面倒を見て欲しい。
 つまりは教育係といったところの内容だ。
 確かに今までに何人か(その時の成り行きによって)同じような初心者の面倒を見てきたことがあったが、なぜわざわざなんともパッとしない万年Cランク冒険者の俺に頼むのだろうか?
 将来が期待されるほどに優秀なのであれば、面倒を見るのにもそれ相応な人物が担当するべきではないだろうか。
 疑問と文句が浮かんでくる。
 が、かつて面倒を見た初心者の内の一人であった現ギルドマスターにさえ強く出られない俺には頷く以外の選択肢など存在していなかった。
 
 そうして依頼という名目で実質的に押し付けられたのが隣で真剣にゴブリンを見張っている少年だった。
 今日初めて会ったのだが話で聞いていた以上に若いので驚いてしまった。
 若いというよりも幼いといった方がいいかもしれない。
 なんせ本人が言うには十五になったばかりだという。
 彼の人生よりも俺の冒険者歴の方が長いのだからなんとも困ったものだった。
 困ったついでにギルドに文句を言おうかという思いを飲み込んで、面倒を見る前に軽く手合わせをした。
 ここでまた驚く。
 なにせ簡単に打ち負かされてしまった。
 いや、確かに俺は所詮冒険者としても落ちこぼれの男ではあるのだが、それでも大人としての矜持やら経験やらでハッタリくらいなら利かせられるのだが。
 それらには何の意味もなく、それはもうあっさりと正面から打ち負かされてしまった。
 聞けば街の剣術道場では大人でさえ太刀打ちできないような実力らしく、そのため十五という若さで冒険者になることを薦められたという。
 将来有望と謳われるわけだった。
 そうなれば尚のこと俺が何かを教える必要があるのか?と思ってしまうがうだうだ言っていてもしょうがない。
 俺は覚悟を決め、彼を連れて初心者向けの簡単なクエストを依頼した。
 落ちこぼれとはいえ俺も冒険者の端くれ。
後進の育成は大事な責務で、それが所属ギルドの有望株なら尚更だ。

そうして訪れたのがこのゴブリンの討伐任務だった。

 「あ」
 少年が小さく声を上げた。
 ゴブリンの様子が動いたのだろう。
 俺も岩陰から顔を出して向こうの様子を見た。
 ゴブリンはどうやら移動を始めたようだった。
 数秒もするとこの岩陰からはゴブリンの姿が見えなくなった。
 「行っちゃいましたよ?」
 少年はどうするのだろうと首を傾げ、こちらの意見を促した。
 やっぱりさっきの時点で斬り伏せてしまえばよかったのではないか?と思っているのだろう。
 パッとしない俺はともかく少年の実力であれば実際にあの時点で簡単に依頼を達成できていただろう。
 それでも特に癇癪を起したり、直接的に文句を言ってくることもなくこの場を預かる立場にある俺に意見を窺う少年は本当に聡い子だ。
 実力もさることながらその素直さは少年の大きな武器だろう。
 「いや、それでいいんだ」
 そんなことを考えながら座っていた岩場からゆっくりと立ち上がる。
 少年も俺に倣うように静かに立ち上がった。
 「後を追おう」

 先程までゴブリンのいた地点に到着してもゴブリンの姿は見えなかった。
 少しだけ怪訝な顔をする少年だが何かを言うことは無かった。
 俺は先ほどまでゴブリンが立っていた地点を観察する。
 「さっきまでゴブリンが立っていた場所が何処だかわかるかい?」
 「? そこじゃないですか?」
 少年が俺の見ていた場所を指差した。
 「なんでわかった?」
 「え? さっきまで見てたんすから大体わかるじゃないですか」
 「まぁ、確かに君の場合はそうかもしれないけれど……」
 天才と呼ばれるような連中の感覚は鋭く、そして正確なのだろう。
 でも、感覚以外の方法を知っているということも重要だ。
 「よく観察するんだ。そうすれば見えてくるものがある」
 「観察……」
 「冒険者にとっては重要なスキルの一つだ、私は思っている」
 そう言ってやるだけで、彼は真剣な眼差しで周囲を見つめ始めた。
 やはり素直な子だと思う。
 それでも知識もなしに考えることは難しいだろう。
 そして、そこを補うために俺が同行しているわけだ。
 「ほら此処。岩場の中なのにごつごつしている石が少ないだろう?」
 明らかに周囲から浮いている空間が出来ている。
 俺はそこを指差した。
 「さらにそれがずっと森の中まで続いているのがわかるかな?」
 「……なるほど。道になってますね」
 少年が納得したように呟いた。
 「さっきのゴブリンは足に何も装備していなかった。いくら人間とは違って頑丈に出来ていても裸足で歩くとなれば尖った石の上は避ける」
 ゴブリンの姿は比較的人間に近い。
 姿が人間に近いということは移動する場所も共通点が出て来るということ。
 見失っても『道』を辿ればいいだけ。
 「さて、追いかけて行こうか」
 少年に笑いかけ、その『道』を進んでいく。

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