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小説

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2019年7月の記事一覧

『生き別れの妹』

 突然だが、私には生き別れの兄がいる。
 まだ私の物心がつき始めたぐらいの時期に私の両親は兄と私の二人を残して死んでしまった。
 のちに聞いた話では、何でも当時の流行り病だったようである。
 私の住んでいた村にはきちんとした魔法医(回復魔法を使える医者)がいなかったらしく、処置できずに死んでしまったらしい。
 先に述べたように病気は流行り病だったので、私たちの両親以外にも村の大人子供問わず、多くの

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『究極の魔法について』

 「……おい、ババァ」
 「……なんだい? バカ弟子」
 少年が先行している女性に声を掛けると、先行している女性は足を止め、少年の方へ振り返った。
 天を衝くように聳え立つ山々の全体像が見え始めるほど上のほうまで歩いてきたようだった。
 麓から10時間近く歩いてきたのだから、それもそのはずである。
 少年には疲れの色が窺えたが、女性の方は汗一つ見えなかった。
 「日も傾き始めてるぞ、そろそろ野営す

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『十年前の約束』

 大きな道路に沿って車を走らせていると、やがて大きな青色が二人の目に飛び込んできた。
 「おぉ……!!」
 普段、あまり感情が表に出るタイプではない風島清景が珍しく助手席から感嘆を上げた。
 「海だ!!」
 運転席の宇野耕輔も楽しそうに声を上げた。
 初夏の平日。
 海のシーズンには多少早いが、気温は十分。
 晴天にも恵まれ、空も海も青く輝いていた。
 

             ♪ ♪ ♪
 

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『記憶喪失』

 「実は私、記憶喪失でして……」
 目の前の男性はコーヒーに口をつけながら、そう口にした。
 男性の突然の呟きがあまりに驚く内容だったため、俺は思わず読んでいた小説を閉じてテーブルに置き、男性の方に目を向けた。
 男性は先ほどの呟きが何でもなかったかのように、穏やかにコーヒーを飲んでいた。

1/
 時間は30分ほど前にさかのぼる。
 俺は街の中にいた。
 特に用事はなく、ただいつも通りのルートで

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『スパイ』

 どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだった。
 意識が覚醒しだす。
 束の間の微睡みは、寄せては返す波間に揺蕩う心地よさによく似ている。
 意識が覚醒しだす。
 遠くの方でサイレンが鳴っている。
 意識が覚醒しだす。
 そういえばこの音で眠りから覚めたのだった。
 やっとまともに動き出した意識に合わせて体を起こす。
 どうやら居間のソファーで寝てしまっていたようだった。
 長い溜息を一つ。

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