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よくわからない記(Vol. 3)

021.

薄暗い明け方のことでした。バーバラがバーパラを谷へ突きおとしてしまったのは。パーバラとハーバラは街を出ていたのでその事実を知る術もありません。街にいるバーハラもあんな調子の人ですからまったく気づいていないようです。ハーハラは言うまでもないでしょう。でもパーパラだけはちがいました。

022.

今年の春も109爺さんの話になった。だれかが「相変わらず元気だろうか」と聞き「なに言ってんだよ。もうとっくに星になっただろうが」とだれかが答える。昨年もそうだった。二年前も三年前も。来年の春だってそうだろう。二年後も三年後も。109爺さんは生きつづけるのだ。もうとっくに星になりながら。

023.

彼は縦ノリしながら静けさに包まれた街をひとり歩いていく。イヤホンやヘッドホンはつけていない。なにか音楽を聴いたり歌を口ずさんだりしているわけではない。それなのにうっすらと目を閉じて歩きつづける。自らの内から湧きあがる一定のリズムをうっとりと全身で刻みながら。今日も脈拍に縦ノリで。

024.

腹が減ったので「ごはんにまぜるだけでおいしい!」と書かれたレトルトの具材でビビンバをつくる。なにやら饐えた臭いがして賞味期限を確かめる。ちょうど10年前に切れていた。買ってきたばかりなのに。よく見ると「ごはんに」と「まぜるだけで」のあいだに「時空を超えて」との小さな吹き出しがある。

025.

「仕事 疲れた やめたい」。今この街で検索されている言葉たちが夜空を流れては消えていく。公園の芝生にひとり寝そべって。バルコニーで家族とワインを飲みながら。彼は思い思いに見上げる人々を見下ろしてビルの屋上に立つ。「焼肉食べ放題 おすすめ」「前向きになれる動画」「ビル 屋上 転落 だれ」

026.

街角のベンチで「前歯が2本だけ生えていて真っ赤に血走った目をグリッと見開きながら飛びはねているポーランドかどこかの演奏家みたいな人を見かけませんでしたか」と前歯が2本だけ生えていて真っ赤に血走った目をグリッと見開きながら飛びはねているポーランドかどこかの演奏家みたいな人に聞かれた。

027.

突然、街に大歓声が響きわたる。家から飛びだした人々が言葉にならない叫び声をあげながら群衆となって渦を巻く。その光景を二階のベランダで眺めていると興奮した男がよじ登ってくる。真っ赤な顔で涙を流す見知らぬ相手と力強くハイタッチをかわし何度もハグをする。いったい、なにが起きたのだろう。

028.

自分なんて取るに足らない存在だ。そう嘆く彼の眉間に大きなニキビができてしまった。よく見るとなにかのボタンのような形をしている。彼はすこし迷ってからためしに押す。これで世界を吹きとばせたりしてと自嘲気味に笑いながら。でも残念ながらなにも起こらない。まったくなにも。彼が消えただけで。

029.

パラパラパラパラパラ。夜が雨に包まれる。しばらく降りつづきそうな勢いだ。でも天気予報に傘のマークはひとつもない。来週までポテトフライのマークが並んでいる。目を閉じて耳を澄ます。パラパラパラパラパラ。たしかに油で揚げられているようにも聴こえる。あたりに降りそそぐ無数のポテトたちが。

030.

昨夜からの激しい雨でことごとく散った桜の花びらが路上で満開になっていた。天地がひっくりかえったかのように。彼はその光景を道端で見下ろしながら「咲いているときより美しい」と思った。すると身体が静かに回転してさかさまになる。そして雨上がりの空へひらひらと揺れながら吸いこまれて散った。


from『よくわからない記』- よくわからない日々。
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