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よくわからない記(Vol. 4)

031.

街がドレッドヘアの人々であふれていた。すっかり春なのだ。季節が移ろう早さに目眩がして森へ逃げこむ。すると木々のいたるところに垂れるドレッドヘアの抜け殻のそばで無数のアフロヘアのつぼみがすでにふくらみはじめていた。ああ、もう夏まで待ちかまえている。その場で崩れるようにしゃがみこむ。

032.

鏡にうつる自分の姿がふと気になる。違和感の正体がつかめず、ひさしぶりにまじまじと目にしたくもない相手と見つめあう。しばらくして「ああ、これか」と気づく。よく見ると身体の輪郭がギザギザになっていた。うまく切りぬかれていない画像のように。次はもうすこし腕のいいデザイナーへ依頼しよう。

033.

街のいたるところで大地から浮かびあがった巨大なホチキスの芯たちが次々と倒れていく。すべて抜けてしまったら世界はどうなってしまうのだろう。錆びた轟音が響きわたるなかで人々はどうすることもできないまま茫然と立ちつくす。やわらかい春風にひらひらと煽られはじめた地平線を遠くに眺めながら。

034.

洗濯物が山のように積まれていた。一人で暮らしているはずなのに。しかも、ただの服ではない。まわしだった。よくわからないままデッキブラシで一つひとつこすり、なんとかすべてを庭に干す。でも休んでいる暇はない。さっそく台所で大量の具材を刻み、大鍋で煮こむ。おいしいちゃんこをつくるために。

035.

玄関をあけた瞬間、一本道の両脇に並ぶ人々からスタンディングオベーションが巻きおこる。いったいなぜ。これで三日連続だった。行きも帰りも。また今夜もこの拍手喝采を浴びながら家へ飛びこむのだろうか。逃げるように駆けぬける背中を「ブラボー!」とだれかの歓声が追いかける。もう帰りたくない。

036.

となりに座る見知らぬ相手から「きみが一番好きな曲をかけて」と言われたのでマスターにリクエストすると、人生で辛いときにいつも救われたハイトーンボイスが「ケツ臭いキミがスキ!ケツ臭いキミがスキ!」とシャウトしつづけた。凍りつく店の空気を切り裂くように。こんな歌じゃなかったはずなのに。

037.

波打ち際に異国のビンが流れついていた。中には大切そうに小さく畳まれた紙片が。コルク栓を抜くと嗅いだことのない匂いが一瞬だけ漂う。高鳴る胸をおさえてメッセージをひらく。だれにも見られないように木陰でそっと。すると色あせたインクで書かれた言葉が現れる。 "NOTHING SPECIAL"(とくになし)

038.

赤いキャップをかぶる彼が「アイ」と告げたままフリーズしてしまった。彼女は彼をさかさまにして何度も振る。マヨネーズみたいに。すると頭の先から「シテ」と続きの台詞が絞りだされたものの「ブッ」とまた止まってしまう。それから彼はもう二度と口を開かない。「アイシテブッ」と愛の言葉を残して。

039.

アラームが「停止」を押しても消えない。赤と青のコードがスマホから飛びだしている。寝ぼけたまま適当にどちらかを引きちぎる。窓の外に閃光が走る。遅れて爆音が遠くから聞こえる。煽られたベランダの洗濯物は落ちることなく左右にしばらく揺れる。その光景を眺めているうちにまたいつのまにか眠る。

040.

世界中で込められつづけてきた「自戒」が限界を超えて大爆発するとのニュースが流れた。いったいどうなってしまうのか。人々はパニックに陥ったものの結局なにも起こらなかった。そもそもだれも本当に自戒なんて込めていなかったのだ。もう二度と事実無根の報道に踊らされてはいけない。自戒を込めて。


from『よくわからない記』- よくわからない日々。
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