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よくわからない記(Vol. 2)

011.

202氏を訪ねると、ひどく悩んでいた。話しはじめた瞬間に自分の後ろの時空がねじれて宇宙になってしまうらしい。宇宙を背にしながら話すと、なにもかもが胡散臭くなり、だれも真剣に聞いてくれやしない。そう202氏は嘆く。色とりどりの惑星が浮かぶ宇宙を背景にして。胡散臭くて聞いていられなかった。

012.

今年の漢字に「羹」が選ばれた。とくに理由は書かれていなかったが、この街で暮らす人々は異論を唱えるどころか何度も深くうなずいている。だれもが納得しているようだ。それにしてもいったいどうして羊羹の「羹」なのだろうか。まったくわからなかった。この一年間、この街で暮らしてきたはずなのに。

013.

雷鳴が轟き、空が渦を巻く。ぽっかりと姿を現した深淵なる暗黒を人々は祈るように見上げる。その願いも虚しく、その巨大な穴は激しく震えはじめる。得体の知れないなにかが天から降りかかる。だれもがそう世界の終わりを覚悟した瞬間、プッとすかした音が鳴る。ただそれだけ。街には光と静けさが戻る。

014.

換気扇を拭くと油汚れの下から「あたり」が現れた。新しい換気扇がもらえるのだろうか。それなら掃除なんてしなくていいか。そう思った瞬間、力が抜けて動けなくなる。かわりに新しい自分が届き、雑巾を手にしたまま完全に停止した自分は配達業者に回収されていく。ああ、ちょうどよかった。ラッキー。

015.

ポップコーンであふれかえった収集車が走りまわっている。今日は一年で一度の「ポップコーンを捨てる日」なのだ。人々は家のいたるところに溜まったポップコーンを隅々までかきあつめる。焼却場からは不発のまま残っていた粒たちのパンパンと弾ける音が聴こえてくる。はやくも香ばしい春の匂いがする。

016.

ギラギラと輝く巨大なミラーボールが天から降臨した。よく晴れた冬の空にノリノリのダンスミュージックが爆音で流れだす。その下では一心不乱に踊りつづけるスーツ姿の男が一人だけ。他の人々はみな彼に目もくれず、無言のまま表情を変えずに通りすぎていく。強くなりはじめた冷たい風に首をすぼめて。

017.

千年に一度、たった一人だけ中を見ることが許された漆黒の箱が、群衆から選ばれし一人の女の手でついに開かれた。そこにはなにもなかった。千年も待ったのに。女はなんとも言えない感情を押し殺すように蓋を閉める。千年後もまた箱は開かれるのだろう。そして、なんとも言えないままに閉められるのだ。

018.

いつからだろうか。彼女の気配を感じるようになったのは。目を閉じてシャワーを浴びているときに。目を開ければ消えてしまう。だから姿は知らない。でも紛れもなく「彼女」だった。見たこともない彼女はたしかに存在している。どこにもいないけれど。そしてついに今夜。彼女の手が背中にそっと触れた。

019.

街の煙突がことごとく巨大な鉛筆になっていた。その光景をスケッチでもしておこうかとペン立ての鉛筆のキャップを外す。すると黒い煙がモクモクとあがる。どうやら街の鉛筆がことごとく小さな煙突になっているらしい。しかたなく煙突にまたキャップをはめる。そして海辺の工場の鉛筆群を遠くに眺める。

020.

山奥の小道で錆びた踏切に出た。廃線のものだろう。そう思った瞬間、遮断機がカンカンカンと降りはじめる。そして目のまえに水平線が現れた。ザアザアザアと波音を立てながら線路を走りぬけていく。遠くには沈みゆく夕陽が海風に揺られていて、思わず一歩二歩と踏みだしてしまう。穏やかな波打ち際へ。


from『よくわからない記』- よくわからない日々。
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