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「欅と丘が消えるまでに」  ショートショート【1600字】

丘の上、僧侶は小さなけやきの木に手を当て静かに預言をした。

「この丘と欅の木が消えるまでに隣の島に移りなさい、いずれこの地には誰も住めなくなるだろう」

花畑の真ん中に突然現れた高さ5メートルほどの丘。
その真ん中に生えた欅の木の周りには色彩り豊かな花が咲いていて、ウサギや猿や犬など様々な動物と一緒に子供や大人が話を聞いている。

「僧侶さま私たちはこの土地を離れたくはありません」

この地は豊かな農作物が実りとても過ごしやすい村だった。

「あなたたちに必要なことなのです、時に変化を恐れずに何かを捨てなければならないのです」

その話を聞いた皆は僧侶さまが言う事ならばと納得し隣の島に移る決意をした。
欅の木が消える、木の寿命を迎えるまでに。



それから100年。
花畑の真ん中に現れた丘と欅の木は共に大きくなり丘は高さ50メートルほどになった。
村を見下ろす欅は村のシンボルである。

僧侶さまに変わり丘の上に住むことになった族長がこの街の皆を導いてきた。
ところが3代目になった族長は酒や女好きで村の者たちは理不尽なまでの年貢で酷く苦しんでいた。

族長はある日考えた「今の暮らしはこの地のおかげ、作物が育ちにくく狭いあの島になんぞ移りたくはない、欅が寿命で消えぬようにしなければ」


こうして、族長は知恵を絞り家臣達と家を建て直した。

欅の木を柱に見立て中心に置く。普通は柱で建物は支えられるのだが実は建物で欅の木を支えているという奇妙な族長御殿が完成する。


族長は我欲にまみれた生活を満喫していたある日、欅の根元が腐りかけていることを見つけてしまった。
当然そのことに気づいたのは族長ただ1人だった、族長は誰にも話さず事実を隠蔽、「この丘と欅の木が消えるまでに隣の島に移りなさい」
この言いつけを族長は守らなかった。
村人もこの事実に気がつくこともなく月日は流れる。


次の春、村には緑が戻る。
しかし欅の木は芽吹くことはなかった。
不思議に思った村人が族長に詰め寄る「欅の様子がおかしい根元を見せてくれ」


しかし族長はかたくなに拒んだ。


「欅の様子がおかしい、これは一大事だが族長は何か隠している!」

村人は船を用意し、家畜や動物を乗せ村を脱出するつもりだ。


追いかける様に族長は港に現れると言った「ゆ、許さんぞ!もし隣の島に移ったならば対岸の島と戦争だ、あんな小さな島に移って豊かな暮らしができるものか!」

「あんなデタラメな古い話など信じる奴は後悔するがいい!」

族長は必死に村人たちを引き止めた
「俺は新しい生活が怖いんだ、やはり村に残る」

「俺はここにやっとの思いで建てた家や財産があるそれをおいては出ていけない」

族長に近かった者から口々にそう言うと船を降りた。

「族長!!そのでたらめな話で村人を支配していたあなたが、そんなことを言うなんて!隣の島でイチから始めればいいじゃないか」

村人は二分したが中でも貧しい者たちがこの慣れ親しんだ地を後にした。


そして村人が島に渡り終えた頃、欅の木がゆっくり倒れる。
丘の頂上がみるみる盛り上がり真っ黒い煙を上げ噴火した、一瞬で村は黒い雲に包まれた。
こちらに攻撃を仕掛けようと準備をする族長の悲鳴が対岸から聞こえた気もしたが爆発的な破裂音に全ての音がかき消された。
島に移住した村人たちはぼう然とその光景を見つめるのだった。



移住した島は畑を作りには大変な土地だったが不可能ではなかった。
それよりもたくさんの果物が自然に生い茂り、更に豊かな魚介類がたくさん取れた。

こうして島に移住をした村人は以前より豊かな暮らしを送ることができ、月日が流れこの島の主力産業は観光業となっていた。

色とりどりのフルーツ、豊かな美しい海と海の幸、そしてなにより一番の名物は対岸に見える雄大な火山を観れる景色がとても人気だった。

対岸より流れ着いた欅の木は島の小さな丘の上でまつられた、枯れたはずの欅から不思議な事に葉が芽吹き、小さな丘の上でまた新たな欅の木が生まれる。

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