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「丸いオレンジ色の幸せ」【1400字】ショートストーリー



「有田みかん」「愛媛みかん」
小ぶりの箱に書かれたその文字だけで口の中がなんだか潤ってくる。

母さんは得意なチラシを折り、彩り豊かな小さな折紙ゴミ箱を作る。
半分に割り、房を一つつまみ取り白いヒモを剥がしている。
優しくちぎれないように引っ張ると気持ち良く綺麗に剥がれた房を小皿に入れている。
母さんはその一つ味見をして
「これは甘い」
その甘い残りの房をきれいにヒモをとり渡してくれた。
口に運ぶと一生懸命ヒモを取ったせいか、少し柔らかくてふにゃふにゃになっている、それを俺はパクパクとほおばる。
母のミカンはほんのり柔らかく温い。


僕はいとこ達と爺ちゃんの家で「大晦日だよドラえもん」を観ている。
こたつの上には先程まで遊んでいたトランプが散らばってる。
誰が始めたか、蜜柑をオレンジのブロックの如くピラミッドの様に山積みに重ねた。
結局、ばくばく食べてるうちに勝負になった
「誰が1番先に食べ終わるか」
最終的に小ぶりなヤツをひと口で食べたりしたが喉が詰まっては大変だ。
いとこ達と食べる蜜柑は夜更かしも許されたお正月の味がした。


学校で凍った蜜柑がアルミの寸胴に沢山入っている。
白い割烹着の当番さんから僕の皿に乗せられた蜜柑は白い膜を張っている。
手の温度で溶かそうとするが、手が蜜柑の冷たさに負けそうになる。
食後まで放置して皮をむく、食べるとシャリシャリとした食感で口の中がさっぱりした。
給食の冷凍蜜柑は数少ない学校で食べられる氷菓だった。


手品が始まった。
みかんの皮をむかずに中身の数を数えると言う手品。
緑のあのヘソを取ることで数が知れる。これはいいことを聞いた。
いつか、僕も披露したい。


あの子はとてもお上品なお嬢様で窓際の白いカーテンの光が反射して彼女の髪はキラキラ輝いて見える。
みかんの皮を剥ぎ中の薄皮も開いて細い指で果肉をつまみ取る。
唇の中に吸い込まれたオレンジ色の蜜柑も艶やかに輝いて見えた。


病院のベッドの上にいる、食欲が全然ない。
クラスメイトが蜜柑の皮をむいてくれて、ヒモも取ってくれている。
「薄皮もむく?」
と言われたがさすがに照れ臭いので断った。
口に運んでくれた蜜柑は照れて味が分からない。


はじめての一人暮らし、はじめてのボーナスで段ボールのみかんを買ってみた。
こんなに食べられないよなと笑えた。
今年の大晦日とお正月はみかんをたくさん食べよう。
「手が黄色くなるよぉ」
そんなこと言われても俺には関係ない、一緒に食べまくろう。
あれから何年も風邪をひいて無いのは蜜柑のおかげかも知れない。
よく冷えた蜜柑は少し懐かしい故郷での思い出の味がした。


まるで俺のコピーだ。
腕に抱く赤子は小さい頃の自分の写真とそっくりで、否が応でも守るべき存在だと認識出来る。
皮をむき薄皮を剥ぎ、小さな口に運ぶと、歯ぐきの薄皮一枚下に白い歯が見えてきた、触ると硬さがあった。
みかんを持つ俺の手を、小さな手が両手でがっちり掴んできた。
そのまま口に運んで赤子は噛みしめてみた。
瞬間漫画で見た事がある目がバッテンになって口をへの字にした顔が一段と愛おしい。
蜜柑は愛おしい子供との楽しい時間を演出してくれた。


仕事の帰り、クリスマスケーキと一緒に1箱みかんを買う。
奥さんはチラシで彩り豊かな小さな折紙ゴミ箱を作る。
みんなの手元にはオレンジ色の丸く愛しい蜜柑が握られている。
父と母も蜜柑を両手に持つ孫たちを見ながら笑顔を浮かべて蜜柑をむいている。

俺は一房蜜柑を口に運び噛みしめる。

今年の蜜柑は甘くて最高だ。

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