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「遠くまで走れる靴」  ショートショート【1300字】


俺は新しい靴が嫌いだ。

別に靴ずれをして痛くなるとか、そういう事は別にどうでもいい。

真新しい靴はどうも靴ばかり目立つ。

学校でそんなつまらない事で注目を浴びたくないのだ。

とは言ったものの、同級生が履いているアシックスの運動靴がとても欲しかった。

マークがなんとも美しくてかっこいい。


母さんに靴を買いに行く時に欲しがってはみるが
「こっちの方が丈夫そうで安いじゃない!」

母に一蹴りされる。
似たようなマークが付いてるが一本ラインが多い安物の靴は何故か格好悪苦見えて仕方ない。


ある日、珍しく父さんが俺をスポーツ用品店に連れて行ってくれた。

飾られて輝くアシックスの運動靴に目を奪われた。

気難しい父だが今日はとても上機嫌だ。

「たまには好きな靴買っていいぞ」

昨日の夜パチンコで儲かったのかもしれないな。

「じゃぁこの靴が欲しい…です」

ブルーに白いラインのアシックスの運動靴を指差して恐る恐る頼んでみた。

「おお、かっこいい靴だな!よしこれにしよう」

俺は、少し鼻の穴が広がっている気がしたが、しかし極力冷静にコクリとうなずいた。

部屋に戻ると靴を箱から出し合わせて足踏みしたり鏡に映したり、最後は机の上に置き眺めたりした。

だめだ顔が緩む。


翌朝「行ってきます!」と学校へ向かう。

歩きながらチラチラと靴が視界に入り、また顔が緩みそうになり気がついた。

今めちゃくちゃ恥ずかしい。

通りすがりの人全てが俺の靴に注目している気がする。

学校が近づくにつれてクラスメイトに会うのが憂鬱になってきた。

顔を合わせてどんな反応したらいいか分からなくてとても気が重いのだ。

俺はわざと土の上を選んで歩き目立たないように新しい靴に土ををつけた。

土埃が新しい靴についた所でなお、新しい靴にちゃんと見える。

どうにもごまかせそうにもない。

「よお!新しいアシックスじゃんか!」

後から唐突に話しかけられた、クラスメートだ。

もうどんな顔していいかわからない、とても顔を合わす気にもならなくて、顔を逸したまま

「あぁ、おう。そうかもなぁ」

訳の分からない反応をとってしまいながらも顔が赤くなってる気がした。

しかし、なんでコイツは後ろから来てわざわざ俺の靴を見るんだ。

ずっと人の靴を見て歩いているんだろうか。

そう考えると人の靴ばっかり見ているこいつの方が悪いに決まっている。

校門が近づいて周りの生徒が全員俺の靴を見ている気がして足と手がどんなふうに動いてるのかすら分からない。

「あ、新しい靴だねぇ!ピカピカ!カッコいい」
隣に俺の好きな子が来てしまった。

もう心臓はバクバクだ。

「あ、そうなんだよね、でも何かかかとが痛くてさ」

あぁ、また悪態をついてしまった。

急いで上履きに履き替え逃げるように立ち去ってしまった。

褒められて嬉しくて、こんな顔見せられそうもない。


この日を境に俺は、靴が古くなるように朝晩とジョギングを始め、更に誰よりも早く学校に来るようになった。

運動会でリレーの選手に選ばれる事になるのは当然まだこの時の俺は知るはずもない。

俺は新しい靴が嫌いだ。


だが、この靴が俺をどこまでも遠くへ走らせてくれた。

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