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心を動かされる珠玉のサントラ盤(9):「サブウェイ・パニック」(デヴィッド・シャイア)

「ドラマティック・アンダースコア」のサントラ盤を毎回紹介しています。

「ドラマティック・アンダースコア」とは、映画の中のアクションや、特定のシーンの情感・雰囲気、登場人物の感情の変化などを表現した音楽のことで、「劇伴(げきばん)音楽」と呼ばれたりします。

今回ご紹介するお薦めのサントラ盤は――

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サブウェイ・パニック THE TAKING OF PELHAM ONE TWO THREE
作曲・指揮:デヴィッド・シャイア
Composed and Conducted by DAVID SHIRE
スペインQuartet Records / QR453

ニューヨークの地下鉄をハイジャック

ジョン・ゴーディ原作のベストセラー小説をベースに、「シャレード」(1963)や「料理長殿、ご用心」(1978)といったミステリ系映画の傑作をいくつも手がけている名手ピーター・ストーン(1930~2003)が脚本を書いた、1974年製作のアメリカのサスペンス映画。監督は「地球爆破作戦」(1970)「(TV)アメリカを震撼させた夜」(1975)「マッカーサー」(1977)等のジョセフ・サージェント(1925~2014)で、これはおそらく彼のベスト作。出演はウォルター・マッソー、ロバート・ショー、マーティン・バルサム、ヘクター・エリゾンド、アール・ハインドマン、ジェームズ・ブロデリック、ディック・オニール、リー・ウォレス、ジェリー・スティラー、トム・ペディ他。撮影はオーウェン・ロイズマン。原題名の「THE TAKING OF PELHAM ONE TWO THREE」は「ペラム駅1時23分発列車の乗っ取り」の意味。

コートに帽子に黒縁眼鏡に口ひげというお揃いの変装をしたミスター・ブルー(ショー)率いる4人組が、ニューヨークの地下鉄をハイジャックし、乗客17人と車掌1人を人質にして、現金100万ドルを1時間以内に届けるよう市当局に要求する。マッソー演じる地下鉄公安局警部補ガーバーと、冷徹なテロリストのブルーとの虚々実々の駆け引きが抜群に面白い。時間内に所定の小額紙幣で身代金を届けなければならないとの、タイムリミットが迫る緊迫した感覚を巧みに描写したサスペンス演出と編集、そして、全編に散りばめられたユーモアの絶妙なバランスが見事。

冒頭に、東京の地下鉄会社のお偉いさんたちがガーバーを訪問して、ニューヨーク地下鉄の設備を見学していくシーンがあるが、これは爆笑もの。いかにも日本人のカリカチュア的描写で、バカにされているように感じるが、最後に痛快なオチがつく。映画のエンディングの1ショットも素晴らしい。

1970年代に作られた作品であり、登場人物はいかついおじさんやおばさんばかりで、若い美男美女が主要なキャラとして登場しないが、今のハリウッドでエンタメ作品を作る場合、このキャスティングはあり得ないだろう(ミステリ作家の宮部みゆき氏が、この作品を「追う方も追われる方もこれほどカッコ良くない強奪ものというのは珍しい」と評している)。2009年にこの映画のリメイク「サブウェイ123 激突」が製作されているが、ブライアン・ヘルゲランドが脚本を書き、トニー・スコットが監督し、デンゼル・ワシントンとジョン・トラヴォルタという2大スターを対決させているにもかかわらず、オリジナルを超えることのない普通のアクション映画になってしまったのは、キャスティングによるところも大きいだろう。

武骨なジャズ・ベースのスコア

デヴィッド・シャイア作曲のスコアは、バウンシーなジャズをベースとしたハードボイルドなタッチの傑作。同じ犯罪映画のスコアでも、ラロ・シフリンやジェリー・フィールディングよりもっと武骨でハードエッジな感覚で、チューバ、トロンボーン、トランペットにエレクトリックベース、ティンパニを加えた重厚なサウンドが強烈なインパクトあり。

一度聴くと耳から離れない冒頭の「Main Title」から映画のスリリングなトーンを確立しているが、ハイジャックのシーンの「The Taking」や、犯人の要求に応じるために連邦準備銀行が大急ぎで身代金を用意するシーンのビジーな音楽「Money Montage」等でのサスペンスフルなタッチが実にかっこいい。

リメイク版の脚本を書いたブライアン・ヘルゲランドが監督し、メル・ギブソンが主演した「ペイバック」(1999)にクリス・ボードマンが作曲したテーマ曲が、この「サブウェイ・パニック」の主題にそっくりなのは偶然ではないだろう。

さらば愛しき女よ

デヴィッド・シャイア(1937~)は、ニューヨーク出身の作曲家で、この作品の他に「カンバセーション…盗聴…」(1973)「続・おもいでの夏」(1973)「さらば愛しき女よ」(1975)「ヒンデンブルグ」(1975)「大統領の陰謀」(1976)「弾丸特急ジェット・バス」(1976)「特攻サンダーボルト作戦」(1976)「ジョーイ」(1977)「ノーマ・レイ」(1979)「結婚しない男」(1981)「ガープの世界」(1982)「2010年」(1984)「オズ」(1985)「ショート・サーキット」(1986)「パリス・トラウト」(1990)「ゾディアック」(2007)等を手がけている実力派。「ノーマ・レイ」の挿入歌『流されるままに』で、1979年度アカデミー賞の歌曲賞を受賞している。「ロッキー」シリーズでエイドリアンを演じたタリア・シャイアは、彼の元妻。

彼の作品では、レイモンド・チャンドラー原作の私立探偵フィリップ・マーロウをロバート・ミッチャムが見事に演じた傑作「さらば愛しき女よ」での、ハードボイルドで気だるいタッチのスコアも秀逸(同じく犯罪がテーマの映画でも「サブウェイ・パニック」とはずいぶん印象が異なる)。ピアノとストリングスによる静かなイントロから、ディック・ナッシュによるミュート・トロンボーンとロニー・ラングによるアルト・サックスのソロによるメインの主題へと続く「Main Title (Marlowe's Theme)」が素晴らしい。ハードボイルドなタッチの映画音楽としては、ジェリー・ゴールドスミスの「チャイナタウン」、バーナード・ハーマンの「タクシードライバー」、ジョン・バリーの「白いドレスの女」等と並ぶ傑作だろう。

映画音楽作曲家についてもっと知りたい方は、こちらのサイトをどうぞ:
素晴らしき映画音楽作曲家たち

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