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心を動かされる珠玉のサントラ盤(5):「ダーティハリー」(ラロ・シフリン)

「ドラマティック・アンダースコア」のサントラ盤を毎回紹介しています。

「ドラマティック・アンダースコア」とは、映画の中のアクションや、特定のシーンの情感・雰囲気、登場人物の感情の変化などを表現した音楽のことで、「劇伴(げきばん)音楽」と呼ばれたりします。

今回ご紹介するお薦めのサントラ盤は――

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ダーティハリー DIRTY HARRY
作曲・指揮:ラロ・シフリン
Composed and Conducted by LALO SCHIFRIN
米Aleph Records / 030

刑事アクション映画の傑作

Harry Callahan (Clint Eastwood): You've gotta ask yourself one question: "Do I feel lucky?" Well, do ya, punk?

いまやハリウッドを代表する名監督の1人となったクリント・イーストウッドが、サンフランシスコ市警察殺人課のハリー・キャラハン刑事を演じた「ダーティハリー」(1971)は、当時40歳だった彼のハリウッド・スターとしての座を決定的なものにしたアクション映画の傑作である。私が初めてこの映画を見た時には、その凝縮された無駄のないストーリーテリングと、シャープで緊張感に満ちた演出が強烈な印象を残し、その後何度も見直して作品の構造を研究したものである。

シリーズの2作目「ダーティハリー2(Magnum Force)」(1973)も大いに期待して見たが、これは派手なアクション・シーンが連続するにもかかわらず、演出に工夫がなく、あまり緊張感のない作品でがっかりさせられた。1作目の監督がドン・シーゲル(1912~1991)、2作目がテッド・ポスト(1918~2013)だった。同じ題材でも監督の技量によってこうも映画の完成度が違うものかと思い知らされた(ただ、「ダーティハリー2」はテッド・ポストのベスト作の1つだろう)。これで、ドン・シーゲルという名前を覚え、彼の過去の監督作品を見まくり、その一見荒々しいが実は緻密でインテリジェントな演出に魅了され、すっかり大ファンになってしまった(特に「突破口!」(1973)は大傑作)。ドン・シーゲルは私にとって「監督によって映画を見る」ということの原点だったような気がする。

バイオレンスの巨匠ドン・シーゲル

シーゲル監督作品に登場する主人公たちは、単なるヒーローではなく、いずれもダークでダーティな側面を持ったキャラクターばかりで、これが彼の映画の最大の魅力にもなっている。その名も“ダーティハリー”ことハリー・キャラハンは、犯人を追いつめて拳銃で脚を撃ち抜き、倒れた相手の傷口を靴でグリグリ踏みつけて拷問するような暴力刑事である。それでも観客がハリーに感情移入するのは、彼が追う殺人鬼サソリ(アンディ・ロビンソン)がこれまたとてつもないワルで、冷酷非情、極悪非道の上に狡猾で粘着質、ハリーが一旦捕まえても不当逮捕を理由にスルリと釈放され、また凶悪犯罪を繰り返すという、もうどうしようもない奴だからであり、この“ダーティ・ヒーロー”対“極悪人”の血で血を洗う死闘は壮絶を極めるものとなる。

ラスト、スクールバスを乗っ取ってサンフランシスコ市に身代金と逃亡用のジェット機を要求するサソリに、市当局はなすすべもなく言いなりになってしまう。人質となった子供たちの命を尊重する市長(ジョン・ヴァーノン)に「奴には絶対手を出すな!」と命じられたハリーは、これを無視してサソリ逮捕に向かう。陸橋の上から走ってきたスクールバスの屋根に飛び降りて、いきなり激しい銃撃戦である。サソリと一緒にバスに乗っている子供たちが怪我しようが死のうが知ったこっちゃないのである。とにかくサソリをぶっ殺す、それしか頭にない。因みにサソリを演じたアンドリュー(アンディ)・ロビンソン(1942~)は、平和主義者で銃を手にしたこともなかったが、この映画での悪役演技があまりにも強烈だったので、映画公開後に殺人の脅迫をいくつも受け取ったという。シルヴェスター・スタローンが暴力刑事を演じた「コブラ」(1986)では、彼の同僚の刑事を演じている。

緊張感溢れるジャズ・ベースのスコア

「ダーティハリー」を見た時に受けたもうひとつの強烈なインパクトは、ラロ・シフリン作曲の緊張感溢れるジェズ・ベースのスコアだった。シフリン自らが展開しているレーベル、Aleph Recordsが、映画の公開から33年経った2004年に完全な形のサントラCDを初リリースしている。

映画の冒頭、殉職した警官の名前を連ねたプロローグから、殺人鬼サソリの構えたスナイパーライフル(日本製の有坂銃)の銃口のタイトクロースアップにかぶさって、軋むような不協和音と幻想的な女声ヴォーカル(シフリンがスコアを担当した「女狐」で主題歌を歌ったサリー・スティーヴンス)の組合わせによる不気味な音楽で始まり(「Prologue / The Swimming Pool」)、サソリがプールで泳ぐ若い女性(ダイアナ・デヴィッドソン)を仕留めると、鋭いドラムスのイントロと共にサングラスをかけたハリー・キャラハンが殺人現場に登場するショットに切り替わり、アップビートな「Main Title」へとなだれ込む。これが極めてドライで濃密な緊張感に満ちており、映画全体の暴力的でスタイリッシュなトーンをのっけから確立していた。

前半の見せ場である、ハリーがホットドッグを頬張りながら銀行強盗(アルバート・ポップウェル)をスミス&ウェッソン44マグナム拳銃で仕留めるシーン(全編がオープンセットで撮影されている)や、夜のサンフランシスコを相棒のチコ・ゴンザレス刑事(レニ・サントーニ)と車で巡回するシーン、非番の時間にサソリを尾行してストリップ・クラブに行くシーン等のソース音楽(劇中でかかる音楽)もきちんと収録されている。映画を何十回も見て音楽を暗記している者にとっては実に不思議な、妙に懐かしい感覚がある。

やはり圧巻はサソリが登場するシーンのサスペンスアクション音楽(「Scorpio's View」「Scorpio Takes the Bait」「The Cross」「Goodbye, Callahan」「The Stadium Grounds」等)で、特にサソリが屋上から黒人を狙い撃ちしようとして警察のヘリコプターに見つかり逃走するシーン(「Scorpio's View」)でのフランティックな盛り上がりは凄まじい。

劇中で、少女アン・メアリー・ディーコンの死体が早朝に発見されるシーン「Dawn Discovery」と、映画のエンド・クレジット「End Titles」の2箇所だけに登場するハリー・キャラハンのメランコリックな主題も印象的。

私がこの映画を初めて見た当時はサントラ盤がリリースされておらず、かろうじてメインタイトルだけが収録された米Warner BrothersレーベルのコンピレーションLPを手に入れて、この曲だけ何度も聴きたおしたものである。

シフリンのベスト・スコアであり、アクション・スコアのファンは必須のアルバム。

サスペンス・アクションの名手ラロ・シフリン

ラロ・シフリン(1932~)は、アルゼンチンのブエノス・アイレス出身のベテラン作曲家で、ジャズをベースとした洗練された作風で知られているが、テレビの「スパイ大作戦」(1966~1973)のテーマ(トム・クルーズ主演の映画版「ミッション:インポッシブル」シリーズでも冒頭に流れる)や、ブルース・リー主演の「燃えよドラゴン」(1973)等、大ヒットしたスコアがいくつかある。スティーヴ・マックィーン主演の刑事アクション「ブリット」(1968)や「シンシナティ・キッド」(1965)「戦略大作戦」(1970)「鷲は舞いおりた」(1976)「ジェット・ローラー・コースター」(1977)「オフサイド7」(1979)「ラッシュアワー」(1998)等、アクションやサスペンスのジャンルで優れたスコアを多数手がけているが、ドン・シーゲル監督とのコラボレーションも有名で、「ダーティハリー」以外にも「マンハッタン無宿」(1968)「白い肌の異常な夜」(1971)「突破口!」(1973)「テレフォン」(1977)の音楽を担当している。

セルジオとドンに捧げる

テレビの「ローハイド」(1959~1965)では、どちらかといえば線の細い優男だったイーストウッドは、セルジオ・レオーネ監督のウエスタン3部作「荒野の用心棒」(1964)「夕陽のガンマン」(1965)「続・夕陽のガンマン/地獄の決斗」(1966))で、ゆったりとしたポンチョに無精ひげにシガーといった“荒くれ者”的な風貌で登場し、その後に組んだドン・シーゲル監督の「マンハッタン無宿」「真昼の死闘」「ダーティハリー」等での“はみ出し者”的キャラクターで、大スターとしてのカリスマを確立した。

彼がアカデミー賞の監督賞を初受賞した「許されざる者」(1992)では、エンドクレジットに“セルジオとドンに捧げる”と、彼を男にしてくれた2人の恩人(その時点で2人とも故人)への謝意が表されている。


映画音楽作曲家についてもっと知りたい方は、こちらのサイトをどうぞ:
素晴らしき映画音楽作曲家たち

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