モトロク的歌詞考察1『中島みゆき』

中島みゆき。昭和後期から平成中期までの彼女の活躍がなかったら、その後の女性シンガーソングライターたちの何人かはいなかったか、違う形になっていたでしょう。女の人がなかなか活躍できない国と国際的に言われる日本において、彼女は自力で現在の地位を確立してきました。そういう意味でも、戦後日本ポピュラー音楽史の最重要人物の一人であるのは間違いない人です。今回は彼女の作品を一つ一つ検証するのではなく、ざっくりと初期作品の歌詞を追っていこうと思います。

1975年に『アザミ嬢のララバイ』でデビュー以来、90年代に入るまでの中島みゆきの歌詞に登場する女の人は、とにかくよく恨み、よく泣きます。道に倒れては泣き、窓ガラスを見ては泣き、化粧してみては泣き、相手の男に恨みつらみを垂れ流しながら、時にはさめざめ、時には号泣します。これだけ恨んで泣くからには相当ひどい男にひどい目に遭わされたのか? と思うと、じつはあまり具体的な描写はありません。体型や服装、顔すらこちらにはうかがい知れません。二人の関係性があまり描写されていないので、それほど恨む理由が見当たらないのです。
『あれ? この女、じつは付き合ってねぇんじゃねぇかな?』
この項を書くにあたって、代表曲の歌詞を読んでみて気がつきました。中島みゆきの歌詞世界には交際感があまりないのです。一方的に相手を想う私と、それを受け止めないあなた。それだけの構図で物語が展開していきます。なんというか、『ヤッてない』感じがずっと通奏低音のように響いているのです。同世代のもう一人の天才、ユーミンの歌詞に出てくる女の人の相手は彼氏や元彼で、『ヤッてる』感は半端なくあります。

『化粧』という曲の中で、私が出した手紙は束になるほどで、その手紙を誰か別の人と読むのをやめてくれというクダリがあります。で、その手紙を取り返しに、普段化粧もしない私は化粧してバスに乗ってあなたに会いに行くと、やはり泣きながら言っているのです。これ、すげー怖くないですか? 一方的に手紙が大量に来て、それをシカトしてたらいきなり化粧した本人が手紙返してよと泣きながら乗り込んでくるんですよ? 男側の視点で考えれば普通にサイコホラーだと思います。

『わかれうた』という曲では、冒頭から道に倒れて相手の名前呼んでます。これ、誰かが通報して救急車が来てとか、行間の展開まで考えるともうシャレになりません。で、これもわかれうたというわりに、付き合ってた感じはまったくありません。なんか、ちょっと調子のいい男に優しくされて、あれ、ミャクありか? と思ったらその後何もなく、どう言うつもりだ、ゴラァ‼ と、心で思って静かにキレている。と、読めなくもありません。みゆきさん、マジ怖いっす。

寝てもいない男のことで泣いたり喚いたりする女。そんなものを描き続けて、なぜ彼女はここまで支持されるのか? それは、その言葉選びの天才的なセンスで、我々の中にある負の部分、目を背けたくなる部分を刺激してくるからです。人を好きになって自家中毒に陥り、どんどんとネガティブな方へ傾いていく。そんな経験、何十年も人間やってれば誰でもあります。勝手に付き合える、相手も好きになってくれると妄想し、相手の何気ない言動をすべて自分への想いだと勝手に錯覚し、それがすべて御破算になった時に、相手や自分を責めて自己憐憫に浸って泣く。これも、恥ずかしながら、人には多かれ少なかれある経験です。それを、『憂いを身につけてうかれ街あたりで名をあげる』だの、『悪女になるなら月夜はおよしよ素直になりすぎる』だのと、キレキレのフレーズを散りばめてあの独自の中低音で歌われたら、そりゃあ売れますよ。他にいないもの、こんな表現する人。

『タクシードライバー』という、アメリカ映画があります。ベトナム帰りを自称する若者がタクシーの運転手になり、ニューヨークの底辺を流し続けるうちに狂気に陥り、あげくは売春宿に銃を持って殴り込みをかけるという、こうしてあらすじを書いていてもどうかしてるとしか思えない映画です。この主人公トラヴィスは、一方的に好きになった女にフラれてから、狂気に拍車がかかります。モノローグでトラヴィスが心情を吐露していくのですが、『そんな女だったとは』とか、『彼女もやはり冷たいあっち側の人間だった』などと、まあ、テメェ勝手なことをつらつら語るのです。 でも、なぜか我々はこの映画に惹かれます。それは、みんな一人一人心の中にトラヴィスが住んでいるからに違いありません。中島みゆきの作品も同じです。彼女の歌詞に登場する女の人の、孤独に酔うことで自分を慰め、八つ当たりと知りつつ心の中で相手を揶揄する。これ、誰でもやります。みんなの中に、この女たちは住んでいます。トラヴィスと彼女たちの違いは、銃を手にして殴り込みをするかしないかの違いだけです。あ、先述した『化粧』の女は、手紙取り返しに化粧して殴り込みかけてるわ。

というわけで、今回から始まりましたモトロク的歌詞考察シリーズ。まさか、中島みゆきとタクシードライバーをこじつけることになるとは思ってもみませんでした。こんな感じで、これからシリーズ化して歌詞を考察していこうと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?