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鹿の特徴とは?と聞かれたら、
やはり二本の角を思い浮かべる人が
大半ではないだろうか。

雄同士が命がけで戦う道具としての危険性と
女性的で艶やかな曲線美を併せ持つフォルムは
人間では作り上げることのできない完成度を持ち、
更に一頭たりとも同じものは存在しないところが
その希少性を高める。

それが初めて解体したり
自分で獲った思い出深い鹿であれば
記念にとっておきたいと思うのは
当然ではないだろうか。

角だけをとっておく人も多いが、
私の好みは頭蓋骨付きの頭骨標本。
これまで幾つも作ってきた。

しかし、それなりの手間がかかり
色々なノウハウもある。

先日獲った二頭の鹿。

解体を手伝ってくれた子供達と
今年の初物を獲った罠猟師のリクエストにより
両方とも頭骨標本に仕立てた。

頭蓋骨から皮をはぎ、
町内会の炊き出しに使うような大きな鍋で
数時間かけて煮込み、
柔らかくなった肉を
ナイフやワイヤーブラシで削ぎ落としていく。



最後は全裸になり
鹿の頭蓋骨を抱えて風呂場に入る。
寒いのでお湯を出し、
シャワーからシャワーヘッドを取り外し、
先端を指で押さえて勢いよくお湯を噴射させ
肉が細かく残ってしまった部分に当てていく。

こうして、指やブラシを入れることができない
鼻腔の内側の肉や軟骨を取り外していく。

一番厄介なのが脳。
頚椎につながる頭蓋骨の穴は小さく、
そこから綺麗に脳を取り出すのは大変だ。

針金や棒で脳をグシャグシャに潰して
可能な限りに液状化させ、
頚椎の穴からお湯を注ぎ込み、
逆さにしてガシガシ振り回すと
ドロドロと脳が出てくる。

風呂の床も自分の体も
肉や脳にまみれてしまうが、
この行程を経ないと頭蓋骨を綺麗にすることはできない。

庭付きの一軒家に高圧洗浄機が揃っていれば
より手軽にできるのだろうが、
賃貸マンション暮らしの身では致し方ない。

二晩をかけ、ようやく頭骨標本が完成した。



子供達の母親と、罠猟師に完成の連絡を入れると
二人ともすぐに取りに来てくれた。

手にとってまじまじと眺め
満面の笑みで持ち帰ってくれた。
きっと、一生の思い出になる記念品となるはずだ。

子供達の母親がお礼にと、
畑で育てた収穫したての山ワサビをくれた。
雪が降る前に掘るのが食べ頃らしく、
まさに旬の食材だ。
ツンとした香りが食欲をそそり、
破片をかじってみると鋭い刺激が
鼻から頭頂部にかけて走り抜ける。



到底自分だけでは食べられない分量なので
行きつけのレストランに差し入れすると、
大変喜んでくれて、
その場で肉に合わせて振舞ってくれた。

食事を終え、お勘定を済ませると
今度は店主がお土産をくれた。

知床の漁師が特別に分けてくれた鮭トバ。
海の旨味がぎっしりと凝縮した
香ばしい匂いを胸一杯に吸い込む。



これはまたいいものを頂戴した。
大変有難いことだ。
今度ちょっといい日本酒を買って来て
ちびちびやろう。

私が獲った鹿は、色々に姿を変えながら
こうして人間社会を循環していく。

関わった人全てを笑顔にしながら。

これこそが自然の力、
真の山の恵みなんだなぁ。

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